投稿者: anzen-kaigo 一覧

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    悪質クレーマーとの会話を無断で録音したら「盗聴は犯罪だ!」と脅された、録音してはいけない?

    【検討事例】
    介護付きホームの入居者Hさんの息子さんは、入所時に「母を転ばせないで」と強く要求しました。相談員は「最善を尽くします」と答えましたが、転倒事故が起こると「転ばせないと約束したのになぜ転ばせた」と大きな声を出します。その後も身勝手な要求を繰り返し、こちらが言ってないことを「言った」と威圧的な態度でゴリ押しします。ある時息子さんが「〇〇と言ったはずだ」と言ってきたので、詳細な会話の記録を見せると、記録など当てにならないと言います。相談員は「録音して記録したのだから間違いない」と言ってしまいました。息子さんは「勝手に会話を録音するのは違法だ」と言います。交渉相手との会話を録音したら違法なのでしょうか?
    ■無断録音は盗聴ではない
    Hさんの息子さんのように、こちらが言っていないことを「言った」と強引に主張して、暴力的・威圧的な態度で理不尽な要求をしてくる相手に対しては、防衛手段として会話を録音する必要があります。相手の同意を得て録音すれば何の問題もありませんが、Hさんの息子さんが会話の録音に同意するとは思えません。では、相手の同意なしに会話を録音したら違法なのでしょうか?
    私たちは、無断で会話を録音する行為は、後ろめたく違法性があるように感じます。隠しマイクで人の会話を録音することを「盗聴」と言いますから、盗撮のように犯罪と思えるのです。他人の容姿を無断で撮影すればプライバシーの侵害ですから、無断録音も同様に権利の侵害とも受け取れます。
    しかし、相手の同意なく会話を録音することは、違法ではありませんし犯罪でもありませんから、正確な記録のために録音することは構いません。他人同士の会話を隠れて録音する行為、すなわち「盗聴」はそれだけでは犯罪にはなりません。盗聴器を仕掛けるために住居に不法に侵入したり、電話回線に盗聴器を仕掛けて会話を受信するような行為が犯罪になるのです。
    また、他人同士の会話を無断で録音すればプライバシーの侵害になりますが、相対して話をしている相手と自分の会話を無断で録音する行為(無断録音)は、権利侵害の程度が低く問題にならないと考えられます。
    ■威圧的な相手との会話は録音すべき
     Hさんの息子さんは威圧的な態度で無理な要求をしてくる人です。その上、こちらの言っていないことを「〇〇と言った」と、自分の都合の良い主張に変える人です。このような相手と交渉する場合には、後日のトラブルに備えて準備が必要です。
     まず、相手のとの交渉には必ず2名で臨み、1名が相手との交渉を担当し、もう1名が記録を取ります。単独で交渉に臨むと、後日「言った言わない」という争いになった時、こちらの主張の正当性が弱くなってしまうからです。そしてこちらの主張を裏付ける記録を正確に取るために、相手の同意が無くても会話を録音します。交渉の場で相手がこちらを脅かすような暴言を吐けば、脅迫罪になるかもしれませんから、後日この録音を証拠に相手を刑事告訴できるかもしれません。また、暴力的で威圧的な相手に対しては、録音を条件に交渉に臨むと相手に伝えることで、暴力的な行為をけん制することもできます。
     このように、会話の録音自体は違法ではありませんし犯罪でもありませんが、録音したことが相手に分かれば相手との信頼関係を損ねます。また、こちらが相手に敵対意識を持っていると受け取られますから、信頼関係を重視している相手に対しては録音したことが分からないようにしなければなりません。
    ■録音データの取扱いには注意が必要
    さて、無断録音は違法性がありませんから会話の録音は構いませんが、録音したデータの取扱いには注意が必要です。録音されたプライバシー性の高い内容が職員から口外されれば、プライバシーの侵害で賠償請求される可能性もありますから、厳重に管理して他の職員がアクセスできないようにしなくてはなりません。
    消費者保護の観点での配慮も必要です。2人の職員が1人の相手と交渉し無断で録音までしているのですから、消費者保護の観点から好ましい光景とは思えません。相手が威圧的でやむを得ない場合のみ録音するとした方が無難でしょう。介護福祉事業は公共性が高く利用者保護への配慮が必要とされていますから。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    意識を高めるにはヒヤリハット活動とKYT(危険予知トレーニング)が最も効果的という施設長

    【検討事例】
    特別養護老人ホームのM施設長は、大変熱心に事故防止活動に取り組んでいるのですが、なかなか事故が減りません。そればかりか2ヶ月間で3件の転倒骨折事故が起きて、本部からも対策を立てるように言われ頭を悩ませています。3件の転倒骨折事故はいずれも施設職員の極近くで起きていることから、M施設長は職員の意識が低いことが原因と考えました。施設長は職員の意識を高めるためには、ヒヤリハット活動を徹底することが重要と考えてヒヤリハットシートを週に3枚提出することをノルマとしました。また、危険予知の能力を高めるためには「KYT(危険予知トレーニング)」が最適の訓練だと考えて、月1回KYT研修会を開催することにしました。
    ■なぜヒヤリハットシートを書いても事故が減らないのか?
