職員のすぐそばで突然立ち上がり転倒、「見守りを怠った職員の過失」と主張する家族

見守りを強化すれば転倒を防げるか?

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
ショートステイを継続的に利用しているMさん(88歳・女性)は、立位の保持はできませんが、立ち上がることができます。認知症が重度で車椅子上で急に立ち上がることがあるので、職員がそばで見守りをしています。
 ある日の午後、Mさんはデイルームの車椅子上で居眠りをしていました。職員はMさんのそばで介護記録を記入しながら、Mさんを視界に入れて見守りをしていました。その時Mさんがいきなり立ち上がり一歩も足を踏み出さずに、両足をそろえたまま前方に頭から転倒しました。職員は視界の中でMさんが動いたことに気づきましたが、顔を上げてMさんのほうを見た時には、すでに転倒していました。
 Mさんが額を強く床に打ち付けたため意識不明となり、救急搬送されましたが意識は戻らず2週間後に病院で亡くなりました。転倒事故発生時の説明にいったん家族は納得しましたが、1か月後に代理人の弁護士から内容証明郵便で、損賠賠償金の請求書が届きました。請求書には「介護職員がすぐそばに居たのであるから、十分に注意していれば事故は容易に防げたのであり、注意を怠ったことに過失がある」として、「賠償金として4,000万円を請求する」とありました。施設では過失を認めましたが、保険会社は賠償金額が高額であるとして裁判で争う構えです。
施設長は、「立ち上がりの行動がある認知症の利用者には、もっと注意して見守りをするように」と、職員に指導しました。

《解説》
■職員が近くに居ても転倒は防げない
本事例のように、職員がそばで見守りをしている時に、利用者が突然転倒し駆け寄ったが間に合わずに転倒させてしまう事故が、施設では頻繁に起こります。管理者は「そばで見守っているのだから注意していれば転倒は防げるはず」と考えているので、「もっと注意して見守りをすべき」と指導します。また、本事例のような賠償金を請求してくる弁護士も同様に、「介護職員がすぐそばに居たのであるから、十分に注意していれば事故は容易に防げたはず」と決めつけます。事故が裁判になった場合の裁判官の判断もほとんど同じです。
 しかし、そばに職員が居たからと言って、常時利用者に顔を向けてじっと見守っていることはありませんから、近くに居たからと言って転倒が防げるはずがありません。また、仮に職員が利用者を注視している時に転倒事故が起こったとしても、すぐに駆け寄って利用者を支えることができるかも疑問です。このように、利用者の近くに職員が居るような場面で転倒が起こっても、現実に防げるケースはわずかなのです。
ところが、「介護職員がすぐそばに居たのであるから、十分に注意していれば事故は容易に防げたはず」と主張されると、施設も過失を認めてしまいますし保険会社も仕方なく保険金を支払ってしまいます。介護現場の状況をよく考えてみてください。介護職員はプールの監視員とは異なり常時利用者が転倒しないように注視している訳ではありませんから、何の予兆もなくいきなり転倒する利用者を駆け寄って支えるなどということは不可能なのです。
■科学的な根拠が無いから無過失を主張できない
 さて、前述のように防げる確率が低い事故なのに、安易に過失と認定されてしまうのは、なぜでしょう?理由は、職員が近くに居るとどれくらい転倒が防げるかの科学的実証データがないことです。弁護士や裁判官のみならず、介護の現場でも「転倒事故は注意して見守っていれば防げる」と管理者や職員自身も考えていますから、過失と認定されても誰も異議を唱えません。
 しかし、「転倒防止のためにもっと注意して見守りなさい」という現場の指導のせいで、介護職員は大変大きな負担を強いられている現状があります。また、「立ち上がるから転倒する、立ち上がらないように座っておいてもらおう」などと考える職員もいますから、身体拘束の問題にもつながるのです。
 では、「職員がそばに居ても転倒は防げない」という科学的実証データがあったら、賠償請求や訴訟のみならず、現場での転倒防止対策の考え方も変わるのではないでしょうか?「この利用者の転倒事故は防止確率が10%とほとんど防げないのだから、転倒した時骨折しないような対策も考えよう」とならないでしょうか?
 さて、弊社(株式会社安全な介護)では、職員がそばに居て利用者が転倒した場合、どれくらいの確率で転倒事故が防げるのか、実証実験を行い転倒防止確率が低いことを科学的実証データとして確認しました。実証実験のデータを一部ご紹介します。
 今後は裁判や現場の事故防止活動においても、これらの科学的実証データを活用して、合理的な過失判断を行うとともに、現場の転倒防止活動の見直しをしていただきたいと思います。
■転倒防止可能性実証実験の結果は?
≫実証実験の結果 

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