「医療体制万全」と謳う住宅型有料老人ホームに入所したら認知症が悪化した!

有料老人ホームの誇大広告は規制されているので注意が必要

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
パーキンソン病の利用者Dさん(78歳男性)は居宅で転倒し、大たい骨を骨折しましたが、入院治療の後無事に退院することになりました。ところが、Dさんは退院を前にして夜中に大声を上げるなどの認知症の症状が現れました。居宅での介護に不安を感じた息子さんは、病院の地域医療連携室から「看護師常駐で医療体制が万全の有料ホームがオープンしたからどうか」と勧められ、早速見学に行きました。この施設は同じ建物内に診療所・訪問看護・訪問介護を併設しており、常時切れ目のない手厚いケアをアピールしていました。応対した看護長は「当施設は医療体制が充実しており、看護師が万全のサポートをしますからパーキンソン病の方もお勧めします」と強調しました。息子さんが心配した認知症についても「パンフレットにもある通り認知症の方も安心して暮らせます」と付け加えました。
 息子さんはすぐにケアマネジャーに連絡して、病院から直接施設に入所することができました。ところが、1週間後に息子さんがDさんに面会に行くと、「こんな監獄みたいなところは嫌だ!閉じ込められている人が部屋の隅に座っている」と強く訴えました。息子さんが看護長に「医療体制万全で認知症があっても安心と言ったのに、認知症が急に悪くなったじゃないか」と抗議しました。看護長は「認知症があっても安心というのは、退所要求されないという意味で、認知症が良くなるということではありません」と答えました。

《事例検討解説》
■看護師常駐は医療体制万全ではない
開設したばかりの施設は、短期間でベッドを稼働させたいという思いが強く、利用者側の誤解を招くような誇大な説明をすることがあります。ですから、開設直後に入所した利用者との間には、「こんなはずではなかった」というような利用者側の過大な期待が原因でトラブルが多く発生します。開設時にはパンフレットの語句など施設のセールスポイントのアピール方法についても、誤解を招かないようチェックが必要です。
 本事例では、「医療体制が万全」というセールストークを使っていますが、これは不適切な説明ですから改めなければなりません(法規制に抵触するおそれがあります)。家族の中にはこの言葉から「疾患の治療に前向きに取り組んでくれる」と、謝った過大な期待をする人がいるかもしれません。病院ではないので医療体制が万全な訳がありませんから、「看護体制が充実」という程度に留めておくのが適当でしょう。また、「認知症があっても安心して暮らせる」という良く耳にする謳い文句も、認知症のケアが充実していると言う意味に解釈することもできます。しかし、多くの場合この施設同様、認知症があっても退所要求をされないという消極的な安心でしかありません。
■Dさんの息子さんのニーズは認知症ケアである
Dさんの息子さんが「居宅では介護ができない」と不安を抱いた理由は、Dさんが認知症を発症したことです。終末期でなければパーキンソン病は、在宅でも介護できる人はたくさんいます。つまり、施設に対するDさんの期待は医療体制ではなく、認知症への手厚い対応だったのです。ですから、息子さんはDさんの認知症が悪化したことに対して、「認知症があっても安心と言ったのに、認知症が急に悪くなったじゃないか」強く抗議したのです。サ高住なども同様に、家族が在宅で介護できない理由や施設へのニーズをきちんと把握して、施設の機能が利用者のニーズに応えられるのか冷静に見極めなければなりません。
病院の地域医療連携室の対応にも同じような問題があります。「在宅で介護できないから部屋が空いている施設を探せば良い」というカタチだけの対応では困ります。この利用者のケアのニーズをていねいにくみ取って対応できる施設の情報が必要ですし、在宅のケアマネジャーとの連携なしに満足の行く対応はできないはずです。
在宅復帰に力を入れるリハビリ重視の老健であるのに、ベッドが空いているからと身体障害の無いBPSDが重度な利用者を受け入れてしまった事例もあります。激しいBPSDに職員が対応しきれず退所を迫ったため、大きなトラブルになりました。入所施設を探す家族の多くが切迫した事情を抱えており、多少のニーズのミスマッチには目をつぶってしまいますが、受け入れる施設側がこれを検証し指摘しなければ後で必ずトラブルにつながります。
■医療体制よりも認知症ケアの知識は不可欠
本事例のトラブルは、家族の認知症ケアのニーズと医療依存度の高い利用者に的を絞った介護サービスのミスマッチが原因でした。しかし、このような認知症ケアの機能が低い介護サービスは成立するのでしょうか?認知症のない医療依存度の高い利用者だけ入所募集しても、入所後に重篤な認知症を発症した場合どのように対応するのでしょうか?
医療依存度の高い利用者で、重篤な認知症を発症する人はたくさんおり、このような利用者に対しては適切な医療サービスを提供することすら困難になります。今や高齢者施設だけでなく、医療機関でも患者の高齢化に伴って、認知症のケアの知識やノウハウが無ければ適切なサービス提供ができなくなっているのです。
ある医療対応型の施設の看護師で、イレウスの治療薬である座薬を認知症の利用者と格闘しながら挿入している人がいました。看護師本人は利用者にケガをさせた時の責任を心配していましたが、「なぜ嫌がる認知症の利用者の肛門に座薬を無理に挿入するのか」と問いただすと、「医師の指示だから」が答えでした。医師に認知症の状態を伝えて他の服薬方法を考えてもらうのが、高齢者に対応する看護師の役割です。
■Dさんは本当にパーキンソン病か?
ところで、Dさんは本当にパーキンソン病なのでしょうか?パーキンソン病は手の振戦、小刻み歩行やすくみ足、筋肉のこわばりなどその症状が特徴的で分かりやすい神経障害ですが、初期症状はレビー小体型認知症も同じです。ですから、パーキンソン病と診断された人の3割は実はレビー小体型認知症であるとも言われています。そして、レビー小体型認知症の利用者の大きな特徴は、幻覚(幻視や幻聴)などのBPSDが発生することです。
 するとDさんが「人が部屋の隅に座っている」と訴えているのは、レビー小体型認知症の症状かもしれません。認知症利用者のBPSDに対しては、非薬物介入が原則であり薬物投与においても、抗精神病薬の投与は慎重であるべきとされています。特にレビー小体型認知症の幻覚などのBPSDには、抗精神病薬の過敏性が指摘されていて症状を悪化させるとされていますし、逆にドネペジル塩酸塩や抑肝散についてはその効果も報告されています。医療体制が万全と謳うのであれば、認知症利用者への医療的な対応についても専門性を持ってほしいものです。

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