1月で3回目の誤薬事故、氏名を声に出してダブルチェックしたが取り違えて服薬

「1カ月に3回も誤薬事故が起きるなんて」と悩む施設長

■「氏名を声に出して読み上げる」というマニュアル
 特養のショートステイでまた誤薬事故が起きました。職員が認知症の山田さんに山野さんの薬を飲ませしまったのです。1カ月で3回目の誤薬ですから施設長も怒り心頭です。誤薬した職員はマニュアル通りに「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認を行いましたが、誤薬は防げませんでした。施設長は「確認は何度も念を押して行うこと」と厳しく指導しました。しかし、翌月同じ職員がまた誤薬事故を起こしました。職員に厳重に注意してもマニュアル通りに確認しても、一向に減らない誤薬事故に施設長は悩んでしまいました。
■誤薬の原因は「職員の注意力不足」ではない
もちろん、注意して服薬確認を行うことは大事ですが、食事介助というのはかなり忙しい時間帯ですから、服薬だけに集中している訳にもいきません。ですから、誤薬の原因を職員の注意力だけに求めて、「職員の注力不足が原因」としてしまっては効果的な再発防止策は見つかりません。
さて、誤薬の原因分析を行う前に、「間違え方」を確認しなければなりません。「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」とありますが、実は結果だけ見れば同じ間違いのように見えますが、間違え方は2種類あるのです。「人を間違えたのか」「薬を間違えたのか」のどちらなのかが防止策を考える上で重要なのです。
「山田さんを山野さんだと思って山野さんの薬を服薬させた」のであれば、人を間違えたことになります。一方、「山田さんの薬を取ろうと思って薬袋を見間違えて山野さんの薬を取り上げた」のであれば、薬を間違えたことになります。結果だけ見れば「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」ということになりますが、間違え方は全く異なるのです。人を間違えたのであれば、再発防止のためには、利用者のチェック方法を見直さなければなりませんし、薬を間違えたのであれば、薬のチェック方法を見直さなければならないのです。
■間違いの原因による区分、認識の誤りと動作の誤り
 さて、さらに細かく間違え方を分析すると、人の間違え方にも2種類あることが分かります。間違いを犯した職員が、どのような原因で間違えたのか、実は2種類あるのです。すなわち、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」です。
例えば、山田さんの薬を取ろうとして、山野さんの薬を手に取ってしまったとします。間違え方の区分で言えば「薬の間違い」となりますが、なぜ薬を取り違えたのかその原因によって2つに区分されるのです。介護職が服薬の相手を山田さんと認識していて、山田さんの薬を取ろうとして見間違えて山野さんの薬を取り上げてしまったような場合、間違え方の原因から「動作の誤りによる間違い(誤動作)」と言います。また、山田さんの薬を取るべきなのに職員が勘違いをして、山野さんの薬を取るべきと思い込んで、山野さんの薬を取ってしまう場合があります。これを認識の誤りによる間違い(誤認)」と言います。同じように人の取り違えでも、山田さんを山野さんと思い込んで山野さんの薬を飲ませた場合は、認識の誤りによる間違いですし、山田さんに飲ませようとして山野さんのテーブルに行ってしまった場合は、動作の誤りによる間違えとなります。
このように、何を間違えるかによって「人の取り違え」と「薬の取り違え」に分類できますし、さらに間違えた原因によって、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」に分類できます。すると、間違え方は次の4種類となるのです。
①認識の誤りによる人の取り違え
②認識の誤りによる薬の取り違え
③動作の誤りによる人の取り違え
④動作の誤りによる薬の取り違え
 実際に起こる誤薬の間違え方で多いのは、①の認識の誤りによる人の取り違えと④動作の誤りによる薬の取り違えなのです。このように分析することで、どのような場面でのどのようなチェック方法が重要なのかポイントを絞ることが可能になるのです。
■人の取り違えのチェック
さて、誤薬の原因分析においては、「認識の誤りによる人の取り違え」と「動作の誤りによる薬の取り違え」が多いことが分かりました。ですから、誤薬の再発防止策を検討する時には、「認識の誤りによる人の取り違え(思い込みによる人の間違い)」と「動作の誤りによる薬の取り違え(薬袋の取り間違い)」のどちらが多いのかを確認して、人のチェック(本人確認)方法と薬のチェック方法を見直さなければなりません。
ここで問題となるのは、本事例でも挙げた服薬マニュアルに登場する「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認の方法です。目の前の利用者が本当に山田さんかどうかを確認するのに、「氏名を声に出して読み上げる」ことが最も効果的な方法なのでしょうか?
私たちは、役所や銀行で本人確認をされる時、必ず「免許証を拝見します」と言われます。顔写真で本人を確認する方法が、最も簡便で最も効果的なのです。施設もこの方法を採用すれば間違いは半減するのです。具体的には、利用者の顔写真と薬の写真を載せた食札(服薬確認シート)を作ります。この食札をお盆に載せて薬と一緒に本人の前に持って行き、「山田さん、お薬の時間です。山田さんのお薬に間違いありませんか?」と確認しながら、顔写真と利用者の顔を見比べるのです。こうすることで、利用者の取り違えも薬の取り違えもほとんど水際で防げるのです。不思議なことに人の目は映像化されると容易に違いを認識できるのです。「見える化」なんていう言葉が流行りましたが、実はビジュアルで捉えることは効果的なのです。
■薬の取り違えもビジュアルチェック
 特養や老健なのどの入所施設では、一昔前に比べ薬の取り違えが少なくなりました。調剤薬局が、利用者の服薬を服薬タイミングごとに一包化してくれるようになったからです。以前は、看護師が利用者ごと服薬タイミングごとに手作業でセットしていましたから、服薬セットミスが起こりましたが今では少なくなり安心していました。
 ところが、ある特養で服薬確認カードに貼り付けてある薬の写真と飲もうとした薬が違うことに気付きました。調剤薬局が一包化する時に薬を間違えていたのです。危うく誤薬直前で防止できましたが、気付かずに服薬させていたら誤薬するところでした。誤薬事故の怖いところは、誤薬させたことに気付かなければ、誤薬事故はなかったことになってしまうことです。
 毎月のように誤薬事故を起こしていた独立型ショートステイで、この写真付き服薬確認シートを導入したところ、3ヶ月後には誤薬0件を達成しました。このショートステイの職員が嬉しそうに話してくれました。「記憶が不確かで名前を呼べなかったお客様の名前が覚えられたので、自信を持って声かけができます」と。

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