接遇研修を徹底しても解決しないのはなぜ?
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ある特別養護老人ホームで職員の初歩的な介助ミスによって、利用者を転倒させてしまいました。幸い骨折はなく打撲で済みましたが、家族に謝罪することになりました。主任が相談員同席で息子さんに謝罪と事故の再発防止策を説明することとなり、施設に来てもらうことになりました。約束の3時前には相談員が相談室で準備をして、家族をお待ちしていました。10分前に家族(息子さん58歳)がお見えになり相談室お通ししましたが、肝心の主任が3時になっても現れません。相談員は「申し訳ありません、急なことが起こったのかもしれません」と言って待っていました。10分後に主任が相談室に現れましたが、短パンにTシャツ姿で頭にタオルを巻いたままで「すみません、入浴介助に入っていたもので」と言いました。
息子さんは主任に向かって「失礼じゃないか!謝罪すると人を呼びつけておいて遅れて来た上に、なんだその恰好は!人をバカにするのもいい加減にしろ!」と激怒して帰ってしまいました。息子さんは翌日施設長だけでなく、理事長にも電話を入れて「あんな礼儀知らずを主任にした経営者の責任だ」と、理事長の責任にまで話が及びました。理事長は施設長に改善するように求めましたが、「現場の職員は接遇が苦手ですから」と消極的です。理事長は各施設でコンサルタント会社による研修を一斉に開催し、役職者を受講させましたが、その後も同様のトラブルが再発しました。
《事例検討解説》
■役職者の非礼は組織の信用を失墜させる
息子さんが激怒したのは、謝罪という最も接遇が重んじられる場面で、時間の厳守と身だしなみという社会人として最低限の接遇マナーが全くできていなかったからです。そして理事長にまでクレームを申し立てた理由は、接遇能力がゼロの職員が新入職員ではなく介護主任であったことです。
そして、本事例のトラブルの対策として、理事長は役職者に対する外部のコンサルタント会社による、接遇研修の徹底を図りましたが効果はありませんでした。理事長は接遇研修を受ければ接遇スキルが向上すると考えたようですが、そもそもこの考え方が間違っています。
サービス業において接遇は、サービスの質を向上させるためのスキルであると理解され、営業数字のプラスを目的とした経営戦略の一つに位置付けられます。もちろん、接遇スキルを徹底すれば、他社を差別化する経営戦略にもなりますが、もう一つ「接遇のリスク」という考え方も知っておかなければなりません。
本事例のように社会人としての最低限の接遇もできない役職者が居れば、組織のマネジメント能力が疑われ、職員教育・規律・介護の能力全てが疑いの目で見られるのです。外食チェーンでは、アルバイトまで接遇マニュアルによる徹底した訓練が行われ、どの店員も全てが同じ品質を保ちます。これは「品質均一化のアピール戦略」と言われ、お客様から見えない衛生管理という大切な品質も守られていると安心感を与える目的があるのです。
介護や医療ではサービス品質の考え方が、技術的面に偏りがちで接遇をないがしろにする傾向があります。しかし、企業を選ぶ消費者の目はその経営姿勢にも及びますから、接遇の徹底はマネジメント品質をお客様に伝える窓になっているのです。
■最低限の接遇ができない職員は経営リスクである
接遇スキルの低さが原因でトラブルになるのは、最低限の接遇ができなかった時です。すると、最優先すべきは全職員が最低限の接遇を身に付けることです。単発的な外部研修への参加では全職員へ徹底できませんから、職場での継続した取組(訓練)が必要になるのです。
ある接遇研修の講師の元ホテルマンはこう言いました。「研修会でカタチだけの接遇を学んでも意味がありません。接遇は理解するものではなく身に付けるものです。また上手なお辞儀よりも、細やかな気遣いの方が良い接遇なのです」と。元ホテルマンが指摘した具体的問題点は次の3点です。
1.散発的な研修会ではなく組織的・継続的な接遇改善の取組でなければ身に付かない。
2.難しい接遇技術の習得よりも最低限の基本動作を全ての職員に徹底すべき。
3.他の業界の接遇方法を真似るより介護職員に相応しい接遇方法を学ぶべき。
また彼は最後にこう言いました。「接遇スキルとは、“このお客様は何を望んでいるのか”を感じ取る能力を身に付けることです。ドアボーイはホテルに向かって近づいて来るお客様を観察して、『このお客様は何をして欲しいのか?』を10秒で判断するのです」と。では、具体的にはどのような取組が必要なのでしょうか?
■接遇向上の継続的な取組とは
業界団体などが開催する接遇の研修会に、施設から一部の職員を参加させていますが、これはムダでしょう。なぜなら、一部の職員の接遇の知識が増えても、組織全体のレベルアップはできませんし、研修に参加した職員自身も知識として覚えても、訓練しなければ「できる」ようにはならないからです。
接遇は研修で勉強するものではなく、施設の全ての職場の活動として定着させなければならないのです。具体的には、1年間職場ごとの小集団活動で取組むのが最も効果的でしょう。たとえば、1カ月に1つの身に付けるべき課題を設定し、ロールプレイングシートを使った接遇訓練をします。これを1年間継続して初めて、全ての職員が最低レベルの接遇の能力を身に付けて、組織全体としての接遇のレベルアップにつながるのです。
施設には接遇が全くできない(社会人としてのマナーも身に付いていない)職員が必ず数人はいます。大げさに言えばこれらの数人の職員で施設の評価を下げているのですから、経営リスクなのです。これらの経営リスクを取り除くには、最低レベルの接遇しかできない職員をゼロにすることが最優先課題なのです。つまり、80点の職員を100点のレベルに引き上げるよりも、0点の職員を50点にしなくてはならないのです。