転倒骨折、入院先で死亡。キーパーソンは納得、次男が訴訟提起

死亡事故が起きると、事故からしばらく経ってキーパーソン以外の家族が異議を唱える。どのように対応したら良いか?

【検討事例】利用者が亡くなると兄弟が黙っていない
特養に入所していたKさんは、ある日職員のミスで転倒し骨折してしまいました。キーパーソンの長男は「施設にお世話になっている」と、何も要求しませんでした。ところが、1週間後に入院先の病院でKさんが亡くなると、様相が一変しました。葬儀のため帰省した東京在住の次男が「施設の過失による事故で死亡した」と主張して、施設に賠償を求めて来たのです。「施設には大変お世話になったのだから」と長男が諌めても、納得しない次男は長男に相談なく賠償訴訟を起こしました。今回は、事故発生時のキーパーソン対応について考えます。

■キーパーソンへの依存は禁物
この事故で施設側は、キーパーソンの長男が次男を説得してくれるだろうと安心していました。ところが、利用者が事故をきっかけに亡くなると、葬儀に集まった子から異論が出ました。次男は長男に「お兄さんは施設に世話になっているという負い目があるから」と、施設に対する弱腰な姿勢を責めます。他の子も次男と同じ意見です。次男は「私がお兄さんの代わりに施設と交渉する」と言って、施設に乗り込みます。
ここでも、長男は「施設には大変お世話になっているから」と次男を諌めようとしました。「長男に任せておいても、施設に賠償請求はできない」と考えた次男は、東京に戻ってから弁護士を雇い訴訟を起こしたのです。相続権がある子であれば誰でも損害賠償訴訟を起こせますから、「長男が施設の味方をしてくれていたのに」と悔やんでも後の祭りです。
この事件のように、利用者の存命中は利用者に関する全ての決定権がキーパーソンの長男に一任されていて、他の子は異議を唱えません。しかし、いざ利用者が亡くなると相続財産も絡んで様々な諍いが起こり、施設での事故にまで責任追及が及びます。キーパーソンという家族は利用者の在宅介護を経験している家族が多く、比較的施設運営に関して理解があり、施設ともコンセンサスの取りやすい存在です。しかし、他の子の中では「権利の主張もできないお人好し」という評価になってしまうのです。

■配偶者のキーパーソンは子に弱い
次は、配偶者がキーパーソンという事例を挙げましょう。重い認知症の妻を献身的に介護してきた、キーパーソンの夫の事例の事例です。利用者がトイレ介助中に暴れて転倒し骨折してしまいましたが、日頃から手のかかる妻の介護に恐縮している夫は治療費の請求をしませんでした。ところが、事故の知らせを聞いて実家に帰って来た次女が、父の態度に異議を唱えたのです。「施設の過失で転倒骨折したのだから、施設が治療費を支払うのは当たり前」と、父に代わって施設に賠償請求をしてきたのです。
利用者の妻は83歳でキーパーソンの夫は81歳です。これくらいの高齢になると家族の中の主導権は子が握っていて、父と言えどもいざと言う時には子の意見には従わざるを得ません。次女は執拗に慰謝料の金額にこだわり、二言目には「訴訟」を口にする権利主張の強い人でしたから、解決までには施設も大変苦労しました。この施設ではこのトラブル以降、利用者のキーパーソンが配偶者の場合は、必ずセカンドキーパーソンとして、子を指定してもらい人間関係を作るよう努めています。「お父様がご病気などの時に、施設から必要なご連絡をさせていただくお父様の代わりのご家族を決めて下さい」とお願いしているのです。キーパーソンが利用者の配偶者では、ご高齢ですから何があっても不思議ではありません。

■キーパーソンの代替わり
18年前に特養に入所された利用者Hさん(女性)は当時78歳でキーパーソンの息子さんは56歳でした。18年経った今、ご本人は96歳でキーパーソンの息子さんも74歳になってしまいました。息子さんは会社を退職して毎日のように施設にやってきますから、施設としては息子さんと信頼関係も十分にできていて、大きな問題は起こりませんでした。
ところが、ある時Hさんが居室で転倒して大たい骨を骨折してしまいました。相談員は、息子さんに対して「夜中にベッドから降りようとして転倒したので、防ぎようがなかった」と不可抗力であることを説明しました。しかし、突然お孫さんが来所され「介護記録と事故報告書を見せて欲しい」と言って来ました。相談員が驚いてキーパーソンの息子さんに電話をすると「今回の事故の件は息子(孫)が対応する」と言われてしまいました。
お孫さんは53歳と働き盛りで世帯の生計維持者ですから、施設入所の祖母が入院すれば費用を負担しなければなりません。施設が気付かない間に世代交代が起こり、利用者の息子さんは既に家族の中心的存在ではなかったのです。利用者が高齢化しキーパーソンの家族も同様に高齢化してきていますから、事故が起きた時はキーパーソンだけでなく家族の決定権者が誰かを見極めて対応しなければなりません。

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