    ヒヤリハット活動をやっても事故が減らない施設がたくさんあります。その原因はヒヤリハットシートを漫然と書いているだけだからです。ヒヤリハット活動には様々な問題があります。まず、どのような場面をヒヤリハット事象(インシデント)としてシートに記入するのか判断基準すらありません。ヒヤリハットシートを書けば、危険に対する感性が磨かれるという人がいますが、危険の判断基準は職員任せです。たとえば、心配性なA職員は歩行不安定な利用者が立ちあがりそうになっただけで、「危ない」と判断して座らせますが、鷹揚なB職員は立ちあがって歩き出して転倒しそうになってから「危ない」と判断して支えようとします。
    次にヒヤリハットシートを書いて提出するだけで、書いたヒヤリハットシートの内容を分析していません。つまり、ヒヤリハットシートが事故防止に活かされていないのです。ヒヤリハットは「事故に至らなかった危険な事象」ですから、これを分析して事故に至る前に防止対策を講じなければなりません。ところが、ほとんどの施設でヒヤリハットシートは管理者のバインダーに眠ったままで、原因分析や防止対策の検討をしている施設は稀です。事故発生時の事故カンファレンスと、月1回のヒヤリハットカンファレンスで防止対策の検討をしなければ、ヒヤリハット活動の効果はあがりません。
    ■ヒヤリハット活動の効果は検証されていない
     そもそもヒヤリハット活動は、介護の事故防止活動に効果があるのでしょうか?あまり検証されていないので少し考えてみましょう。ご存知の通り、ヒヤリハット活動の根拠になっているのは、ハインリッヒの法則です。「一件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリハット事例がある」と主張したのが、ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒです。
     ハインリッヒは、75,000件の労災事故のデータ分析を基にレポートを発表し、98%の事故は回避可能なものであり、88%は労働者の不安全行動、10%は不安全環境が原因であるとしました。続いて、前述のハインリッヒの法則をあげて、「労働災害は不安全行動と不安全環境の是正によって防止可能で、その取組方法として1件の重大事故の背後に潜む300件のヒヤリハットを収集して事故の芽を摘むべき」としたのです。
    ここで重要なのは、労災事故では「不安全行動と不安全環境の是正」という事故防止方法があらかじめ分かっていたので、ヒヤリハット活動が効果をあげたのです。逆に言えば事故の防止方法が明確になっているからヒヤリハットは効果があったということです。しかし、介護事故の場合、事故防止の方法がほとんど明確になっていません。転倒のヒヤリハットを収集しても、転倒事故の防止方法が明確になっていなければ転倒事故は防げません。事故防止方法を確立することがヒヤリハット活動の前提なのです。
    ■リスクの是正方法(事故防止の具体策)が必要
    労災事故の場合、事故の発生主体は労働者であり事故原因も労働者自身の不安全行動が約9割ですから、労働者の安全ルールの徹底や安全予測などの安全教育によって、そのリスクが是正可能です。例えば、作業靴の靴紐をきちんと結んでいなかったために高所で転倒しそうになるヒヤリハットが発生すれば、作業前点検において靴紐を点検することで事故を未然に防止できます。
    しかし、介護事故では転倒事故を起こす主体は利用者で、そのリスクを是正するのは介護職員であって利用者自身ではないのです。利用者自身の不安全行動を利用者の安全教育によって是正する訳にはいきません。つまり、利用者に発生するリスクを是正する方法があらかじめ明確になっていないのに、ヒヤリハット事象の収集だけやっていたのです。ですから、危険な場面にどのように対応してリスクを是正(事故を防止)したら良いのか、具体的な防止方法をもっと研究しなければならないのです。
    ■KYT研修で効果をあげるためには
    イラスト場面図を使ったKYT(危険予知トレーニング)が、事故防止に効果があるとして事故防止研修に導入する施設があります。本当に効果があるのか大変疑問です。イラスト場面図で発生する危険を予知して対策を討議することで、危険を発見する感性が養われるとは思えません。なぜなら、イラスト場面図に描かれている利用者の身体機能や認知症についての情報が全くないからです。例えばよく見かける入浴場面のKTYシートに、男性の利用者が描かれています。その利用者の身体障害の状況はどの程度なのか(障害高齢者の日常生活自立度)、認知症の状況はどの程度なのか(認知症高齢者の日常生活自立度)、何の情報も無くその利用者の危険をどうやって推測したら良いのでしょうか?
