施設の種類によって異なる居室に対する利用者の権利
【検討事例】母が心配なので居室カメラを付けたい
ある介護付き有料老人ホームに入所した利用者の息子さんが「母が心配なので居室にスマホ連動の見守りカメラを設置したい」と言ってきました。施設長が「居室に監視カメラを付けるなんてとんでもない」と検討もせずにすぐに拒否したため、トラブルになりました。高齢者施設の職員による虐待事件が大きく報道されるたびに、利用者を心配する家族から居室へのカメラ設置要求が増えて対応に困ります。自宅にカメラを置いてペットの様子をスマホで見て楽しむのは問題ありませんが、カメラで監視されて質の高い介護はできません。では、この息子さんの要求は拒否できるのでしょうか?
■カメラの設置は法的に可能か?
入所時からいきなり「職員は信用できないから見守りカメラで監視する」と不信感を露わにされては施設長もカチンとくるでしょう。施設長の気持ちも分からないではありませんが、何の検討も無しに拒否すればトラブルになります。まず、入居契約上カメラの設置が可能なのか、法的な可否を検証しなければなりません。
結論から言うと、本事例の息子さんの要求は拒否できないと考えられます。その根拠は次の通り。介護付き有料老人ホームはその多くが利用権方式であり、利用者は居室に対して一定の権利を持っています。そして、一般的な入居契約書であれば、入居者は事業者の許可なく「目的施設の増築・改築・移転・改造・模様替え、居室の造作の改造、敷地内に工作物を設置する」行為はできないとされています(モデル契約書20条の2)。
居室の壁にカメラを据え付ければ工作物として施設の許可が必要ですが、置くだけであれば工作物ではありませんから許可は必要ないのです。同様にサ高住の場合は賃貸住宅ですから、カメラを居室に置いても問題ありません。また、老人ホームには契約書の他に管理規程がありますが、管理規程の「居室等の使用細則」にも、カメラを置くことを制限するような条項は見当たりませんので、問題にはならないでしょう。
■カメラ設置のリスクを説明する
以上のように入居契約上見守りカメラの設置は拒否できませんが、カメラを居室に設置することは設置する家族にも様々なリスクが発生します。これらのリスクを家族に説明して思いとどまってもらわなくてはなりません。家族に次のように説明してはどうでしょうか?
まず、見守りカメラを設置すれば利用者以外の介護職員や面会者の姿も映ってしまいます。本人の了解なく他人の容姿を撮影することは、プライバシー(肖像権)の侵害で不法行為とみなされますから、撮影者は賠償請求されるかもしれません。施設が職員に容姿撮影の了解を求めることはできませんから、息子さんから各職員に了解を取ってもらわなくてはなりません。容姿が映る可能性のある他の利用者に対しても同様に了解を求めなくてはなりません。
また、スマホ連動カメラで撮影された動画の画像はデータ容量が大きく、スマホの記憶装置には保存できませんから、通信事業者のサーバーなどに保管されることになります。ストレージサーバーからのデータ流出がたびたび問題になっていますから、撮影された職員の容姿の動画データが流出すれば、個人情報の漏洩でこれも賠償問題になるかもしれません。このように、居室の利用者だけ撮影することはできませんから、居室の撮影には様々なリスクが伴うことを息子さんに説明しなければなりません。
■入居契約書や管理規程の見直しも必要
こうしてカメラ設置に伴う様々なリスクを説明することで、息子さんの要求を思いとどまらせることができるかもしれません。しかし、今後は従来考えられなかったような家族の要求が出てきますから、入居契約書や管理規程で明文化して調整することが必要になると考えられます。現実に施設側の不正や虐待の可能性はあるのですから、一方的に禁止するのではなく、家族の心配も取り除けるようなルールが必要なのです。
ところで、居室に監視カメラが付いたら、職員は利用者に親しく声をかけられなくなりますし、冗談を言って笑わせることもできないでしょう。居室から足も遠退きます。そんな味気ない生活を利用者は本当に望むのでしょうか?