運転を止めるように説得していて、自動車事故トラブルに巻き込まれたケアマネジャー

ケアマネはどこまで私的問題に介入すべきか?

《検討事例》
Kさんは妻と二人暮らしの郊外に住んでいる72歳の男性です。3年前に軽い脳梗塞を患いましたが、幸い麻痺などの障害は残りませんでした。ところが、ある時から物忘れが多くなり、最寄り駅から自宅へ帰る道が分からなくなり、妻が迎えに行くということが2回ありました。心配した妻が説得し病院を受診すると、軽度の脳血管性認知症と診断され、この時に要支援の要介護認定(認知生活自立度Ⅱ)を受けました。
妻が免許を持っていないため、買い物に行く時にはKさんが車を運転していましたが、ケアマネジャーの勧めによって週2回の生活援助のヘルパーを入れることで、買い物などの用事をやってもらえるようになりました。ところが、ケアマネジャーが月1回のモニタリングで訪問した際、妻から次のような相談を受けました。妻曰く「主人の車の運転を止めてくれない。駐車場の場所を間違えたり駐車場所が曲がっていて、近所から苦情を言われている。何とかならないか?」というのです。
ケアマネジャーはKさんに「もうお年ですから車の運転は控えましょう」と話しましたが、「自分は安全運転をしている。妻は免許が無いので私が車で用事を足さなければならない。ヘルパーに買い物をしてもらっても、医者や銀行にも行かなければならない」と聞き入れてくれません。ケアマネジャーは妻に「根気よく説得しましょう」と説得を約束してくれました。
その後妻が近所の苦情に対して「ケアマネジャーさんが一生懸命説得している」と話したことから、ケアマネジャーに近所の人から直接苦情が来るようになりました。ある日、近所に住んでいるKさんの長男から電話があり「父が車で近所の子供と接触してケガをさせたが、自動車保険は更新忘れで使えないらしい。被害者の親に会って話をして欲しい」と言ってきたので、仕方なくお会いすることにしました。しかし、ケアマネジャーが被害者の自宅を訪問すると、「保険会社はどうしたのか?あなたは何の権利があってここに来たのだ」と面談を拒否されました。翌日、被害者の保険会社から電話があり、「無保険車との事故なので被害者自身の自動車保険で補償をするが、あなたが加害者の代わりに示談交渉に介入するのは法律に反する行為なので、場合によってはあなたを訴える」と言われてしまいました。

