車椅子自走の利用者のずり落ちの原因は、オートロック式車椅子?

入所後早期に「生活行為のリスクアセスメント」を

【検討事例】
 半月前に特養に入所した認知症のKさんは、車椅子ですが足漕ぎで絶えずあちこち移動します。入所直後に車椅子のブレーキをせずに立ち上がり転倒する場面があり、施設ではオートロック車椅子を導入しました。ところが、ブレーキ忘れの転倒はなくなったものの、車椅子からずり落ちることが多くなりました。車椅子に滑り止めシートを敷いても効果がありません。居室担当になぜ落ちるのか原因を聞きましたが「いつも移動しており落ちるところを見たことがない」というのです。このままでは、いつかケガをしてしまいます。どうすれば良いでしょうか?
■入所間もない利用者の行動がつかめない
入所して間もない利用者は、生活行為の細部まで見ることができないため、完全に行動を把握することが難しいことがあります。もちろん、入所前のケアマネジャーや家族からの情報提供によって障害の程度や認知症の状態などは把握できますが、実際の生活行為の細部については直接目で見ないと分かりません。
ところが、認知症の利用者で絶えずあちこちと移動する利用者については、職員もなかなか目で見て確認することが難しいことがあります。居室で転倒する認知症の利用者については、「転倒している利用者を介護職が発見する」というケースがほとんどですから、何が原因でどのように転倒するのか確実なことが判明しません。このようにして、何度もヒヤリハットが起こっているのに有効の対策も打てずに、事故に至ってしまうことがしばしばです。
では、このような利用者の生活行為の細部を、早期に把握するにはどうしたら良いのでしょうか?危険のない生活行為はともかく、事故につながるような行為については早期に把握しなくてはいけません。
■早期に「生活行為アセスメントの取組」を
私たちは、認知症の利用者の行動が把握できなかったり、どの行動の理由(原因)が分からない場合に、「生活行為アセスメントの取組」を行います。具体的には、居室担当と主任と生活相談員の3名で、1時間以上時間を決めて利用者を「ただ観察し続ける」ということをするのです。たとえば、「坐っている時はそこそこ機嫌が良いのですが、ふらふらと歩き回ってくると機嫌が悪いくBPSDにつながる」という認知症の利用者を、物陰からそっと観察し続けました。すると、実は膝に痛みがあるので、歩き回ると機嫌が悪くなることが分かりました。
こんな言い方をすると介護職の方には悪いのですが、介護職は利用者を見ているようで、実はほとんど見ていません。実際に介護職の目に触れている場面は、利用者を介助する場面と利用者がデイルームに座っている場面くらいです。介護職は忙しく仕事をしていますから、仕事をしながらでしか利用者を見ることができないのです。
そこで、敢えて「全く仕事をせずに利用者の行動を見続ける時間」を意図的に作り出すのです。すると、日頃は想像することしかできなかった利用者の行動を実際に自分の目で見ることができるようになります。特に認知症の利用者のBPSDに関わることは、ゆっくり時間を取って観察すると効果的です。
■Kさんが車椅子からズリ落ちるところを目撃
 職員3人で本人には隠れてKさんの行動を観察したところ、1時間半程度で車椅子からずり落ちる現場を目撃することができました。原因は驚くべきことに“オートロック車椅子”だったのです。Kさんは、認知症を発症するずっと以前から、車椅子を器用に足で漕いで移動していました。Kさんは右半身に麻痺があったので、左足を前に突き出して器用に足漕ぎをして車椅子を移動させていたのです。
しかし、左足を動かして車椅子で足漕ぎをしようとすると、左足を前に突き出した時に車椅子の座面のお尻が左だけ浮いてしまうのです。オートロック車椅子は、車椅子の座面から尻が上がった時点で、自動的にブレーキがかかってしまいます。すると、床に着いた左足で身体を引き寄せた時、車椅子は動かないので身体だけ前に滑って座面から落ちてしまうのです。
この様子を見ていた3人は、Kさんを普通の車椅子(以前から使っていたもの)に座ってもらって、しばらく様子を見ました。するとKさんは、以前のように器用に車椅子の足漕ぎで、すいすいと廊下を進んで行きました。
たった2時間程度の「生活行為アセスメントの取組」で、車椅子からのずり落ちの原因があっという間に把握できました。おかげで、「車椅子を足漕ぎする利用者にはオートロック車椅子は使えない」ということも分かりました。急がば回れ、落ち着いてじっくり利用者を見る方が、色々頭を悩ますより早いのです。
■介護職は利用者を見ていない
 前述したように、介護職は利用者を見ているようで見ていません。正確な言い方をすると、介護職は絶えず自分の仕事をしながら、利用者を見ていますから限界があるのです。ところが、介護職は「忙しいから」という理由で、一人の利用者を注視するということに時間を取ろうとしません。当然利用者の生活動作、生活行為の状況を良く理解していませんから、リスク対応なども全て後手後手になって、余計時間を取られるという悪循環に陥ります。
 先日ある施設の認知症フロアの主任から相談がありました。徘徊、異食、転倒とリスクだらけの職場ですから、「誰のどんなリスク対策から始めて良いか分からない」というのです。私が彼女にアドバイスしたことは次のようなものです。まず、職場で最も手がかかり事故の危険が高いと感じている利用者を、職員の多数決で一人選びます。次にその利用者に対して、一人の職員が週に1時間張り付いてじっと観察し、どのようなリスクがありどのように対処したら良いかをメモします。これを1ヶ月間続けると、合計4人の職員が4時間一人の利用者を観察したことになります。そして1ヶ月後に4人の観察者が「どのようなリスクを感じて、どのように対処すれば良いと考えたのか」を発表しました。当然、それまで分からなかったたくさんのリスクが発見でき、防止対策が容易なものもたくさんありました。
 このように一人の利用者に焦点をあてて、情報を収集して理解を深め、認知症ケアに役立てるという方法(センター方式)が成果を上げました。同じ方法で実はリスクを把握し対策を講じることも容易になるのです。リスクマネジメントの世界でも、リスクアセスメントという言葉が日常的に使われるようになり、まずはリスク情報収集、分析、評価という手法を取っていますから、この生活行為アセスメントの取組は、介護用リスクアセスメントということになるのでしょう。

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