パワハラ防止法対策で相談窓口を設置したが職員からクレームが殺到

パワハラの相談への対応方法が分からない

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
S社会福祉法人では、4月にパワハラ相談窓口を設置しサービス向上課のM課長が担当者となり、職員に周知する文書を配布しました。すると早速、A特養のBさんから相談の申し込みがあり、課長が相談室で話を聞くことになりました。
課長は「あなたはA特養のBさんね、どんな相談なの?」と言って、受付表に氏名を記入しました。Bさんは「上司から暴言を吐かれました。パワハラだと思うので注意してもらえませんか?」と言います。M課長が「どんな暴言なの?」と聞くと「私の口からは言えません、私が言ったって上司にバレちゃいます」と言います。「でも、本人に注意するにはどんなパワハラか分からなければ注意しようがないでしょ」と課長が言うと、「もういいです」と言って帰ってしまいました。後日Bさんから「匿名も可というから相談に行ったのに名前を書かれた、信用できない」と、総務部長にクレームが入りました。
しばらくすると、CデイサービスのD職員が相談に来ました。D職員は「所長が利用者を増やすためにチラシを配布しろと強要します。パワハラですから止めさせてください」と言います。課長は「所長には止めるように指導します。あなたの名前は出さないようにするわね」と言って、すぐに所長に止めるよう指示しました。今度は、所長が「それはパワハラではない、Mさんは勉強不足だ」と異議を唱えてきました。
《事例検討解説》
■トラブルが頻発した原因は何か?
 S社会福祉法人のパワハラ相談窓口の対応はなぜ最初からトラブルになってしまったのでしょういか?M課長の対応を検証してみましょう。
 まず、パワハラ相談窓口を「匿名可」にする必要はありませんが、幅広く相談に対応するためには、「匿名可」が望ましいでしょう。しかし、相談方法を「匿名可」としている場合は、相談者の氏名が判っていてもいきなり受付表に氏名を記入してはいけません。
「匿名可」の場合は、相談を開始する前に次のように確認します。「あなたの名前をお聞きしても良いですか?匿名希望の場合この受付表の氏名欄を空欄にしておくこともできます。氏名を記載しても、社内で公表したり、上司にあなたの氏名を告げることはありませんが、どちらにされますか?」と。ただし、匿名の相談の場合は相談窓口の相談だけに留まり、正式にパワハラ事案として会社が是正対応に乗り出すことはできませんから、そのことも説明が必要です。
 次に、デイサービスの職員への対応では相談者のパワハラ主張を真に受けて、いきなり是正対応を始めていますが、これは間違いです。パワハラ窓口の相談から是正対応への手順をきちんと決めておかなければなりません。是正対応に移るまでに確認すべきことがたくさんあります。パワハラ行為の要件の確認、行為の事実確認、被害と救済方法の確認、是正対応方法の本人への確認などです。
 ちなみにD職員は「チラシ配布は自分の業務ではないから業務の逸脱である=パワハラ行為である」と勝手に判断していますが、業務の逸脱は3要件の一つですからこれだけではパワハラ行為には該当しません。また、介護職員に利用者拡大のためのチラシ配布を業務として命令することは、会社の裁量権の範囲内ですから業務の逸脱でもありません。最近では「自分の気に入らない業務命令をパワハラである」と主張する職員が増えていますから、「パワハラには該当しない」という明確な根拠も説明しなければなりません。
 このように、細かい対応手順が決められないまま相談業務を始めると、M課長のようにトラブルを一身に抱え込むことになってしまいます。では、相談窓口の対応方法や相談以降の会社の是正対応はどのように決めたら良いのでしょうか?

■職員のパワハラ相談への対応とは?
 実はパワハラ相談窓口の対応方法はそれほど簡単ではありません。相談後の会社の是正対応とも連動しなければなりませんから、あらかじめ会社の対応の流れを決めておく必要がありますし、相談者への説明も必要です。社内の対応の流れはだいたい次のようなものです。
①パワハラ被害を訴える相談者の主張内容の確認
➡行為者がどのような言動をしたのかを具体的に聞き取り記録します
②訴えがあった行為がパワハラに該当するかの評価
➡法律で定められた3要件に該当するか検証して行為を評価します
③要件に該当しない場合はパワハラ事案として取り上げないことを相談者に説明します
➡要件に該当しない場合でもコンプラ上問題があれば会社が独自に対応します
④パワハラの要件に該当した場合の事実確認
➡要件に該当した場合、行為を行った本人や周囲の職員に事実を確認します
⑤パワハラ行為と認定した場合の会社の対応方法を被害者に確認する
➡被害の救済、行為の是正方法などについて被害者に確認して会社の対応を決めます
⑥懲戒処分が必要な場合は会社が独自の裁量で処分を行います
 ➡「処罰して欲しい」と訴える被害者もいますが、懲戒は会社の規定に沿って行われ、被害者の要求には従えません
 
以上のようなパワハラ行為に対する会社の対応手順を踏まえて、相談窓口ではどのような点に注意すれば良いのでしょうか?私たちが作成した「パワハラ相談窓口対応マニュアル」から、一部をご紹介しましょう。
1.相談窓口対応の趣旨説明
 相談窓口に来る職員は「パワハラかもしれない」と相談するだけの人から、確信を持ってパワハラ行為の被害救済を訴える人まで様々です。広く相談に応じるためには、相談窓口の趣旨を説明し、パワハラに該当した場合の会社の対応方法も説明します。
2.相談者の氏名の確認
匿名の場合は会社の記録に氏名が残りませんが、匿名のままでは是正対応にも限度があることを説明します。
3.パワハラ行為者への調査について説明
 たとえ訴えの内容がパワハラ行為に該当しても、相談者の許可なくパワハラ行為者への調査を行わないことを説明します。
4.訴えを具体的に確認する
 相手の訴えが「暴言を吐いた」「暴力的な振舞いをする」など表現があいまいな場合は、どのような言葉を言ったのか、どのような行為をしたのかを確認します。
5.相談者はなぜパワハラ行為と考えたのか確認する
相談者がパワハラ行為の要件を正確に知っている訳ではありませんから、パワハラの指摘が間違いかもしれません。どのような行為をパワハラ行為と考えたのかを尋ねます。
6.相談者の要望を確認する
相談者が現在受けているハラスメントに対して、どのような対応を望んでいるのかを確認します。なるべく穏便に済ませたいと考える相談者に対しては、会社の厳正な対応を強制しないようにします。
7.相談者の健康被害の確認
パワハラで発生する被害はそのほとんどがメンタルの不調で、身体に様々な変化が現れますから、具体的に例示して被害の有無を確認します。健康被害の回復が最優先であることを説明します。
8.会社の是正対応(匿名の場合と氏名を記録した場合の対応)
相談者の氏名を匿名とした場合、会社は正式に事案として取り上げることができませんから、調査や是正措置が難しくなりますので、このことを説明しておきます。
 
これがマニュアルの全てではありませんが、相談窓口の対応が難しいことはお分かりいただけたと思います。本事例のように「法律への対応上必要だから」と窓口を設置して、対応は担当者に丸投げしてしまった法人が多いですから、担当者が困らないように細部をマニュアル化してあげてください。

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