介助中の職員に「介助がヘタだ」と文句を言い続ける息子、職員は適応障害に

介助時に家族に罵倒され続けることの精神的被害を重視する

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
Hさん(女性・83歳)は認知症がある左半身麻痺の利用者で、特養に入所してきました。キーパーソンの一人息子は介護に熱心で、自ら初任者研修の資格を取得しており、ショートステイ利用中も何かと職員に注文を付けていました。
Hさんが入所すると息子は2日に一度来所し、居室担当の女性職員の介助方法に文句を言うようになりました。当初は「ホントにおまえは介助がヘタだな」と文句を言うだけでしたが、職員が従わないと「このど素人が何やってんだよ、お前資格持ってんのか?」などと、介助している間職員を罵倒し続けます。
見かねた介護主任が「お母様の介助方法については任せていただきたい」と言うと、介護実技のテキストを持ってきて「施設のほうが間違っている」とを1時間も主張しました。施設長に相談しても、「介護熱心な家族で間違ったことを言っている訳ではないから」と対応してくれません。
ある時、居室担当の女性職員が息子の介助方法に反論すると激高して、「母に事故でもあったらお前殺すぞ!」と言って、近くの椅子を職員の方に蹴飛ばしました。その後職員は出勤する時に激しい動悸に襲われ、心療内科を受診し適応障害と診断されました。
報告を受けた主任が息子に対して、「横暴な態度を改めないと利用を断ることもあり得る」と強く抗議すると、「自分たちの介護のやり方が間違っているのに、退所をちらつかせて家族を脅した」と市に苦情申し立てをしました。市から対応を求められた施設長は、主任に「息子さんの態度が少し悪くても利用拒否はできないから」と注意しました。主任は翌月退職し市内の他の施設に移って行きました。

《事例検討解説》
■暴力的行為でなくても大きな精神被害
 この介護熱心な一人息子の要求や言動は、施設長が言うように“介護熱心な家族で間違ったことを言っている訳ではない”のでしょうか?執拗に自分の介助方法を職員に要求し、従わない職員を介助中ずっと罵倒する行為は許されるのでしょうか?この息子の行為は明らかなカスタマーハラスメントであり、施設もしくは法人が組織的に対抗しなければなりません。このように、違法性や不法性が不明確なハラスメントは大変多く、施設では「困った家族の振舞い」程度の認識しかないので、悪質クレーマーからの職員の被害が増えているのです。
一般的にカスタマーハラスメントは、「従業員に対する嫌がらせや暴力的・威圧的な要求や言動」とされていますが、この息子の要求や言動を一つ一つ検証すれば明らかなハラスメントであることが分かります。
 介護職員が利用者を介助している間ずっと文句を言って罵倒し続ける行為は、間違いなくハラスメントです。介護職員は介助行為を行っている間、執拗に介助方法を否定され罵倒され続けられたら、強烈な精神的な苦痛を受けます。たとえ、暴力的・威圧的行為でなくても「執拗な精神的攻撃による嫌がらせ」はハラスメントなのです。ひどい精神的苦痛を継続的に受けると、強度のストレスによってストレス障害、うつ病、パニック障害など精神面身体面での症状が出ます。「母に事故でもあったらお前殺すぞ!」という言葉と、「椅子を職員の方に蹴飛ばしました」と言う暴力的な行為によって、恐怖心も加わり激しい動悸と言う適応障害の症状につながったのでしょう。
 それでは、主任の抗議は正しかったのでしょうか?息子の職員へのハラスメントが、たとえ違法行為や不法行為であっても、いきなり「利用拒否もあり得る」という告知は妥当とは言えません。特養の入居者に対して利用拒否とは退所を意味しますから、その主張を行うにはきちんと根拠を示して警告や予告などの手続きを踏まなくてはなりません。
では、この息子に対してはどのような根拠を示して、どのような手続きを踏んで対抗すれば良かったのでしょうか?
  
■ハラスメント行為の検証を行う
 カスタマーハラスメントに対抗するには、まず相手の言動を検証して執り得る対抗手段を明確にしなければなりません。その上で、相手の違法行為や不法行為などを主張し法的な対抗手段を示さなければなりません。まず、この息子の行為を分析・評価してみましょう。
 前述のように、たとえ介助方法が家族の要望にそぐわなくても、介助中に後ろから罵倒し続ける行為は、職員の被る精神的苦痛を考えれば、不当な嫌がらせ行為と言えます。家族であっても、職員の介助行為の妥当性について説明を聞き、施設側と話し合わなければなりません。不当な嫌がらせ行為による精神的苦痛によって職員の適応障害が引き起こされたのであれば、不法行為による損害賠償請求が可能かもしれません。
 次に、自分の介助行為に反論されたことに腹を立てて、職員に「母に事故でもあったらお前を殺すぞ!」と言って椅子を職員の方に蹴飛ばしましたという行為を分析してみましょう。「お前を殺す」という言葉はただの暴言ではなく、刑法の脅迫罪に該当する犯罪行為になるかもしれません。職員に向かって椅子を蹴飛ばすという行為は、職員に椅子が当たらなくても暴行罪になります。

■法的対抗手段を明示して通告する
 家族が施設職員に対して、刑法に抵触する犯罪行為を行えば刑事告訴も可能ですし、契約解除つまり利用拒否の正当な理由にもなります。また、家族の不法行為によって職員がメンタルに不調をきたして受診したのですから、不法行為責任を理由に損害賠償請求を行うこともできますし、債務不履行責任による解約解除も可能になります。
 このように、クレーマーの不当な行為に対して刑事告訴や不法行為責任による賠償請求などの法的対抗手段を明示した上で、「ハラスメントを止めなければ契約解除も辞さない」と警告する必要があります。当然、口頭ではなく文書で通知することも必要ですし、施設長や相談員ではなく法人本部の担当者から通知する方が効果的です。このようなケースを解決するために、私たちは法人本部の「顧客相談室長」の名前で通告書を作成して、内容証明郵便で郵送することがあるのです。
 カスタマーハラスメントを行う悪質クレーマーの多くは、自分の行為が犯罪行為であるという認識もありませんし、精神的苦痛を理由に賠償請求され得ることも念頭にありません。厳しい対抗手段を警告し自分の悪質な行為を認識させて止めさせなくてはならないのです。管理者は「根気よく説得する」という言葉を使いますが、職員に被害を与える悪質クレーマーに対して気長に説得する余地などありません。ハラスメント行為の重大さを認識させ、愚かな行為によって自分が被る不利益を理解してもらわなくてはならないのです。
最後に、みなさんは労働契約法の事業者の義務として、「職場環境配慮義務」があることをご存知でしょうか?労働契約法第5条によれば、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と明記されているのです。
つまり、使用者はパワハラ・セクハラ・カスハラなどのハラスメントによって、職場の環境が損なわれないようにする労働契約上の義務「職場環境整備義務」があるのですから、もっと積極的にクレーマーにハラスメントの中止を求めなければならないのです。

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