《事例検討解説》
■交通事故の交渉にケアマネジャーは介入してはいけない
 本事例ではケアマネジャーが好意から家族の相談に乗っているうちに、問題の当事者のような立場になってしまい、ケアマネジャーの職務権限を逸脱して法律上許されていない交通事故の示談交渉に介入してしまいました。この法律上の問題と自動車保険の仕組についてお話ししましょう。
 交通事故のような損害賠償の示談交渉に他人が本人の代わりに示談に加入することは法律で禁じられています(弁護士法72条)。示談代行付の自動車保険は特別に保険会社の社員が示談に介入することが認められていますが、これは損害保険協会と日弁連が協議して認めたことによるものです。簡単に言えば自動車保険が適用される場合の保険会社の社員と弁護士以外は、他人が示談交渉に介入すれば法律違反になるのです。ちなみに、本事例で被害者が自らの保険で自らの被害を保証しましたが、これは人身傷害という特約によるもので、無保険車の被害に遭った時自分の保険で救済ができるという制度です(ただし、支払った保険金は加害者に求償されます)。
 さて、このケアマネジャーは上記のような自動車事故に関する法律や保険の仕組みの知識も無かったため、職務権限を逸脱して法律違反の行為をしてしまいましたが、それ以前にKさんの自動車の運転を止めるように説得するのはケアマネジャーの業務だったのでしょうか?
 実はこの利用者の家族からの様々な相談や依頼にどこまで応えて良いのか、ケアマネジャーが適切な判断ができないことに、上記のようなトラブルに巻き込まれる危険が潜んでいます。「主人が運転を止めなくて困っている」「運転を止めるように説得して欲しい」と相談されたら、多くのケアマネジャーが相談に乗ってしまうのではないでしょうか?利用者の家族の私的な問題に対して、ケアマネジャーはどこまで関わるべきなのか、その基準も歯止めも無いことが問題なのです。
 ■家族の問題にどこまで介入して良いのか基準がない
ケアマネジャーの業務を辞書で調べればおおよそ次のように書かれています。「ケアマネジャー(介護支援専門員)は、介護が必要な方の心身の状態に合わせて、介護サービスの計画(ケアプラン)を立案し、介護サービス運営者と連絡調整を行い、実際に介護サービスを受けられるよう手配を行う。また、介護認定のための申請代行も担当します。その後はサービス事業者と利用者との情報交換からケアプランを随時改善する」と。
しかし、実態は月1回の定期訪問で家族から持ち掛けられる相談内容は多岐に亘り、さながらケースワーカーの業務のような「社会生活で直面する諸問題のヨロズ相談係」と化しています。このような私的な相談に対して、「私たちケアマネジャーの仕事はケアマネジメントとこれらに付随する相談業務ですので、ご家族の私的な問題についてご相談に乗ることはできないのです」ときっぱり断れれば問題はありません。しかし、相手はもっと上手です。まず、「ねえ、ちょっと聞いてくれない?」と始まります。家族の問題を聞いてしまうと、次は「ねえ、どうしたらいいと思う?」と問いかけてきます。ここで、ケアマネジャーが意見を言えば「じゃ、○○してくれない」と頼りにされることになり、後に引けなくなります。悩み事を聞いてしまってアドバイスまでしてしまうと、この時点でスパッと断ることはまずできません。ここまでは仕方ないかもしれません。お年寄りは依存心が強いですし、頼られた上でNoと言えば相手の気分を害します。
ただし、ケアマネジャーはこの時点で自分が介入して良い問題かどうかを、しっかり判断しなくてはなりません。ケアマネジャーの研修で取り上げられるケース検討でも、利用者の処遇ばかりで家族の私的な問題に対する対応スタンスが明確ではありません、事業所内でもその基準(限度)が不明確です。居宅介護支援事業所では利用者や家族の私的な相談に対して、「どこまで関わるべきか」「どこまで関わることができるのか?」「どこまで関わっても良いのか?」など判断基準を決めて、ズルズルと巻き込まれないようにしなくてはなりません。
■私的な相談に対しては息子や娘の協力を得なければ解決しない
こんなトラブルもありました。キーパーソンの長女からは、「次女から連絡があっても絶対に父には取り次がないで」と依頼されていましたが、利用者本人は次女に会いたがります。ケアマネジャーは、本人の意思を尊重して、次女が連絡してきた時に勝手に判断して利用者に会わせてしまいました。当然キーパーソンの長女とは大きなトラブルとなり、ケアマネジャーを解任されてしまいました。実は過去に次女は資産家である利用者から多額の金の無心をしており、資産の管理は全て弁護士に任されていたのです。事情を知らないとは言え、ケアマネジャーとして大きな失態であり居宅介護支援事業所の信頼は大きく傷つきました。介護サービスの提供では利用者本人に考えることは大切ですが、家庭には家庭の事情がありますから、勝手に立ち入ると大きなトラブルになります。
では、先ほどの自動車の運転を止めないKさんの奥様からの依頼は、どのように対応すべきだったのでしょうか?まず、Kさんが運転を誤り近隣の人を自動車で死亡させたとしたら、何が起こるでしょう?自動車保険が更新忘れで無保険ですから多額の賠償金は自己負担ですが、おそらく矢面に立たされるのはKさん本人ではなく長男でしょう。最悪の場合、今の住居に住んでいられなくなるかもしれません。こうした最悪の想定をしてみれば、Kさんの車の運転を止めさせるのは長男の役割が大きいことが分かります。利用者の妻は気軽に他人に相談をしますが、最終的に事故などの責任を問われるのは過程全体です。もし、ケアマネジャーが長男にKさんの自動車の運転について相談していたら、長男がKさんに強く意見して運転を止めさせたのではないでしょうか?

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