セキュリティ完璧のショートステイで認知症利用者が行方不明事故、翌朝近所で遺体発見!

なぜすぐに施設外の捜索をしなかったのか?

【検討事例】
 老健のショートに入所した認知症の重い利用者Mさんは、1日中「家に帰る」と訴えていました。夜8時に就寝確認しその後12時に訪室すると姿が見えません。施設のセキュリティは「完璧!」と言われていたので、夜勤職員は朝6時まで施設内を捜索しましたが、結局見つかりません。朝になり、他の施設からも応援を呼び捜索すると、施設から200m離れた林の中で遺体で発見されました。警察の鑑識によれば、死亡推定時刻は夜中の2時半、死因は凍死でした。遺族は、施設を相手取って訴訟を起こしました。

■施設の過失になるのか?
 初めに、身体に障害の無い歩行ができる認知症の利用者が、施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すると施設は過失として責任を問われるのでしょうか?答えはおそらくYESでしょう。これは過去に同様の事故で賠償を認めた判例があるからです。平成13年に静岡地方裁判所浜松支部で次のような判決が出されました。
 デイサービスで行方不明になり、海で溺れて亡くなった認知症の利用者の事故で遺族が訴訟を起こし、裁判所は「施設の職員が見守りを怠ったことが事故の原因である」として、全面的に施設の過失責任を認めてしまったのです。利用者は職員が気付かない間に窓から抜け出したのですが、高さ84㎝の高さの窓から抜け出すとは、職員も予測できなかったようです。このような厳しい判例があるので、入所施設でも同様に認知症の利用者が施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すれば過失として責任を問われるでしょう。
■セキュリティ頼みが最も危険
次に本事例の問題点を考えてみましょう。最近の施設では、エレベーターに暗証番号がついていて、番号を入力しないと開かないなど、認知症利用者の離設対策のセキュリティが高度になっています。しかし、本事例のようにセキュリティが高度であるほど、行方不明が発生した時初動対応が遅れ、重大な結果を招きます。ですから、セキュリティ頼みの施設ほど危険度が高くなってしまうのです。
本事例では、夜中0時に行方不明に気付き朝まで施設内を探していましたが、すぐ近所で夜中の2時半に凍死していたわけですから、行方不明に気付いてすぐに周辺を探していたら命は助かったのです。遺体が発見された時に息子さんは「12時に居なくなったことに気付いて朝6時まで施設を探していたなんて、あなたたちはバカですか?」と怒鳴りました。訴訟を起こす家族の想いは、この初動対応の甘さに対する怒りだったのです。
セキュリティが高度な施設であっても、「認知症利用者の行方不明は発生することがある」という前提で、初動対応をルール化しておかなくてはなりません。後で分かったことですが、この施設では、セキュリティが厳しすぎて「職員の通用口の開閉が面倒くさい」と理由で、通用口のセキュリティを切っていたのです。おそらく通用口から出て行ったのでしょう。
■弁護士が「こんな大きな過失では勝てない」と言った
さて、訴訟が起きて裁判所から訴状が届き、これを見た弁護士は、「こんなに大きな過失があっては勝てない」と言いました。弁護士が指摘した過失とは、初動対応の捜索の遅れではありません。介護記録には次のように書いてあったのです。「20時に居室で就寝確認」「0時に訪室すると○○さんの姿が見えませんでした」と。弁護士が指摘した過失は「ショートの初日で朝から『家に帰る』と訴えていた認知症の利用者を、4時間も見守りを欠かしたこと」だったのです。
つまり、行方不明事故が発生した時、「どれくらいの頻度で見守りをしていたのか?」ということが、過失に影響するということです。一般的に特養や老健などの入所施設の夜勤帯の巡回頻度は、せいぜい3時間に1回程度です。しかし、本入所の利用者であればある程度行動も予測が付きますが、ショートステイの利用者はそうは行きません。本事例のように、帰宅願望が強く「帰る」と何度も訴えるような人であれば、個別に巡回頻度を高めるということが必要になってくるのです。
■「行方不明は防げない」を前提に迅速に捜索する体制を
本事例を参考に対策を考えれば、まず「セキュリティだけで行方不明は防げない」という前提で、初動対応をマニュアル化しておかなければなりません。利用者の姿が見えない、という時に、施設内の捜索時間がルール化されていないので、いつまでも施設内を探してムダな時間を使ってしまうのです。
私たちが作ったマニュアルでは、施設内を捜索は15分です。利用者の所在が分からない時は、15分間施設内を捜索し見つからなければ、すぐに家族連絡を入れ、家族に謝罪して了解を取って捜索願を警察に出します。次に万全の捜索を行って利用者を無事に保護すれば問題ない訳です。たった15分でも足の速い認知症の利用者は1kmくらい歩いてしまう人はいますから、初動対応での迅速な捜索に全てがかかっていると考えなければなりません。
■万全の捜索をして迅速に発見するには
 さて、万全の捜索を迅速に行って事故に遭遇する前に利用者を保護するためには、どのような体制で捜索したら良いのでしょうか?施設の周辺3km程度の公共機関や商業施設に協力を依頼する方法があります。依頼先は、保育園・幼稚園・小中学校・金融機関・介護事業者・量販店・コンビニ・ドラッグストア・新聞販売店・ヤクルト販売店と多彩です。具体的には職員がコツコツと訪問して、認知症利用者が行方不明になった時の捜索協力を依頼すると共に、FAX番号を教えてもらいます。FAX番号は、施設のFAX機の一斉同報に登録していざと言う時、ボタン一つで捜索のお願いのチラシを送付できるようにするのです。
 このように、地域の協力を得て探せばかなり高い確率で、迅速に保護することが可能になりますが、最近では同じような捜索の仕組を行政が地域で作るようになってきました。「徘徊SOSネットワーク」という仕組みで、自治体の介護保険課の主導で地域の捜索網が機能するようになっています。
この仕組が完璧にできていて成果を上げているのは、福岡県大牟田市と横浜市緑区です。特に横浜市緑区では、商店会連合会が全面的に協力したため、行方不明の捜索依頼情報が地元の商店主さんの携帯にまで送信される仕組みになっているのです。最近は認知症利用者の行方不明対策を地域全体で支えようという機運が高まっています。

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