    実はKYTという事故防止訓練の手法が効果を発揮するのは、労災や交通事故などの事故に限られていて、全ての事故防止活動に効果がある訳ではないのです。建設現場で資材や工具などの整理ができていなければ、躓いて転倒する危険があることが視覚的に判断できます。生活用道路で道の脇からサッカーボールが飛んでくれば、その後から子供が飛び出してくる危険があることが視覚的に判断できます。
    しかし、介護現場で起こる利用者の事故のほとんどが、利用者に内在する原因によって起きますから、その利用者の身体機能や認知症の状況、基本動作やADLなどの情報から判断しなければならないのです。ですから、入所時のアセスメントシートの項目は細部まで多岐に亘りますし、運営基準にも「その者の心身の状況、生活歴、病歴、等の把握に努めなければならない」と書いてあるのです。KYT研修を否定する訳ではありませんが、せめてイラスト場面図に出てくる利用者の心身の状況くらいは細かく設定して危険について討議してはどうでしょ

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    車椅子自走の利用者のずり落ちの原因は、オートロック式車椅子?

    【検討事例】
     半月前に特養に入所した認知症のKさんは、車椅子ですが足漕ぎで絶えずあちこち移動します。入所直後に車椅子のブレーキをせずに立ち上がり転倒する場面があり、施設ではオートロック車椅子を導入しました。ところが、ブレーキ忘れの転倒はなくなったものの、車椅子からずり落ちることが多くなりました。車椅子に滑り止めシートを敷いても効果がありません。居室担当になぜ落ちるのか原因を聞きましたが「いつも移動しており落ちるところを見たことがない」というのです。このままでは、いつかケガをしてしまいます。どうすれば良いでしょうか?
    ■入所間もない利用者の行動がつかめない
    入所して間もない利用者は、生活行為の細部まで見ることができないため、完全に行動を把握することが難しいことがあります。もちろん、入所前のケアマネジャーや家族からの情報提供によって障害の程度や認知症の状態などは把握できますが、実際の生活行為の細部については直接目で見ないと分かりません。
    ところが、認知症の利用者で絶えずあちこちと移動する利用者については、職員もなかなか目で見て確認することが難しいことがあります。居室で転倒する認知症の利用者については、「転倒している利用者を介護職が発見する」というケースがほとんどですから、何が原因でどのように転倒するのか確実なことが判明しません。このようにして、何度もヒヤリハットが起こっているのに有効の対策も打てずに、事故に至ってしまうことがしばしばです。
    では、このような利用者の生活行為の細部を、早期に把握するにはどうしたら良いのでしょうか?危険のない生活行為はともかく、事故につながるような行為については早期に把握しなくてはいけません。
    ■早期に「生活行為アセスメントの取組」を
    私たちは、認知症の利用者の行動が把握できなかったり、どの行動の理由(原因)が分からない場合に、「生活行為アセスメントの取組」を行います。具体的には、居室担当と主任と生活相談員の3名で、1時間以上時間を決めて利用者を「ただ観察し続ける」ということをするのです。たとえば、「坐っている時はそこそこ機嫌が良いのですが、ふらふらと歩き回ってくると機嫌が悪いくBPSDにつながる」という認知症の利用者を、物陰からそっと観察し続けました。すると、実は膝に痛みがあるので、歩き回ると機嫌が悪くなることが分かりました。
    こんな言い方をすると介護職の方には悪いのですが、介護職は利用者を見ているようで、実はほとんど見ていません。実際に介護職の目に触れている場面は、利用者を介助する場面と利用者がデイルームに座っている場面くらいです。介護職は忙しく仕事をしていますから、仕事をしながらでしか利用者を見ることができないのです。
