介護職員が利用者の写真を顔加工して人格を貶めた、家族が市に虐待通報

職員の行為は虐待行為、それとも不適切なケア?

【検討事例】ある特養の職員通用口の外の喫煙所で、二人の若手男性職員がスマホを見せ合って大きな声で笑っています。「この顔のいじり方最高におもしろ!ラインで送れ」「みんなにも送ってやれよ、受けるぜ」と。どうやら今流行りの顔加工アプリで遊んでいるようです。そこへ運悪くある利用者の息子さんが、駐車場へ行くための通路を歩いて来ました。息子さんに気付いた職員がすぐにスマホを隠して、もう一人に「おい、しまえ」と言って息子さんに会釈しました。
息子さんは「今何を隠したんだ?」と笑いながら、背を向けていた職員のスマホをのぞき込みました。画像を見た息子さんは血相を変えて「それ、うちの母親だろう!」と職員の腕をつかみました。職員は「違いますよ、〇〇さんじゃありませんよ」と言いましたが、そこには顔が加工され首から下を入れ替えられた、他の女性利用者の写真が写っていました。
息子さんが職員からスマホを取り上げ、施設長に抗議すると、施設長は「悪ふざけでも少し行き過ぎていますから、二人にはよく言って聞かせます」と答えました。息子さんは激怒して「介護職員がこんなことをしていいのか?これは虐待だろ!」と主張し、取り上げた職員のスマホを撮影してそのまま市役所に行って介護保険課に提出しました。
市の介護保険課では、「虐待認定はできないが介護職員として不適切な行為であり、コンプライアンスを徹底するよう指導する」と回答しましたが、息子さんは納得しません。今度は家族会で問題にして、「施設は不適切なケアが蔓延している。職員を懲戒処分すべきだ」と主張します。施設では「法律や就業規則に違反した訳では無いので、懲戒処分にはできない、コンプライアンス管理を徹底する」と回答しましたが、息子さんの追及はなかなか収まりません。
■コンプライアンス違反の行為とは何か?
市は「コンプライアンスを徹底するように指導した」と言い、施設は「コンプライアンス管理を徹底する」と言います。最近このような明確に違法性が指摘できないようなケースで、頻繁にコンプライアンスという言葉が使われます。コンプライアンスとはどういう意味で、この施設は何をどう徹底するのでしょうか?
 「コンプライアンス」という言葉は通常「法令順守」と訳されますが、法令を守ることだけではありません。もっと広い意味で「法令順守も含め企業が自主的に企業倫理に沿った企業運営をすること」を意味します。
ですから企業は社員が企業倫理に反する行為をしないように体制を作り、社員には企業倫理に沿った行動を守らせなければなりません。ここで企業倫理とは企業に都合の良いものではなく、社会倫理に沿ったものであることは言うまでもありません。ですから、社員は法律に違反しなくても企業倫理や社会倫理から外れる行動をすれば、コンプライアンス違反となるのです。
整理すると次のようになります。
①法律(法令)に違反する行為 (刑法や条例に違反し罰則が科させる)
②他人の権利を侵害する行為(不法行為として賠償責任が発生する)
③お客様との契約に違反する行為(債務不履行として賠償責任が発生する)
④就業規則など業務上の規律に違反する行為(懲戒処分の対象となる)
⑤社会倫理に反する行為(社会のモラルから外れる行為)
⑥介護の職業倫理に反する行為(不適切なケア・介護職員として不適切な行為)
ところで、本事例の職員の利用者の顔加工行為はどのコンプライアンス違反に当たるのでしょうか?施設側では、「介護職員として不適切な行為」として④の行為として捉えているので、懲戒処分を行き過ぎと考えているようですが、これは間違いです。
 人の容姿を本人の了解なく撮影する行為は、肖像権の侵害という人権侵害行為であり、不法行為となりますから、②に該当することになります。顔の加工方法が本人に侮辱的なやり方であり、多数の人の目に触れれば刑法の侮辱罪で①該当する恐れもあります。
 コンプライアンス違反のクレームは、過度な正義感に基づくクレーマーのように考える傾向がありますが、事業者はもっと慎重に違法性などをチェックしなければなりません。本事例で施設は、顔加工の方法が侮辱的かどうかを判断して、加工された画像がどこまで拡散したかを確認の上、本人と家族に報告して謝罪すべきだったのです。
■コンプライアンス研修
 さて、市から指導された「コンプライアンス管理の徹底」とは、具体的に何をしたら良いのでしょうか?「職員にコンプライアンスを守らせろ」と管理者に指導しても、コンプライアンスが何かをきちんと整理できている管理者は少ないですから、前述の4種類のコンプライアンス違反行為を管理者に徹底しなければなりません。管理者研修では事業者や職員個人に対する法的責任などについて教え、管理の徹底手法についてポイントを講義します。
〇コンプライアンス管理の手法
・守るべきルールを事例を交えて具体的に教える
・ルール違反に対する罰則を具体的に教える
・ルール違反に至った原因を分析しルール違反をなくす
管理者研修の次に、職員には具体的な違反事例を示して研修を行う必要があります。私たちは次のような介護事業で重要なコンプライアンス違反の行為について、具体的な事例を挙げて職員研修を行い「やってはいけない行為」を説明しています。
〇職員研修で教えるコンプライアンス違反行為
1.虐待行為
高齢者虐待防止法で定義される虐待行為のほとんどが、刑法の犯罪に該当しますから「虐待行為は犯罪」と認識しなければなりません。
2.身体拘束
不当な身体拘束は介護保険法に違反するだけでなく、悪質な場合刑法の逮捕監禁罪になることもあります。
3.ルール違反などの悪質な事故
介護マニュアルの安全ルールに違反して、故意に危険な介助を行い重大事故を起こせば、業務上過失致死傷罪として裁かれることもあります。
4.契約違反
個人情報の漏洩などお客様との契約に反する行為で損害が生じれば、その損害を施設が賠償しなければなりません。
5.就業規則や服務規律違反
お客様に損害が発生しない行為でも、職員として業務上守らなければならない就業規則や服務規律に違反すれば、懲戒処分の対象となります。
6.不適切なケア、不適切な言動
明確な虐待や身体拘束に至らない行為でも不適切なケアを行ってはいけませんし、介護職員として相応しくない不適切な言動も慎まなければなりません。介護職員には労働契約上の職務専念義務や企業秩序遵守義務があり、懲戒処分になることもあります。
 少し前から、保育従事者のコンプライアンスが問題にされ、「不適切な保育」と言う新しい言葉を耳にするようになりました。0歳児の足を持って逆さに吊るす行為は明らかな違法行為ですが、幼児に下着のまま食事をさせることも「不適切な保育」とされて糾弾されました。
当初は企業行動の法令順守が目的とされた“コンプライアンス”はその意味が拡大し、一般市民が要求する多様な規範基準が企業に突き付けられるようになっています。SNSによる私的正義感による企業行動の糾弾も、コンプライアンスの拡大を助長しています。このコンプライアンスの膨張拡大の影響を経営者や管理者はきちんと理解し、市民的倫理規範に合わせていかなければなりません。
先日デイの外出行事で利用者の持っていた障害者手帳で障害者割引を使ったら「制度の趣旨を逸脱している」と家族から抗議がありました。法律にも規則にも違反していませんが、介護福祉従事者という一段高い職業モラルを基準に考えれば、家族の指摘はもっともなのです。

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