ヘルパーが「足に傷が付いた」と報告してきたが、実は大きな裂傷で家族トラブルへ

事務所の対応体制が甘い訪問介護事業所

《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
A訪問介護事業所は365日体制で稼働しているので、土日は職員が交替勤務です。ある土曜日、ヘルパーが利用者Nさんの入浴介助の前に、車椅子とシャワーチェアーを入れ替えようとして、つかまり立ちさせて車椅子を引きました。この時フットレストが下がって足にぶつかり、左足膝下に裂傷を負ったため、ご主人が「受診する」と言って車でK病院へ向かいました。ヘルパーは事務所に電話を入れて「車椅子のフットレストが利用者の足に接触して傷ができ、“念のため受診する”と言ってご主人が車でK病院に向かった」と報告しました。Nさんの担当サービス提供責任者は休日だったため、対応した当番職員は1時間後にNさん宅に電話を入れましたが不在でした。職員は翌日の当番職員に電話を入れて状況を確認するようメモを残しました。翌日当番職員が「奥様のご様子はどうですか?」と状況確認の電話を入れましたが、ご主人は「生きてるよ」と言って電話を切ってしまいました。月曜日の朝に、所長から電話を入れ担当のサービス提供責任者とお詫びの訪問をしました。傷は予想以上に深く8針縫うケガであり、ご主人は「事故当日、病院から帰宅した時に謝りに来ると思っていた。翌日、何も知らない職員が電話で“様子はどうですか?”とはなんだ」と激怒されました。ヘルパーが正確な事故報告をしなかったことがトラブルの原因と考え、以後正確に報告するよう厳しく指導しました。

《事例検討解説》
■ヘルパーを厳しく指導しても再発防止策にならない
このトラブルの原因はたくさんの要因が絡み合っていますから、きちんと検証しなければなりません。もちろん、8針縫うようなケガを“傷ができた”と報告してきたヘルパーは、配慮がありませんし責任重大です。それどころか車椅子からシャワーチェアへの移乗の介助時に、利用者をつかまり立ちさせて車椅子とシャワーチェアを入れ替えるのはルール違反です。転倒やフットレストの接触など事故の原因になるからです。移乗の介助は無精をせずに、利用者の身体を移乗させるというルールを徹底しなければなりません。
 このように、基本的な安全ルールを無視した過失は責任重大ですからヘルパーの指導も重要ですが、人は大きな過失(ミス)で事故を起こした時に、本能的にその損害を軽く見せかけようとする傾向があるので、事務所の職員はそのことも考慮した上で、慎重に対処すべきだったのです。つまり、ヘルパーの過失が大きいと判断した時点で報告を鵜呑みにせず、迅速に損害の確認をすべきだったのにこれを怠ったこともこのトラブルの大きな要因なのです。過失が大きな事故では迅速な謝罪や補償の説明など、被害者感情を考慮した対応が必要になるのでなおさらです。このように考えると必要な対応を迅速に行わなかった、訪問介護事業者の事務所の体制にも大きな問題があることが分かります。
■トラブルの原因は事務所の顧客対応体制
では、このトラブルの原因となった訪問介護事業所の事務所体制の不備とは何でしょうか?まず、電話で報告を受けた職員は利用者の“傷”を確認する手配をしなくてはなりませんでした。また、翌日Nさん宅に電話を入れて一方的に電話を切られた職員も、ご主人の口調からクレームがあると考えて詳細な事情を聞き取るべきでした。対応に当たった二人の当番職員は自分の担当ではないので、他人事のような当事者意識の欠けた対応をしています。
 この事業所はサービス力向上のため365日稼働体制に変更した時に、職員の勤務体制を休日当番制にしただけで何ら特別な顧客対応の体制強化を図りませんでした。結果的にはサービス力は低下したのです。では、どのような体制を強化すれば良かったのでしょうか?自分の担当以外のお客様に対してもきめ細かく対応できるよう、全職員がお客様情報を共有すれば良いのでしょうか?
しかし、どんなに他の担当顧客の情報を共有しても限界があります。Nさんが血栓予防薬を飲んでいて、ご主人が几帳面な性格で、ヘルパーの性格から報告の信憑性も低いなど、このトラブルを回避するための情報を全ての職員が共有することなどとても無理な話です。
 この事業所では、ほんの少し対応を変えるだけで休日のトラブルにも適切に対応できるようになりました。では、どのように対応を変えたのでしょうか?
■休日当番制だからこそ顧客対応への工夫が必要
Nさんの担当サービス提供責任者の立場で考えれば答えは簡単です。休日だったこの職員は土日の2日間何も知らずに、月曜日に出勤した途端に大きなトラブル処理に直面するのです。もし、土曜日の事故直後に担当サービス提供責任者が事故の知らせを受けていれば、「Nさんのご主人は几帳面で細かい人だから病院に顔を出しておいた方が良いだろう」という適切な判断ができたかもしれないのです。もちろん、誰も休日に出勤したくはありません。しかし、ちょっと病院に行くだけで大きなトラブルが避けられるのであれば、誰もが知らせを受ける方を選ぶでしょう。結局大きなトラブルを最終的に処理するのは自分なのですから。
この事業所では、「担当者が休日の時お客様やヘルパーから、事故またはクレームの連絡が入った場合、担当サービス提供責任者の携帯に一報を入れる」というルールに変えたのです。携帯に出られなければ伝言を残せば良いですし、連絡を受けた休日の職員が対応できなければ、当番職員に細かい対応指示を出す、というルールになりました。この事故・クレーム発生時の休日対応のルールに反対する職員は一人も居ませんでした。たとえ休日に対応することがあっても、自分の仕事が楽になるからです。事故やクレームが発生した場合、そのお客様の情報に最も詳しい職員が対応すれば、万全の対応が期待できます。
■居宅サービスは事務所体制の脆弱さが問題
 この事例のように、訪問介護事業所を初めとする居宅サービスの事業所は、脆弱な事務所体制が原因で様々なトラブルが発生しています。居宅にヘルパーを派遣する仕事ですから、事務所の顧客対応体制を軽視しているのです。たとえば、お客様が事務所に来ることを想定していないため、お客様に対応する場所さえ確保していない事務所もあります。クレームを訴えに来たお客様に対して、カウンター越しに立たせたまま対応する企業はどこにもありません。
 また、職員が外から事務所に戻ってくると、留守中に入った電話が「○○さんから連絡あり」とだけ伝言メモに走り書きされていて、デスクにテープでたくさん貼ってあります。職員は片っぱしから電話を入れるとメモをゴミ箱に捨ててしまいます。職員個々の電話連絡帳が無いのです。お客様やヘルパーなどから入る連絡は、危機管理上極めて大切な情報ですから記録として保存されていなければなりません。電話連絡帳の内容を定期的にチェックしてみると、クレームや不祥事の予兆に気付くことがあるからです。
 訪問介護事業所は一般企業の事務所の業務体制に比べて、顧客サービスという観点からも危機管理という観点からも、ひどく見劣りします。「他人様の居宅に職員が訪問して提供するサービスである」ということの意味を、もう一度考え直して欲しいと思います。

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