    そこで、敢えて「全く仕事をせずに利用者の行動を見続ける時間」を意図的に作り出すのです。すると、日頃は想像することしかできなかった利用者の行動を実際に自分の目で見ることができるようになります。特に認知症の利用者のBPSDに関わることは、ゆっくり時間を取って観察すると効果的です。
    ■Kさんが車椅子からズリ落ちるところを目撃
     職員3人で本人には隠れてKさんの行動を観察したところ、1時間半程度で車椅子からずり落ちる現場を目撃することができました。原因は驚くべきことに“オートロック車椅子”だったのです。Kさんは、認知症を発症するずっと以前から、車椅子を器用に足で漕いで移動していました。Kさんは右半身に麻痺があったので、左足を前に突き出して器用に足漕ぎをして車椅子を移動させていたのです。
    しかし、左足を動かして車椅子で足漕ぎをしようとすると、左足を前に突き出した時に車椅子の座面のお尻が左だけ浮いてしまうのです。オートロック車椅子は、車椅子の座面から尻が上がった時点で、自動的にブレーキがかかってしまいます。すると、床に着いた左足で身体を引き寄せた時、車椅子は動かないので身体だけ前に滑って座面から落ちてしまうのです。
    この様子を見ていた3人は、Kさんを普通の車椅子(以前から使っていたもの)に座ってもらって、しばらく様子を見ました。するとKさんは、以前のように器用に車椅子の足漕ぎで、すいすいと廊下を進んで行きました。
    たった2時間程度の「生活行為アセスメントの取組」で、車椅子からのずり落ちの原因があっという間に把握できました。おかげで、「車椅子を足漕ぎする利用者にはオートロック車椅子は使えない」ということも分かりました。急がば回れ、落ち着いてじっくり利用者を見る方が、色々頭を悩ますより早いのです。
    ■介護職は利用者を見ていない
     前述したように、介護職は利用者を見ているようで見ていません。正確な言い方をすると、介護職は絶えず自分の仕事をしながら、利用者を見ていますから限界があるのです。ところが、介護職は「忙しいから」という理由で、一人の利用者を注視するということに時間を取ろうとしません。当然利用者の生活動作、生活行為の状況を良く理解していませんから、リスク対応なども全て後手後手になって、余計時間を取られるという悪循環に陥ります。
     先日ある施設の認知症フロアの主任から相談がありました。徘徊、異食、転倒とリスクだらけの職場ですから、「誰のどんなリスク対策から始めて良いか分からない」というのです。私が彼女にアドバイスしたことは次のようなものです。まず、職場で最も手がかかり事故の危険が高いと感じている利用者を、職員の多数決で一人選びます。次にその利用者に対して、一人の職員が週に1時間張り付いてじっと観察し、どのようなリスクがありどのように対処したら良いかをメモします。これを1ヶ月間続けると、合計4人の職員が4時間一人の利用者を観察したことになります。そして1ヶ月後に4人の観察者が「どのようなリスクを感じて、どのように対処すれば良いと考えたのか」を発表しました。当然、それまで分からなかったたくさんのリスクが発見でき、防止対策が容易なものもたくさんありました。
     このように一人の利用者に焦点をあてて、情報を収集して理解を深め、認知症ケアに役立てるという方法(センター方式)が成果を上げました。同じ方法で実はリスクを把握し対策を講じることも容易になるのです。リスクマネジメントの世界でも、リスクアセスメントという言葉が日常的に使われるようになり、まずはリスク情報収集、分析、評価という手法を取っていますから、この生活行為アセスメントの取組は、介護用リスクアセスメントということになるのでしょう。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    ショートステイでノロウイルスに感染してすぐ退所、居宅で発症し重体、施設の責任は?

