おもしろ半分のイタズラが虐待行為として処罰

認知症利用者の人格を貶める行為は虐待か?

【検討事例】 
ある特養で職員の不祥事が起きました。20歳の女子職員が夜勤中に認知症の利用者の髪の毛にリボンを8つ結び、これを写メしてブログに画像をアップしたのです。写真には「認知症のおばあちゃんは可愛い」とありました。このブログの写真を発見した息子さんが激怒して、「介護職の行為は個人情報の漏洩だ、訴訟を起こす」と強く抗議してきました。施設長は、「認知症のお母様の髪の毛にイタズラをする行為は虐待行為です」と息子さんに説明し、市役所に虐待事件として通報し、個人情報の漏洩事故としても事故報告をしました。施設では、介護職員Aを懲戒解雇処分とした上で、謝罪し賠償金の支払いを申し出ましたが、息子さんはこれを辞退しました。
■なぜ施設長は虐待行為と判断したのか?
 判断能力の無い認知症の利用者の髪に、たくさんのリボンを付けて写真に撮る行為は虐待行為です。施設長が適切な対応を行ったため、息子さんも理解を示して訴訟を思いとどまりました。本人が肉体的・精神的な苦痛を感じなくても、認知症の利用者の人格を貶める行為は虐待行為と認定されます。
12年前、特養で認知症の利用者に性的な暴言を吐き家族に録音されるという前代未聞の事件が起こりましたが、市はこの行為を性的虐待と認定しました。認知症の利用者本人が暴言を理解できなくても、人格を貶める行為は、人の尊厳を損なう人権侵害であり虐待行為なのです。
 また、ブログに認知症の利用者の写真を掲載するという行為は、個人情報の漏洩に該当しますが、その被害の大きさは健常者の個人情報の漏洩と比べ重大です。なぜなら、知的なハンディのある人の個人情報は、プライバシー性の高いセンシティブ情報でその漏洩は人権侵害とみなされるからです。
■「そんなつもりはなかった」と言った新人職員
本事件が発覚した時、施設長以下中堅職員は「そんなバカなことをする介護職がいるのか?」と驚きましたが、本人には悪いことをしたという認識はありませんでした。この問題が発覚した時には、「そんなつもりはなかった」と涙ながらに訴えたので周囲は呆れましたが、きっと嘘ではないのでしょう。採用試験の面接でも「認知症のおばあちゃんは可愛いから大好きです」と発言したと言いますから、本当にそう思っていたのでしょう。採用の段階で介護職として重要な倫理観が備わっていないことを見抜いていたら、この不祥事は避けられたかもしれません。
呆れるようなコンプライアンス違反で大問題になった時にも、その行為を行った本人にその重大性の認識が無いことが良くあります。つまり、管理する側は「こんなことは当たり前だろう」と考えていることが、違反する本人たちから見れば当たり前ではないのです。この新人職員のように、重要なことを知らなかったために、過ちを犯して罰を受けるのですから本人も可哀そうなのですが、重要なルールはこれを知らなかったことがルールに違反した時の言い訳にはならないのです。
では、管理者側から当たり前という重要な認識が備わっていない若い職員に対して、どのようにして認識してもらったら良いのでしょうか?倫理観という漠然とした能力が備わっているかどうかを見抜くことは容易ではありませんから、やはり研修によって一つ一つ教育しなければなりません。
■やってはいけないことを教える
 法人の理事長からこの不祥事の再発防止策を求められた施設長は、「それは採用時に見抜かなければどうしようもない。職場での教育は無理」と答えました。なぜなら、倫理観はその人間の成長過程において少しずつ身に付くものであって、職場の研修で身に付かないからです。しかし、この不祥事の再発防止のために、何かをしないと施設長も安心できません。そこで、施設長は介護現場で起きている「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」を調べて、これを材料に研修をしようということになりました。
 施設長は知り合いの施設長にメールで相談し、いくつかの施設から不祥事の事例を提供してもらいました。予想した通り「その時のノリで軽い気持ちでやっちゃった」というものがいくつもありました。中にはデイの管理者が障害者手帳を利用者から借りて、外出行事の時の博物館の入場料を行事参加者全員無料にして“経費を節約”して問題になったという悪質な確信犯の事例もありました。
■実際に研修をやってみたら
 さて、施設長は知り合いの施設長から教えてもらった事例から、12件の介護職のコンプライアンス違反事例を使って研修を行いました。事例をグループで討議して、何が不適切な行為なのか、何がコンプライアンスに違反するのかを職員に考えさせるのです。事例を選んでいる時に、施設長は「さすがにこんな基本的なルールが分からない職員はいないだろう」という事例もありました。しかし、実際に研修をやってみるとビックリ。どのような規則に違反するかと言う問いに答えられない職員がたくさんいましたが、「これってなぜルール違反なんですか?」と疑問を口にする職員がたくさんいたのです。コンプライアンスに対する認識は個人によって大きな違いがありますし、年代によっても大きな差がありますから、「こんなことは当たり前」と考えてはいけないのです。
 施設長がコンプライアンス研修に使った「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」の中には、次のような事例もありました。虐待などの職員の不祥事が起きると、「倫理要綱を毎日唱和する」などの形式的な対策を考える管理者がいますが、事例を見ると職員の倫理観を向上させることがいかに難しいか良く分かります。
〇忘年会で盛り上がり利用者にもカツラをかぶってもらった
クリスマスの行事のアトラクションで、職員が禿げ頭のカツラを買ってきてかぶり利用者にウケて盛り上がった。盛り上がったついでに、認知症の男性利用者の頭にカツラをのせたら、利用者にもウケて、職員が自分のポケットからスマホを出して写メしていた。
〇休憩時間中に同僚と認知症の利用者の悪口を言ってみた
認知症フロアに異動になりストレスが溜まっている。ある時、休憩室で仲の良い同期と二人になり、「あのバアチャンは本当に頭に来る」と言ったら、同僚が「違いない、ホントに頭来る」と賛同してくれた。それからしばらく、認知症の利用者の悪口を言い合ったら気分がスッキリした。
〇認知症の利用者が喜ぶので名前で「〇〇ちゃん」と呼んでいる。
認知症の重い利用者がいる。ある時、居室に誰も居なかったので、名字ではなく名前で「〇〇ちゃん」と小声で呼んでみたら、嬉しそうな顔をした。他の職員にも「〇〇ちゃんって呼ぶとスゴイ喜ぶよ」と教えてあげたら、みんながそう呼ぶようになった。

 

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