監査で「身体拘束」と指摘され利用者のY字ベルトを外したら車椅子から転落

行動制限にならなければ身体拘束ではない

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
 Rさん(72歳・女性)は、脳血管障害による下半身麻痺がある要介護3の在宅の利用者です。月1~2回程体度ショートステイを利用しています。Rさんは軽度の体幹機能障害があり、車椅子移動の時に左右に上半身が傾き、車椅子から落ちそうになります。Rさんのご主人は、医師に相談しY字ベルトを購入してRさんに装着し、認知症が無いRさんも「ベルトをしていれば安心」と言います。
 ところが、Rさんがショートステイを利用した時に役所の監査が入り、監査担当者が「Y字ベルトは明らかな身体拘束、すぐに外しなさい」と職員に厳しく指導しました。職員は「利用者本人が了解しており家でもベルトをしている」と反論しましたが、「在宅は良いが施設はダメだ」と言われました。仕方なくRさんのY字ベルトを外して、ご主人に電話で了解を求めました。ところが、ご主人は、「車椅子から落ちたらどうするんだ」と言ってすぐに施設に駆けつけてきました。ご主人が到着する少し前にRさんは車椅子から転落し、ご主人は施設長に「誰が責任を取るんだ」と抗議してきました。

《事例検討解説》
■この利用者のY字ベルトは身体拘束か?
 身体拘束とは「ベルトや帯などを使って一時的に介護を受ける高齢者等の身体を拘束したり、運動することを抑制する等、行動を制限すること」とされています。このような物理的な強制力によって行動を制限する他にも、言葉で脅したりベッドを高くして「怖くて降りられない」ようにするなど、精神的に圧力をかけて行動を制限することも含まれます。
 さて、では体幹障害によって車椅子上での体幹維持が難しいRさんの上半身をY字ベルトで支えることは、身体拘束に該当するのでしょうか?私たちは、身体拘束については次の2つのポイントでその是非を判断しています。
1.その身体拘束によって、利用者はどのような行動をどの程度制限されているのか?
2.行動を制限されているとしたら、行動制限によって得られる安全などの利益と身体拘束によって発生する弊害のどちらが大きいか?
 例えば、多くの入所施設ではエレベーターにセキュリティを付けて、認知症の利用者がフロアから出られないように行動制限をしています。しかし、これらの行動制限を身体拘束と言って問題にする人はいません。なぜなら、フロアに閉じ込められても閉塞感は感じませんし、行方不明の防止のメリットの方が大きいからなのです。身体拘束を外見だけで判断する人が多いのですが、重要なことはその人にとって利益を弊害のどちらが大きいのかをキチンと判断することです。
このように考えればRさんは、下半身麻痺で車椅子から立ち上がる身体機能がありませんから、Y字ベルトを付けても何ら行動制限にはなりません。また、仮に何らかの行動を制限されているとしても、車椅子からの転落防止などの体幹の維持によるメリットのほうが、弊害をよりも大きいのは明らかです。ですから、身体拘束にも該当しませんしY字ベルトを外す必要も無かったのです。

■身体拘束でないことをどのように説明したら良いか?
役所の監査担当者はショートステイの利用者の身体機能の状態まで把握していませんから、車椅子のY字ベルトを見れば外見だけで判断して「身体拘束である」と考えるかもしれません。しかし、Rさんは立ち上がる身体機能が無く、行動制限をされていませんし、Y字ベルトが無ければ転落の危険もありますから身体拘束の指摘は間違っています。
このように、一見身体拘束に見えても、生活行為に必要な姿勢を保持するための用具は福祉用具に該当します。介護保険施設でY字ベルトをしているとすぐに身体拘束と思われますが、身体障害者施設に行けばRさんのような利用者はたくさんいるのです。では、施設はどのように監査担当者に対応すれば良いのでしょうか?
まず、利用者の身体機能と生活状況をきちんと説明して、Y字ベルトによる行動制限が無いこと、Y字ベルトが生活維持に必要な福祉用具であることを説明しなければなりません。場合によっては、Rさんのかかりつけ医に意見書を書いてもらうという手段も考えられます。
3年前の身体拘束廃止の規制強化以来、身体拘束でないものまで「身体拘束である」と指摘されている施設がたくさんありますが、いずれも身体拘束の本質が役所に説明できていません。役所の指摘を鵜呑みにせず、利用者の生活を中心にきちんと説明しなければなりません。ただし、本事例について一言言わせていただければ、Y字ベルトは見た目が悪いですからひざ掛けなどで覆って、目立たないようにするくらいの配慮はあっても良かったと思います。

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