    【検討事例】
     特養のショートを退所した利用者Mさんが翌日居宅でノロを発症し、気付くのが遅れ重篤化し救急搬送されました。退所する前日にMさんの近くで激しく嘔吐した利用者が居り、施設ではノロを疑いましたがベッドに空きが無くMさんを退所させました。念のため、退所時に看護師が同行して奥様に「感染性胃腸炎の可能性があるので、ご主人の体調の変化に注意して欲しい」と説明しました。近所に住む息子さんは、「施設でノロに感染させておきながら退所させたので父が重体になった。90歳の母に適切な対処ができる訳がない」と、市に苦情申立をしました。
    ■感染症の発生に対する施設の責任は?
    入所施設やショートステイで感染症が発生しても、その感染症の発生に対する施設の賠償責任が問われた例はほとんどありません。しかし、もし本事例のような感染症の感染に対して施設の責任が問われたら、どうなるのでしょうか?Mさんが亡くなってしまって訴訟が起きたら、施設の感染に対する過失責任が問われるのでしょうか?
     感染症被害に関しては、「提供した食事による食中毒」など感染源が明らかなケース以外は、施設の責任を問うのは難しいでしょう。なぜなら、ノロやインフルエンザなどの感染症によって、利用者が死亡したとしても、その感染経路を完全に特定することが難しく、訴訟になっても施設の過失を立証することが難しいからです。では、もし感染症に対する対策を施設が著しく怠っていたことが原因で、大きな被害が出た場合でも施設の責任は問われないのでしょうか?
     「施設が責任を問われることはあり得る」というのが正解です。本事例のように一人目の発症者については、どのように感染したのか感染経路が不明なことが多いので、施設の責任は問いにくいのですが、次のようなケースは責任を問われると考えるべきです。例えば、ノロ発症の兆候が明白なのにその感染を疑わずに対策を怠り感染者が出た場合や、感染症が発生した時免疫力の低い利用者への適切な医療的対処を怠って重度化した場合です。
     つまり、施設は一人目の発症者の感染に対しては大きな責任を問われることはありませんが、施設内での二次感染や、免疫力低下者の重度化などに対して責任を問われる可能性があるのです。
    具体的には次のようなケースです。
    ① 施設内で感染症の発症者が現れた時、発症の兆候を見逃すなど発見が遅れ感染が防げなかった場合。
    ② 激しく嘔吐した場合など、吐物の処理など感染防止の対処を怠ったため感染が防げなかった場合。
    ③ 胃ろうなど免疫力が低下している利用者に対して感染防止の配慮を怠って感染し重度化した場合。
     本事例でも、もし一人目の利用者が嘔吐した時に、吐物の処理の方法が適切でなかったためにMさんが感染したのであれば、Mさんの感染について施設の過失責任を問うことができます。
    ■退所時に感染症への注意を促せば良いか?
    さて、次の問題は施設内での感染が疑われているMさんを退所させたことと、退所時の家族への対応の問題です。空きベッドがなければ対処はやむを得ないかもしれませんが、息子さんが指摘したように家族への注意喚起の方法には問題があります。
    看護師が同行したのは良いのですが、「感染性胃腸炎」という言葉を使って説明しています。医療者でもない、一般の人に感染性胃腸炎という病名は一般的ではありません。今や“ノロ”というウイルスの名称が感染症の呼び名として定着してしまっていますから、その重篤性を正確に伝えるためには「ノロに感染した疑いがある」と表現すべきです。
    また、たとえ“ノロ”と説明されてその重篤性が理解できても、「どのような症状ができた時にどのように対処すべき」という具体的な対処方法を説明していませんから、高齢の奥様に対処を期待することは難しいでしょう。せめて翌日に電話を入れて「お加減はいかがでしょうか?」と様子をお聞きするくらいの配慮があってもよかったでしょう。
    ■「感染症は完全には防げない」を前提にすると
    まず、施設では「感染症を持ち込まない」という対策だけに、多大な労力を払っていますが、果たして本当に効果があるのでしょうか?もちろん、職員が感染源になってはいけませんから、手洗う・うがいのような基本的な衛生行動を徹底すべきことは言うまでもありません。しかし、利用者は隔離病棟で暮らしている訳ではありませんから、外部との接触が皆無と言う訳ではありませんし、ショートステイともなれば外部からの感染症の侵入を防ぐことはまず不可能です。では、施設の感染症対策は、どのように進めたら良いのでしょうか?
