対抗策の難しいカスハラは職員を守れば良い
【検討事例】Dさん(69歳女性・要介護4)は、多発性脳梗塞による重度の半身麻痺の利用者で、週に4回デイサービスを利用しています。家では娘さんが介護をしていますが、専門学校の教師をしていて多忙のようです。Dさんは3回の脳梗塞発作によって身体機能がかなり低下してきていますが、認知症は無く頭脳は明晰で意思表示もしっかりしています。利用を始めた当初から、介護スタッフの身体介護の方法に不満があるようで、介護するたびに「アンタのやり方はダメよ!ヘタ!それでもプロなの?」と、大きな声で文句を言います。
その上、居宅に戻ってから娘さんに「介護がヘタなひどい職員ばかりだ」と不平を言い、そのたびに娘さんがデイサービスにクレームを言ってきます。一度スタッフがトイレ介助で転倒させそうになった時には、娘さんがデイサービスに乗り込んできて「職員のMを呼んで!」と言って職員を呼びだし「アンタは学校で何を習ったの?デイなんか今すぐ止めて勉強し直してきなさい!」と、1時間も執拗に説教をしました。止めようとする所長に対して「あなたが指導できないから私がしてあげてるの、黙ってなさい!」と一蹴してしまいました。その後も3回に亘って娘さんから執拗な攻撃を受けた職員のMは、ついにデイを辞めてしまいました。
■カスタマーハラスメントが再び激化
家族や利用者から職員に対するカスタマーハラスメントは、感染対策の影響で一時的に鎮静化していましたが、5月から対策が緩和したことで再び激化してきました。ところが、現場では相変わらず理不尽な要求を暴力的・威圧的な手段で押し通すハラスメント行為者に対する対抗措置が全くできていません。メンタルを患って失職する職員が出ているのに、なぜ介護事業経営者は手を拱いているのでしょうか?それは、カスタマーハラスメント対策が介護事業経営者に任されてしまっているからです。
ハラスメントによる労働者の被害が社会問題になってから長い時間が経ち、ハラスメントの種類は数えきれないほどに増えて、経営者の意識も大きく変わりました。セクハラ防止法(改正男女雇用機会均等法)やパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の施行によって、事業者はその防止措置を法律で義務付けられましたから、経営者も厚労省のマニュアル通りに対策を進めることができました。
ところが、カスタマーハラスメントは消費者から従業員に対する攻撃行為ですから、企業内で規制することができませんし、防止法を制定することも不可能です。2018年に厚労省はカスハラ対策の方針として、「消費者の啓蒙」を上げましたがナンセンスです。消費者教育によって悪質クレーマーの行為が是正できる訳がありません。
カスタマーハラスメント対策は、事業経営者自らが対抗策を考え、具体的な対抗手段を講じていかなければ、誰も助けてくれません。放置しておくとどうなるでしょうか?私が関わった多くの事例では、相談員や主任がハラスメント家族に対抗しようとしてない管理者に失望した他の法人に移って行きました。介護業界ではカスハラ対策の無策で、人材の流出による経営危機が起きると考えられます。
■カスタマーハラスメント対策の取り組み方
では、カスタマーハラスメント対策はどのように取り組んだら良いのでしょうか?まず、各施設で取り組んでも決して成功しません。必ず法人全体で取り組みの体制を作ることから始めなければなりません。手順を示しますので参考にしてください。
1.カスタマーハラスメント防止への法人の体制構築
➡本部担当者と施設管理者でプロジェクトチームを作り、取り組みの準備として法人でカスタマーハラスメントの定義を決めます。
2.カスタマーハラスメント防止の取り組みを周知(職員と利用者・家族)
➡法人の取り組み方針と定義を、職員と利用者家族に周知するため案内を発送し、ポスターを作り施設内に掲示します。
3.カスタマーハラスメントの実態調査と個別取り組み案件の把握
➡職員全員にアンケート調査を実施し、ハラスメントの実態と個別案件を把握します。個別案件については、ハラスメント行為の内容と被害の状況を職員本人に確認します。
4.ハラスメント行為の評価と個別案件への対抗策検討
➡個別のハラスメント案件の違法性などを評価の上、法的措置などの対抗手段を検討し弁護士などに確認します。
5.法的措置を前提とした個別案件への対抗
➡刑事告発・契約解除など法的対抗措置を明示して通知し、ハラスメント行為の中止を要求します。
■カスタマーハラスメントの定義を決める
前述のような手順で取り組みを進めますが、一番の難問はカスタマーハラスメントの定義を決めることのです。厚労省のサイトには、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」と「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」という2つのマニュアルが掲載されていますが、参考になりません。
次に重要なことはカスタマーハラスメント行為があった時、これらの行為がどのような行為かを評価して可能な法的措置を検討することです。例えば、職員に向かって「ぶっ殺すぞ!」と相手が言えば、これは脅迫罪という刑法に抵触する犯罪行為ですから、警察に告発するなどの厳しい対抗措置も可能になるのです。私たちは、次の表のように4種類に大別して評価をしています。
(A)違法行為:暴力行為やわいせつ行為などの違法行為で刑法に抵触すれば犯罪行為
(B)不法行為:相手の権利を侵害する行為によって損害を与える
(C)債務不履行:契約上の規定に違反する行為または不誠実な行為
(D)法的対抗措置不可:上記に該当しないが職員の健康被害につながる恐れがある行為
■カスタマーハラスメントを止めさせるには
相手の行為に対して法的対抗措置が明確になえれば、職員の被害が大きくなる前に迅速に対抗措置を示して、ハラスメント行為の中止を要求します。しかし、相手の責任能力や判断能力によって、その対応方法や相手が異なります。家族からのハラスメントであれば、ストレートに「ハラスメントを止めなければ契約を解除する」と迫ることができますが、認知症の利用者の行為であればそうはいきません。
しかし、認知症の利用者の行為であっても実際に職員の被害が発生していれば、改善の必要性は同じです。例えば、認知症の利用者だから少しくらいのセクハラは仕方ない」と諦めるベテラン職員が居ますが、若い職員には大きな苦痛になりますから是正しなければなりません。最悪、精神患者として拘束することもあり得ます。
介護業界の従業員はサービス提供の対象がハンディがあるということだけで、職員がある程度犠牲になるのが止むを得ないと考えがちですが、この考えは改めなければなりません。
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