利用者のセクハラ行為の情報を事業者に伝えたケアマネージャー、個人情報漏洩?

利用者から賠償請求、県の福祉局からも指導

【検討事例】訪問介護サービスを利用している認知症が無い男性利用者Hさん(66歳)は、時々ヘルパーにわいせつな行為をして問題を起こします。事業所の管理者はサービス提供中止の意向をケアマネジャーに申し出ますが、ケアマネジャーがHさん厳しく言うとしばらくの間おとなしくなります。ところが、ある時Hさんがヘルパーの下半身に触る行為があったため、事業所は明らかな違法行為であるとしてサービス提供の中止を決めました。ケアマネジャーは苦労して後任の事業所を見つけ、ていねいに引継ぎを行いました。後任の訪問介護事業所の管理者は、ケアマネジャーに前任の事業所がサービス提供を中止した経緯を尋ね、ケアマネジャーはHさんのわいせつ行為について説明し注意を促しました。
ところが、ケアマネジャーが後任の事業所にHさんのわいせつ行為を伝えたことがHさんの耳に入り、ケアマネジャーにクレームを言ってきました。ケアマネジャーはHさんに「ケアマネジャーは介護サービスが円滑に提供されるよう他の事業所に情報を提供する義務がある」とその正当性を主張します。Hさんは、「ケアマネジャーは個人情報を漏洩し公的なサービスを受ける権利を侵害した」として県の福祉局に苦情申立を行い、弁護士を通じて慰謝料を要求してきました。
■利用者の不利益につながる個人情報は提供してはいけない
 ケアマネジャーは、「ケアマネジャーは介護サービスが円滑に提供されるよう他の事業所に情報を提供する義務がある」と言っています。利用者のハラスメントに対しては事業所に情報提供を行って、事業所の従業員を守るのが当然だと考えたのでしょう。利用者はわいせつ行為が違法であることを知りながら行為に及んでいるのですから、ケアマネジャーの言い分にも一理あります。
 しかし、一方で利用者の個人情報の利用には法的な制限があります。ケアマネジャーが本人の承諾を得ないでわいせつ行為の情報を他の事業者に提供することは、個人情報保護法違反や契約上の債務不履行になる恐れがありますので検証してみましょう。
 個人情報保護法では、事業者が取得した個人情報を他の事業者に提供する場合、本人の承諾が必要となります。しかし、介護サービスの提供では事業者間で利用者の個人情報を共有しなければ、適切なサービス提供ができませんから、サービス提供契約時に契約書などで包括的に利用者の承諾を取り付けています。ですから、利用者の障害の状況やサービス提供内容などの情報を、他の事業者に提供しても個人情報保護法には抵触しません。
 しかし、本事例のHさんのわいせつ行為の情報は、契約時に本人の承諾を取り付けた「個人情報の第三者提供」の対象になるのでしょうか?
契約時に本人の承諾を取り付けている個人情報の第三者提供では、本人に対する介護サービスの提供に必要不可欠の最低限の情報でなければなりません。そして最も重要なことは、本人の利益になる情報であることが条件となります。本人の不利益になり本人へのサービス提供の支障になるような、個人情報はたとえ連携する事業者間でも提供してはいけないのです。
このように考えると、Hさんの「ケアマネジャーは個人情報を漏洩し公的なサービスを受ける権利を侵害した」という主張が正しいことになります。では、ハラスメントなどの利用者の違法行為などの情報について、ケアマネジャーはどのように取り扱ったら良いのでしょうか?本事例のケースでは、後任の事業所が直接利用者本人に確認しなければならないことになります。
■介護サービスに必要な情報と本人の不利益にならない情報
介護事業者は本人から個人情報の第三者提供の承諾を取り付けていますが、どんな個人情報でも提供できる訳ではありません。しかし、現状はどのような個人情報は提供してはいけないのか明確になっておらず、本事例のようなトラブルが発生するのです。
では、どのような個人情報は連携する介護事業者に提供してはいけないのでしょうか?本事例から明らかになったことは、次の2点については明確にしておく必要があります。1.本人の介護サービス提供に必要な情報に限られること
これは「個人情報の利用目的の範囲内での取り扱い」という個人情報保護法の規定にもある通り、介護事業者は利用者の個人情報を介護サービスの提供以外の目的で利用してはいけませんし、第三者に提供する場合も同様です。
例えば、家族の情報は全てが直接利用者への介護サービスに必要な情報ではありませんから、限定して取り扱わなければなりません(ただし虐待など本人の安全にかかわる情報は除外)。
2.本人の不利益にならない個人情報であること
契約時に第三者提供について包括的に承諾を得てはいますが、原則は本人の承諾が必要なことは変わりません。本人の不利益につながるような個人情報は本人が承諾するはずがありませんから、包括承諾の対象外になります。
本事例のHさんのわいせつ行為の情報は、事業者や従業員の利益になる情報ですが、Hさんにとっては介護サービスを受けるに際して不利益になる情報です。家族からの理不尽で身勝手な要求などの情報も同様です。
■要配慮個人情報にも注意する
 平成27年の個人情報保護法の改正において、要配慮個人情報について取得時に本人の承諾を得ることが義務化されました。要配慮個人情報とは従来センシティブ情報と言われていた、その漏洩が重大な人権侵害につながるようなプライバシー性の高い次のような個人情報を言います。要配慮個人情報については、契約書で包括的に承諾を得ていたとしても、他の事業者に情報提供する場合には個別に承諾が必要と考えなくてはなりません。
(1)人種 (「在日○○人」、「○○地区・○○部落出身」、「日系○世」など)
(2)信条 (信仰する宗教、政治的・倫理的な思想など)
(3)社会的身分 (「非嫡出子」や「被差別部落の出身」であることなど)
(4)病歴 (「肺癌を患っている」や「統合失調症で通院していた」など)
(5)犯罪の経歴 (裁判で刑の言い渡しを受けてこれが確定した事実)
(6)犯罪により害を被った事実 (「詐欺被害に遭った」「インターネットで事実無根の中傷を受けた」など)
(7)身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)など(「医師などから、身体的、精神的な障害があると診断されていること」「障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳などの交付を受けていること、本人の外見から」「明らかに身体上の障害が認められること」など)

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