    私たちは、施設利用者の感染症のリスクを3つの種類に分けて整理して、対応策を講じています。具体的には次のようになります。
    ① 感染リスクへの対策
    職員や利用者自身の衛生行動などによりウイルスの体内への侵入(感染)を防ぐ対策です。インフルエンザであれば加湿することで、ウイルスの侵入を減らすことができますし、感染リスクの高い病院の待合室の長時間滞在を避けることも重要です。
    ② 発症リスクへの対策
    体内にウイルスが侵入しても発症するとは限りません。抗体を持っていたり免疫力が高ければ発症を免れることができます。ですから、予防注射を打ったり免疫力や体力を下げないように低栄養を防ぐことも重要です。
    ③ 重度化リスクへの対策
    免疫力や体力が衰えている利用者は、感染症を発症した時重度化して生命の危険に晒されることがあります。施設内で感染者が出た場合には、胃ろうの利用者や糖尿病患者などは、感染者から遠ざけて感染させないよう配慮しなければなりません。また、感染症から肺炎を併発するケースが多いので、肺炎球菌ワクチンを接種して肺炎を予防することも重度化対策では重要になります。
    ■発症リスクと重度化リスクへの対策がカギ
     このように、施設はでは「感染症を施設に持ち込まない」ということばかりが強調されますが、3つのリスクに対して効果的な対策を利用者ごとに講じて行かないと、労力ばかりがかかって効果が上がりません。どの施設でも見かける光景ですが、家庭用の加湿器をたくさん配備して、11月〜3月まで毎日職員が水汲みをさせられています。果たして、多大な労力をかけてどれだけの効果があるのでしょうか?インフルエンザの予防には40%以上の湿度が必要ですが、家庭用の加湿器では30%に満たないのが通常ですから、効果はほとんどありません。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    「医療体制万全」と宣伝する住宅型有料老人ホーム、認知症と身体機能悪化で「施設に騙された!」

    【検討事例】 
    パーキンソン病のMさんは、居宅で転倒して骨折し入院しましたが、入院中に認知症を発症し、息子さんは在宅介護が困難と考え入所先を病院に相談しました。すると、病院では開設したばかりの医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム勧めてきました。施設を見学し「看護師24時間常駐で医療体制万全、認知症でも安心」と説明され、安心した息子さんは入所を決めました。ところが、Mさんは「部屋の隅に人が居る」と怯えて自室に戻らず、他の居室を徘徊して迷惑だとリスペリドンを処方されました。息子さんが会いに行くと、Mさんは歩行ができなくなっており、息子さんは「施設に騙された」と苦情申立をしました。
    ■Mさんはパーキンソン病か?
    本事例のMさんを巡るトラブルの原因は大きく2つに分けることができます。1つはMさんが住宅型有料老人ホームで認知症が悪化したこと、2つ目は「医療体制万全」というアピールを息子さんが過大評価したことです。まず、Mさんの認知症の症状の悪化の原因から分析してみましょう。
    Mさんはパーキンソン病と診断されており、病院で認知症を発症したとあります。骨折などで入院した高齢者が、生活環境の変化から病院で認知症を発症することは少なくありません。しかし、パーキンソン病の患者が認知症を発症した場合、レビー小体型認知症の可能性を調べるのは今や認知症患者への対応では常識です。
    レビー小体型認知症は、その初期症状がパーキンソン病の身体機能障害に酷似しているため、パーキンソン病と診断されていることが多いからです。事実その後Mさんに現れた認知症の症状は、「部屋の隅に人が居る」という訴えであり、レビー小体型認知症特有の典型的な「幻視症状」と考えられます。
    ところが、「医療体制万全」が謳い文句であったはずの、医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム(診療所や訪問看護を併設し24時間体制で医療ケアを提供)でありながら、Mさんのレビー小体型認知症の可能性に気付きませんでした。また、レビー小体型認知症の患者は薬剤感受性が強く、リスペリドンは錐体外路症状による運動機能低下を招くなど、副作用の発現率が高いとされています。ですから、Mさんの歩行機能が低下したのは、レビー小体型認知症の患者に対する間違った薬物療法の弊害とみられます。Mさんは、病院で認知症を発症した時点で、レビー小体型認知症の可能性を調べ、再診断を行い適切な薬を処方をすべきだったのです。
    ■「医療体制万全」というアピールは適切か?
