「毎日入浴させろ、当然の権利だ」というクレーマーに根負けした施設長!

クレーマーの無理な要求がカスタマーハラスメントにつながる

【検討事例】
 Hさん(84歳女性・要介護3)は、在宅で息子さんが介護していましたが、息子さんの仕事の都合で介護付き有料老人ホームに入所することになりました。入所前の施設の説明に対して「え?週3回しか入浴できないのですか?」と不満を漏らしました。入所後すぐに施設長に面会を求め、「母は肌が弱くきれい好きなので毎日入浴させて欲しい。家では毎日きちんと風呂に入っていた」と要求してきました。「週3回の入浴は施設の決まりですから」と施設長が断ると、「契約書には3回しか入浴できないとは書いてない。『個別のニーズに応えます』というのは嘘か?」と主張します。
 その後も「施設長だって毎日風呂に入るだろう」「身体が不潔だとストレスになり病気になるし認知症も悪化する。そうなったらアンタ責任取るのか?」と執拗に要求してきます。施設長は息子さんに理解を求めようとしましたが、相手を納得させるような根拠を明確に示して説得することができません。ついに息子さんは、「毎日入浴するなんて最低限の文化的な生活だろう」ともっともらしい理屈を付けて主張し、施設長は根負けして要求を受け入れてしまいました。Hさんの息子さんは、介護職員に対して「イマドキ毎日入浴するのは当たり前だからね」と勝ち誇ったように言います。しばらくして、息子さんは1日5回の口腔ケアを要求してきました。
■なぜ施設長は息子さんの要求を受け入れてしまったのか?
 最近では入所施設でも家族によるカスタマーハラスメント(威圧的・暴力的要求)が問題になっていますが、ハラスメントの前提には理不尽で身勝手な要求があります。これらの要求に対抗できずに安易に受け入れてしまうと、増長して次々と無理な要求を繰り返してクレーマーに変貌してカスタマーハラスメントにつながるという構造があります。ですから、これらの身勝手な要求に対しては、毅然と対抗してNoと言わなければなりません。
 相手はその要求根拠として一見もっともらしい理屈を付けてきます。この理屈に対して、相手が納得せざるを得ないような根拠を示して要求を断らなければなりません。Hさんの息子さんの要求根拠は、「毎日入浴しなければ病気になる」であり、その正当性の根拠は「イマドキ毎日入浴するのが当然」などでした。人によって考え方は異なりますから、これらの屁理屈のような要求根拠を、“バカらしい”と否定することもできません。では、これらのもっともらしい理屈の付いた要求に対して、どのように納得性のある根拠を示して要求を断れば良いのでしょうか?
■ 「契約上できない」とは言えない
 介護付き有料老人ホームの入居契約書で「週3回を超える入浴はできない」との記載はありませんから、「契約上できない」という理由で要求を拒否することはできません。無理な要求をしてくるクレーマーの中には、契約書を隅々まで読んで自分の要求が契約上正当であることを示してくる手ごわい相手が少なくありません。
 また、特養や老健などの入所施設では提供するサービスに上限が決められていませんから、もっともらしい理屈を付けてサービスの上乗せ要求をされると断りにくいという面があります。居宅サービスで「息子のご飯もついでに作って欲しい」と要求されても、「規則でできません」と容易に断ることができます。しかし、施設サービスは介護度に応じた定額の包括サービス契約であって、「飲み放題・食べ放題」と同じなのです。では相手に負けないように理論武装をして、納得せざるを得ない根拠を示して対抗するにはどうしたら良いでしょうか?
■誰もが納得できる根拠を示して拒否する
 介護保険サービスは、公的な制度に基づいたサービスですから、制度運営上公平性が重視されます。ですから、本事例のように自分の利益のために特別に手厚いサービスを要求してくる場合には、公的制度であることを理由に次のように主張すれば良いでしょう。
・介護保険のサービスは介護保険制度という公的な制度で運営されているサービスなので、特定の利用者に対する過剰なサービスは利用者の公平性の観点から適切ではない。
・職員配置は介護保険制度で決められており、介護報酬も定額であり職員は増やせないので、現状の職員配置では毎日の入浴は業務の支障となる。
 また、健康管理上の理由やケアの必要性を根拠に無理を言って来る場合があります。例えば、「褥瘡防止のためには2時間おきの体位変換をすべきだ」とか、「誤嚥性肺炎防止には1日5回の口腔ケアが必要だ」というような要求です。これらの要求については、「医学的根拠が無いのでケアを増やすことができない。医師の指示があれば検討する」と答えれば良いでしょう。
 以上のように、クレーマーに変貌してカスタマーハラスメントにつながるような無理な要求に対しては、あらかじめ対抗手段を決めておかなければなりません。一度無理な要求を受け入れてしまうと、必ずエスカレートするのもクレーマーの特徴ですから。

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