「告発者が匿名では改善も対応もしようがない」と対応を放置したら虐待通報
【検討事例】ある日ホームページの問い合わせメールで
ある日、ある介護付き有料老人ホーム運営事業者のホームページの「お問い合わせメール」を通じて、匿名のクレームが送られてきました。ある職員を名指しで、利用者に対する5件の暴言が直接話法でリアルにしかもかなりの長文で記述されており、この職員による虐待を改善せよとありました。メールの終わりには「証拠があるので公表する用意がある」と記されていました。発信者は山田花子とありますが、家族に該当者はないので明らかに偽名です。 本社のスタッフはすぐに担当役員に報告し、対応策を検討することになりました。担当役員は、告発者が誰か調査し名指しされた職員にも事情聴取するよう指示しました。告発者はメールアドレスからは分からず、施設長も心当たりはありませんでした。また、名指しされた職員への聞き取り調査も行われましたが、本人は頑強に否定しました。半月ほど調査しましたが、虐待の事実も特定できないため、「匿名の告発では対応のしようがない」として、そのままになりました。その後市役所に同内容の匿名の虐待通報があり録音データも添付されていました。また、有料老人ホームの紹介サイトにも書き込まれ、会社は致命的な痛手を受けました。
■告発内容の信憑性を判断する
管理者は経営者にこの告発メールを迅速に報告します。報告を受けた経営者は、この告発内容の信憑性を慎重に判断します。カッコ書きの5件の暴言が、事実である可能性が高いと判断すれば、何らかの対応をしますが、事実ではないと判断すれば無視してしまうことも選択肢の一つです。
しかし、どちらの対応にも問題が生じます。もし、この告発メールを事実であると判断した場合でも、このメールを証拠として該当職員を懲戒処分にする訳にはいきませんから、対応の方法が問題となります。逆に事実でないと判断してメールを無視した場合、発信者が押さえている“証拠”(おそらく録音音声)をマスコミなどに公表されたら、経営には大きな痛手となります。家族の名を語った職員の内部告発かもしれません。発信者が匿名故にその対応が難しいのです。
経営者の意識が高ければ、メールに書かれた職員の暴言の真偽を慎重に判断して、よほど信憑性に欠けない限り事実である可能性が高いと判断するでしょう。では、事実である可能性が高いと判断した場合は、経営者はどのように対応したら良いでしょうか?
■発信者に改善の対応を伝える
告発メールが事実であると判断した場合、調査を行いその結果をもって迅速に改善の対応を行い、これを発信者に伝えます。なぜなら、発信者に施設の改善の対応が伝わらなければ、“証拠”を公表されるかもしれないからです。対応の手順は次の通りです。まず、当該職員に告発メールの事実を伝え、暴言とされる発言の真偽を問います。本人が事実ではないと回答した場合でも、日常の業務態度や管理者の指導状況から職員の回答の信憑性を判断します。本人が否定しても、様々な状況から事実であると判断すれば、改善の対応を行わなければなりません。
重要なことは、虐待の嫌疑など職員の不正を疑うクレームがあった時、職員への事実確認はそれほど意味を持たないということです。刑事処分の可能性がある不正に対して、事実を述べる職員は少ないからです。大切なのは「その職員が不正を行った可能性が高いか?」を、経営者が公正に判断することです。「本人が否定しているから不正は無いと判断しました」という対応では、クレームの申立者は納得しません。
■どのように改善の対応を行うのか?
本人が否定したにもかかわらず、虐待の可能性が高いと経営者が判断した場合、どのような対応をすれば良いでしょうか?証拠がなければ本人を懲戒処分にすることはできませんから、「業務の都合による配置転換(人事異動)」という対応が良いでしょう。ただし、配置転換の権限は使用者にありますが、合理性を欠く場合は権利の濫用とみなされることがあります。ですから、クレーム内容と職員への調査から、クレームが事実である可能性が高いと役員会で公正に決定します。役員会で公正な意思決定をしても、本人から異議を唱えられたら少し弱いとは思いますが、リスク回避のためには経営判断もリスクを伴うのです。最後に施設の掲示板に、「職員の不適切な発言についてご家族よりクレームがあり、改善の対応を行った」と告知分を貼り出します。もちろん、職員名は伏せておきます。
このように、匿名のクレームや内部通報は扱いが難しいのですが、経営者は危機に遭遇した時最悪のケースを想定した対応をしなければなりません。老人ホーム紹介業のサイトの口コミなどに、書き込まれて炎上したら会社の存亡にかかわります。