    次に、息子さんが病院の勧めでMさんを入所させた、医療ケア重視の有料老人ホームの問題点を検証してみましょう。かつて、有料老人ホームのサービス・料金や居住権の広告表示を巡って入居者とのトラブルが多発し、平成11年の公正取引委員会による警告と実名公表という事態となりました。これを受けて、平成16年には「有料老人ホームの不当な表示(公正取引委員会告示)」より不当表示の基準が示され、有料老人ホーム協会によるガイドラインが作成されその遵守が求められました。
    最近では介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など高齢者住宅が多様化し、再び競争の時代を迎えており、顧客誘引のための誇大表示によるトラブルも懸念されています。パンフレットや説明書に虚偽の記載をする施設は少ないと思われますが、注意を要するのはホームページのサービス内容の誇張表現です。「24時間365日サービス員常駐で安心安全な施設」「看護師常駐で万全の医療体制」等はいずれも不当表示に該当するおそれがあります。
    Mさんの息子さんが病院から勧められた、有料老人ホームも「医療体制万全」というのは誇張であり、「看護体制が充実」くらいが適切な広告表現と言えるでしょう。ところが、息子さんはこの有料老人ホームの「医療体制万全」というアピールを鵜呑みにしてしまい、結果的にMさんのレビー小体型認知症を悪化させてしまいました。
    ■レビー小体型認知症の診断基準
    レビー小体型認知症は1976年に日本人医師によって発見された認知症で、今や認知症全体の20%を占めています。その診断基準における中核的特徴では次の3つの症状が挙げられています。
    ① 注意や覚醒レベルの顕著な変動を伴う動揺性の認知機能
    ② 典型的には具体的で詳細な内容の,繰り返し出現する幻視
    ③ 自然発生の(誘因のない)パーキンソニズム
     ですから、「子供が2人部屋の隅に居る」などの具体的な幻視と、パーキンソン症状が現れればレビー小体型認知症を疑い、再検査を受けなくてはなりません。なぜなら、レビー小体型認知症はその薬剤感受性が強いことも大きな特徴であり、薬物療法を間違えると症状を悪化させることでも有名な病気だからです。
     一般的に、リスペリドン・オランザピンなどの抗精神病薬は運動機能を悪化させるため、レビー小体型認知症の患者には慎重投与とされています。また、レビー小体型認知症の処方薬として承認されているドネペジル塩酸塩も、個人差が大きく劇的に改善する患者と悪化する患者に分かれるようです。このようにレビー小体型認知症は薬剤感受性が故に、劇的に改善することもあればその逆もあり薬物療法が難しいことも広く知られているのですから、早期の診断による適切な薬物療法が大切と言われているのです。
    ■目に余るホームページの誇大広告
    さて、2つの目の問題点である有料老人ホームの誇大広告について検証しておきましょう。前述のように、有料老人ホームの業界では過去に公正取引委員会の警告という不名誉な事態があり、業界全体に適正化が図られました。しかし、最近の高齢者住宅の競争激化の中で、またしても同じような誇大広告による、消費者トラブルが増加しています。
    また、この現象は有料老人ホームだけでなく、特別養護老人ホームや老人保健施設にまで波及していることも大きな問題です。特別養護老人ホームや老人保健施設は、その運営基準や社会福祉事業法などで厳しい規制を受けているからです。
    ちなみに、平成16年に公表された、「有料老人ホームの広告等に関する表示ガイドライン」によれば、消費者に誤解を与える不適当な表現を次のように例示しています。
    「最高」「最高級」「極」「一級」「日本一」「日本初」「業界一」「超」「当社だけ」「他に類を見ない」「完全」「完璧」「絶対」「万全」「多数の」「多くの」「十分な」「特選」「厳選」「格安」「破格」「最優先」「優先的に」等 
     このような表現は特別養護老人ホームや老人保健施設などのホームページにも多用されており、指導監査などでも問題視されています。あなたの施設は問題ありませんか

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    デイサービス送迎車の人身事故、1年前に同じ地点で起きたヒヤリハットが活かされず!

