おもしろ半分のイタズラで、認知症利用者の髪にリボンを結んでブログにアップした職員

若手職員のコンプライアンス管理はとても難しい

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから]  
専門学校を卒業して4月に入社した女性介護職員Aは特養に配属されました。ある晩、Aは夜勤職員として就寝の介助をしていました。認知症のある女性利用者Mさんの居室で、なかなか寝ようとしないMさんの髪にリボンを8つ結びました。Mさんが喜んだので、Mさんの顔をスマホで写メして、自分のブログに載せました。ブログには「認知症のおばあちゃんは可愛い」と書き込みました。
 Aは自分のブログに施設名を実名で掲載していたため、Mさんの孫がおばあちゃんの施設名で検索をかけた時に、このブログがヒットして写真を発見しました。祖母の写真を見つけた孫はすぐにお父さん(Mさんの息子さん)にこのことを知らせました。激怒した息子さんは「この介護職の行為は虐待だ、訴訟を起こすぞ」と施設長に迫りました。
 施設長はすぐにA職員を呼び、Mさんの髪にイタズラをした事実を確認し、Aの行為が高齢者虐待であり許されないことであると厳しく叱責しました。Aは泣きながら「そんなつもりはなかった」と訴えましたが、施設長は市に虐待事件として通報し、個人情報の漏洩事故としても事故報告をしました。施設の主任以上の役職者は深刻な事態ながらも、「介護職員としてあり得ないことだ、理解しがたい」と一様にため息をつきました。
施設長はAの将来も考えて依願退職で済ませようとしましたが、Mさんの息子さんが納得しないため、介護職員Aを懲戒解雇処分としました。市から改善計画書を求められ、施設長は再発防止策として「介護職のモラルアップのために職員教育を徹底する。そのために毎朝全職員で倫理要綱を唱和する」と書きました。
《解説》
■なぜ施設長は虐待行為と判断したのか?
 判断能力の無い認知症の利用者の髪に、たくさんのリボンを付けて写真に撮る行為は虐待行為です。施設長が適切な対応を行ったため、息子さんも理解を示して訴訟を思いとどまりました。本人が肉体的・精神的な苦痛を感じなくても、認知症の利用者の人格を貶める行為は虐待行為と認定されます。
12年前、特養で認知症の利用者に性的な暴言を吐き家族に録音されるという前代未聞の事件が起こりましたが、市はこの行為を性的虐待と認定しました。認知症の利用者本人が暴言を理解できなくても、人格を貶める行為は、人の尊厳を損なう人権侵害であり虐待行為なのです。
 また、ブログに認知症の利用者の写真を掲載するという行為は、個人情報の漏洩に該当しますが、その被害の大きさは健常者の個人情報の漏洩と比べ重大です。なぜなら、知的なハンディのある人の個人情報は、プライバシー性の高いセンシティブ情報でその漏洩は人権侵害とみなされるからです。
■「そんなつもりはなかった」と言った新人職員
本事件が発覚した時、施設長以下中堅職員は「そんなバカなことをする介護職がいるのか?」と驚きましたが、本人には悪いことをしたという認識はありませんでした。この問題が発覚した時には、「そんなつもりはなかった」と涙ながらに訴えたので周囲は呆れましたが、きっと嘘ではないのでしょう。採用試験の面接でも「認知症のおばあちゃんは可愛いから大好きです」と発言したと言いますから、本当にそう思っていたのでしょう。採用の段階で介護職として重要な倫理観が備わっていないことを見抜いていたら、この不祥事は避けられたかもしれません。
呆れるようなコンプライアンス違反で大問題になった時にも、その行為を行った本人にその重大性の認識が無いことが良くあります。つまり、管理する側は「こんなことは当たり前だろう」と考えていることが、違反する本人たちから見れば当たり前ではないのです。この新人職員のように、重要なことを知らなかったために、過ちを犯して罰を受けるのですから本人も可哀そうなのですが、重要なルールはこれを知らなかったことがルールに違反した時の言い訳にはならないのです。
では、管理者側から当たり前という重要な認識が備わっていない若い職員に対して、どのようにして認識してもらったら良いのでしょうか?倫理観という漠然とした能力が備わっているかどうかを見抜くことは容易ではありませんから、やはり研修によって一つ一つ教育しなければなりません。
■やってはいけないことを教える
 法人の理事長からこの不祥事の再発防止策を求められた施設長は、「それは採用時に見抜かなければどうしようもない。職場での教育は無理」と答えました。なぜなら、倫理観はその人間の成長過程において少しずつ身に付くものであって、職場の研修で身に付かないからです。しかし、この不祥事の再発防止のために、何かをしないと施設長も安心できません。そこで、施設長は介護現場で起きている「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」を調べて、これを材料に研修をしようということになりました。
 施設長は知り合いの施設長にメールで相談し、いくつかの施設から不祥事の事例を提供してもらいました。予想した通り「その時のノリで軽い気持ちでやっちゃった」というものがいくつもありました。中にはデイの管理者が障害者手帳を利用者から借りて、外出行事の時の博物館の入場料を行事参加者全員無料にして“経費を節約”して問題になったという悪質な確信犯の事例もありました。
■実際に研修をやってみたら
 さて、施設長は知り合いの施設長から教えてもらった事例から、12件の介護職のコンプライアンス違反事例を使って研修を行いました。事例をグループで討議して、何が不適切な行為なのか、何がコンプライアンスに違反するのかを職員に考えさせるのです。事例を選んでいる時に、施設長は「さすがにこんな基本的なルールが分からない職員はいないだろう」という事例もありました。しかし、実際に研修をやってみるとビックリ。どのような規則に違反するかと言う問いに答えられない職員がたくさんいましたが、「これってなぜルール違反なんですか?」と疑問を口にする職員がたくさんいたのです。コンプライアンスに対する認識は個人によって大きな違いがありますし、年代によっても大きな差がありますから、「こんなことは当たり前」と考えてはいけないのです。
 施設長がコンプライアンス研修に使った「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」の中には、次のような事例もありました。虐待などの職員の不祥事が起きると、「倫理要綱を毎日唱和する」などの形式的な対策を考える管理者がいますが、事例を見ると職員の倫理観を向上させることがいかに難しいか良く分かります。
〇忘年会で盛り上がり利用者にもカツラをかぶってもらった
クリスマスの行事のアトラクションで、職員が禿げ頭のカツラを買ってきてかぶり利用者にウケて盛り上がった。盛り上がったついでに、認知症の男性利用者の頭にカツラをのせたら、利用者にもウケて、職員が自分のポケットからスマホを出して写メしていた。

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