対応をマニュアル化しなければトラブルは防げない
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Hさん(女性89歳・要介護5)は、自発動作が乏しい重度の認知症の利用者で、半年前に特別養護老人ホームに入所しました。ある時Hさんの娘さんが、面会時に拘縮のある左上腕に腫れを発見し、看護師に報告しました。看護師が嘱託医に連絡すると「上腕骨骨折の可能性があるので受診するようにと指示がありました。
看護師が家族を一緒に整形外科を受診すると、左上腕骨螺旋骨折と診断されました。娘さんは、「動けない母が自分で骨折する訳がない。職員が介助中に骨折させたのだろう」と訴えます。相談員はHさんの介助に当たった職員に事情を聴きましたが、誰も心当たりがないと言います。相談員が「職員に聞き取り調査をしたが分からない」と報告すると、娘さんは「そんな調査で分かる訳がない」と更なる調査を要求します。
結局原因は判明せず納得の行く説明もなく、1か月後にHさんの骨折の治療が終わり退院して再入所しました。ところが、退院して再入所した3日後に、面会に来た娘さんがHさんの顔を見ると、左眉の上が大きく腫れて赤く内出血しています。娘さんは介護主任を呼び「どこにぶつけたの?」と問いただしましたが、「先ほど定時のオムツ交換でパッドを交換しましたが、ぶつけることは無いと思います」と言います。娘さんは、電話で市に虐待通報した後、警察に行き「何度も虐待が起きているから調べて欲しい」と訴えました。その後2ヶ月も役所や警察への対応を余儀なくされ、専門家のアドバイスのもとに調査報告書を提出して虐待認定を免れました。
《事例検討解説》
■原因不明の傷・アザ・骨折を防げるか?
どんなに注意しても傷やアザは付きますし、どんなにていねいに介助しても寝たきりの利用者の骨折は防げません。ていねいに介助することはもちろん大切ですが、このようなトラブルになりやすい事故については、家族対応の備えをしておかなければなりません。本事例の対応のどこに問題があるのでしょうか?
まず原因不明の骨折が発見された時、職員の聞き取り調査をして「分からない」と報告しています。娘さんの言う通り聞き取り調査だけで原因が分かる訳がありません。では、どのような調査をして回答したら良いのでしょうか?また、骨折の場合は傷やアザと異なり治療費などの金銭的な損害が発生します。この損害は家族と施設のどちらが負担したら良いのでしょうか?
次に顔面の内出血の原因を尋ねられた時に、「介助中にぶつけることは無いと思います」といい加減な安易な対応をしています。自発動作が乏しい重度の利用者がどうやって自分で顔にアザを付けるのでしょうか?こんな責任逃れのいい加減な対応では腹を立てるのも無理がありません。
このような虐待の疑いにつながる原因不明の傷・アザ・骨折に対しては、あらかじめ家族対応をマニュアル化してトラブルを防がなくてはなりません。私たちが作っているマニュアルのポイントをご紹介しましょう。
■原因不明の骨折への対応
自発動作が乏しい利用者の場合、原因不明の骨折が判明したら最初に治療費負担についての説明を行わなければなりません。本事例の治療費はどちらが負担すべきなのでしょうか?全く自発動作が無ければ娘さんの言う通り、自発動作によって骨折する可能性はゼロですから、介助中の事故とみなされ施設の過失になります。裁判になっても答えは同じです。ですから、施設長が病院に急行して賠償責任について説明し、すぐに保険会社の了解を得ておきます。
次に、骨折の原因を調査し報告することを家族に伝え原因調査を行います。この時重要なことは、医師に骨折の種類(骨の折れ方)を聞いておくことです。骨折の種類は「断裂骨折」「螺旋骨折」「粉砕骨折」の3つに分かれ、外力のかかり方が違います。断裂骨折は強い圧迫、螺旋骨折は捻じれ、粉砕骨折は他物との衝突によって起きますから、原因調査には大きな手掛かりになるのです。
次に受傷時間帯を調べます。前の晩20時の就寝介助時に異常が無かったことが確認されていれば、その時間から骨折発見時までに受傷したことは確実です。本事例であれば、この受傷時間帯の介助場面で捻じれて骨折するような介助場面を検証すれば良いのです。介助場面の検証は、介助方法を再現してビデオに撮影しておきます。本事例の骨折は「更衣の介助時に無理な着せ方をした場面」と「車椅子移動で腕がブランと車椅子の外に出ていた場面」のどちらかが骨折の原因であると報告しました。
■原因不明の傷・アザへの対応
原因不明の傷・アザが発見されたら看護師に報告し処置をしてもらいますが、看護師は処置の前にデジカメで患部を撮影します。受傷場面の推定が難しいような傷・アザの場合、後で整形外科の医師に診てもらうためです。
次に骨折同様に受傷時間帯を推定して介助場面をリストアップして、受傷の可能性の高い介助場面を検証します。この時役立つのが「他物との接触状況の推定表」です。どんなものに接触するとどんな傷やアザができるのかを示した表です。例えば、浅く広い擦過傷はザラザラしたものに擦れたために、皮膚が広く細かく傷付いてできますし、広くぼんやりした内出血のアザは丸みのあるものに衝突してできた内出血で、皮下の深い部分が出血してできます。
最後に、受傷の可能性の高い介助場面で接触した他物を推定して報告します。もちろん、「足を守るためのフットレストカバーを付ける」など、受傷事故の再発防止策も説明します。本事例では、オムツ交換で体位を交換する場面でベッド柵にぶつけた可能性が高かったため、「オムツ交換は必ずベッド柵を外して行うことを徹底しました」と説明してご納得いただきました。
■虐待を疑われた時の対応
家族に虐待を疑われた時や、市に虐待通報された時には、虐待による受傷について検証しなければなりません。
1.重大なクレームとして管理者が受け付ける
2.管理者自ら調査を行う
・「虐待の疑いというクレームが発生したので調査を行う」とを職員に伝える
・「他の利用者の身体に同じような傷がないか」を調査する
・日頃の介助の状況について主任にヒヤリングを行う
3.調査の結果を踏まえて虐待の可能性を管理者が判断する
・他の利用者に傷は無く不審な点が無い場合➡「虐待は無い」と判断
・他の利用者に同じ傷が発見された場合➡「虐待の可能性が高い」と判断
4.調査の結果を申立者に説明する
【虐待は無いと判断した場合】
・管理者として最終的に虐待は無いと判断したと説明する
・公的な苦情申立機関を説明する
【虐待の可能性が高いと判断した場合】
・管理者として最終的に虐待の可能性が高いと判断したと説明する
・「市と警察に相談しながら、事実の解明を進める」と伝える
虐待については上記のような対応になりますが、調査報告書では次の5項目すべての可能性を検証します。
1.故意に傷つける目的で暴行し受傷させた(虐待)
2.虐待の意図はなく乱暴な介助によって受傷させた(不適切なケア)
3.危険な介助方法で介助して受傷させた(ルール違反など)
4.介助中の介助ミスによって受傷させた(ミスによる事故)
5.介助中の不可抗力的な偶発事故で受傷させた(不可抗力の事故)
このように、虐待のクレームや虐待通報になると大変な労力がかかりますから、虐待を疑われないような適切な家族対応が必要なのです。