ショートステイで緩んだ入れ歯が外れて破損、「施設が預かるべき」という家族

認知症の利用者の身の回り品の管理はどうする?

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
Sさん(96歳女性)は認知症のある利用者で、月1回M特養併設のショートステイを利用しています。Sさんは義歯(総入れ歯)が合わなくなっており、就寝時に口から外れてしまうことがありますが、認知症が重く自分で義歯を安全に管理することができません。初回利用時に、家族が介護職にそのように言うと「夜寝る時には入れ歯はこちらで保管しておきますね」と言ってくれたので、毎回就寝時には義歯を保管してもらっていました。
ある時、夜勤の介護職がSさんの義歯を保管せずに寝かせてしまったので、義歯が外れて布団の中で割れてしまいました。介護職はショートステイに異動したばかりだったので、Sさんの義歯を保管することを聞いていなかったのです。
この報告を聞いた施設長は家族に対して次のように説明しました。「ケアマネジャーが作成したケアプランにも、こちらが作成した介護計画書にも“就寝時に義歯の保管が必要”とは、記載がありませんし、ご家族からもそのような依頼も受けたことがありません。従って、施設には義歯を保管する義務がありませんから、賠償することもできません。」
 家族は義歯が高価だったこともあり、この施設長の説明に納得できずに抗議しましたが受け入れられなかったため、後日市に苦情申立書を提出しました。
《事例検討解説》
■認知症利用者の義歯について保管義務は無いか?
 本事例において、施設長が主張するように義歯の破損について、施設側に責任は無いのでしょうか?認知症があり自分で義歯を管理できない利用者に対して、施設は臥床時や就寝時に利用者の義歯を預かるなどの、義歯を安全に管理する義務はないのでしょうか?
 本事例の場合、初回利用時に就寝時には義歯を預かる必要性を家族に説明して、「入れ歯は施設側で保管する」と申し出ています。介護のプロが利用者のケアに必要な措置であると判断して家族に申し出て、その後も繰り返して実行しているのですから、ケアプランや介護計画書に記載がなくても契約として履行する義務が生ずるかもしれません。たとえ口頭であってもサービスの提供方法について、お客様と個別の約束をすれば、契約内容の一部とみなされ履行の義務が生ずることがあるのです。家族から義歯を保管するよう依頼があって、これを了承した場合も同じです。
 ですから、施設長は利用者から義歯を預かるようになった経緯をきちんと調べ、賠償責任の判断についてもっと慎重に検討しなければなりませんでした。
■利用者の身の回り品の管理のルールは?
利用者がショートステイ利用時に身に付けてくるものはたくさんありますが、破損や紛失などのトラブルの原因になる高価な物は義歯だけではありません。高価な補聴器を紛失したことで、トラブルになった例はたくさんあります。では、利用者がショートステイに持ち込む装具や身の回り品などで、高価な物は全て施設側で預かり安全管理をしなくてはならないのでしょうか?
 ショートステイにおけるサービス提供の内容については、家族の要望やケアプランに沿って決める必要がありますが、「利用者の居宅での日常生活の状況や家族の介護方法に沿って必要なケアを提供すべき」であると考えられます。ですから、居宅でも家族が就寝時に義歯を保管しており、介護サービス提供上必要であれば義歯を保管しなければなりません。
 「破損の危険がある高価な物はお預かりします」というショートステイを良く聞きますが、あくまでも「利用者の生活に必要なケア」という観点で判断すべきで、高価な物かどうかは関係ありません。「総入れ歯が緩んでいて外れると困るので食事中は外して保管しておきます」という施設がありましたが、義歯は食事をするための装具であり、義歯が無ければ食事という大切な生活行為ができなくなってしまいます。義歯が外れないように歯科医師に調整してもらうか、その場は入れ歯安定剤で外れないようにすることが必要かもしれません。
■義歯が緩んでいることも大きなリスク
施設側も家族も義歯が緩んで外れて破損することばかり気にしていますが、本来義歯が緩んでいること自体が問題なのですから、義歯が緩むことで発生する他のリスクについても家族に伝えなければなりません。義歯が緩んでいれば咀嚼がうまくできなくなりますから、誤えん事故の原因になるかもしれません。
義歯が外れることで起こる事故はあまり知られていませんが、次のような事故も発生しています。
・食事中に総入れ歯を紛失し食卓や厨房の残飯なども全て調べたが見つからず、3日後利用者の排泄物の中から発見された。
・食事中に差し歯の金具が口腔上部の口蓋に刺さっており、口腔外科で処置をしたのが2時間だった。くしゃみをした弾みで外れて刺さったらしい。
総入れ歯や差し歯などの義歯が合わなくなれば様々なリスクが生じますから、具体的なリスクを説明して義歯が暗転するような処置を家族に依頼する必要があります。食道に詰まるような事態になれば生命の危険にかかわることも考えられるのですから。
■義歯を外すことのリスクは無いのか?  
 最後に少し異なる視点から検証してみましょう。高価な義歯も多いので、施設も家族の義歯の安全管理ばかりを問題にして、「義歯を預かるべきかどうか」が論点になってしまいます。しかし、就寝時や臥床時に義歯を外してしまうことで、利用者の生活に与える悪影響があることも考慮しなければなりません。
 具体的には、総入れ歯を外して仰臥位で臥床すると、舌の位置が固定できずに舌根沈下(舌が喉の奥に落ち込んでしまう)を起こして気道を狭めるため、低酸素脳症となり意識障害を起こすことがあります。私たちが仰向けに寝ても舌の位置が安定しているのは、舌の先を前歯上部の根元に押し付けているからなのです。また歩行ができる利用者であれば、総入れ歯を外すことで歩行が不安定になり転倒事故の原因にもなります。ですから、義歯の安全だけに配慮するのではなく、義歯を外すことで起こる利用者の生活への悪影響についても家族にていねいに説明しなければなりません。

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