    【検討事例】
     ある日の夕方、利用者送迎中のデイサービスの送迎車が、保育園の裏口の付近を通過しようとしました。保育園の裏口には、園児を迎えに来た母親が道路の脇で何人も立ち話をしていたので、運転手はこれを避けて通過しようとしました。その時、立ち話をしている母親の間から園児が飛び出してきて、徐行している送迎車の左前に衝突しました。すぐに119番通報し警察を呼びましたが、幸い軽症で済みました。翌朝のミーティングで、所長が他のドライバーに前日の事故について説明し注意を促すと、ドライバーの一人が「1年前に同じ場所で同じヒヤリハットがありました。今でもヒヤリハット報告書を持っています」と言いました。
    ■事故防止に活かさせないヒヤリハット
    このデイサービスの所長は、日頃から事故防止活動に熱心に取り組み、「ヒヤリハットシートをもっとたくさん出すように」と職員を厳しく指導している人でした。その事故防止活動の管理者が、提出されたヒヤリハットシートの情報を読みもせずにバインダーに眠らせていたのですから、所長は立場がありませんでした。
    “ヒヤリとした”“ハッとした”とう事故寸前の体験を記録し、この情報を職員が共有して事故防止に活かすことが、ヒヤリハット活動の目的です。ところが、このデイサービスではヒヤリハットシートを書いて提出することが活動の目的になっていて、ヒヤリハットシートが事故防止活動に全く活かされていませんでした。ヒヤリハット活動の本来の目的が忘れられていて形骸化しているのです。
    特養などの施設でも同じことが言えます。特定の利用者などの転倒のヒヤリハット情報なども、シートに書いて提出するだけで、他の職員との情報共有さえできていないのです。せめて「ヒヤリハット情報は毎朝ミーティングで報告する」というルールにして、1年前のヒヤリハット情報を共有していたら、本事例の事故は防げたかもしれません。
    ■交通事故のヒヤリハット情報はどのように共有すべきか?
     さて、送迎中の自動車事故のヒヤリハットはミーティングで報告するだけで、正確な情報が共有できるのでしょうか?転倒のヒヤリハットであれば「〇〇さんの歩行の介助中に膝折れして転倒しそうになった」という情報を職員が共有できれば、他の職員もその利用者の歩行介助時に膝折れによる転倒に備えることができます。
     しかし、送迎中の自動車事故のヒヤリハットの場合、ヒヤリハット発生地点を正確に把握して、危険に対処する運転をしなければなりません。ヒヤリハット発生地点は、ヒヤリハットシートの文書を読んでも、また住所で示されても正確に把握することはできませんし、具体的なリスクの発生状況も文字では把握しきれません。では、ヒヤリハット地点と具体的なリスク発生状況を、どのような方法で共有したら、自動車事故防止に活かせるのでしょうか?
    ■ヒヤリハット発生地点は危険箇所マップで共有する
    東京都のある社会福祉法人では、全てのデイサービスでヒヤリハットをビジュアル化する取組をしています。具体的には、危険箇所マップを作成してヒヤリハット発生地点を地図上で把握し、ドライブレコーダーの画像でリスクの発生状態をビジュアルに把握する活動をしているのです。
    初めに危険箇所マップによる、危険箇所の把握と共有方法をご紹介します。送迎エリアを1枚の大きな地図にしてデイルームの隅に貼り出します。送迎中にヒヤリハットが発生すると、ドライバーはヒヤリハットシートを記入し提出した後に、マップ上のヒヤリハット発生地点に付箋を貼ってどのようなリスクが発生したのかを書き込みます。図のように、保育園のお迎えのママさんの影から園児が飛び出して来たら、「保育園送迎飛び出し注意」と記入します。もちろん、翌朝の朝礼でヒヤリハットを報告しますから、他のドライバーは発生地点を地図ですぐに確認できます。
    デイサービスを訪れた利用者の娘さんがこのマップを見て、「私も注意しなくちゃ」と言って、スマホで写メして帰ったそうですから、家族にも事故防止の姿勢が伝わって評判は上々だそうです。
    ■ドライブレコーダーの画像を閲覧
     次の事故発生状況の把握と共有方法です。ドライバーからヒヤリハットシートが提出されたら、所長はドライブレコーダーの画像をWEBで入手します。パソコンにヒヤリハット情報の画像をダウンロードしたら、始業点検前にドライバーを全員呼んでヒヤリハットの画像を見ながら注意を促します。ドライバーは臨場感溢れる画像で、自らがヒヤリハットを体験したと同じように感じるため細部にわたる安全配慮運転ができるようになります。図のような自転車の飛び出しの場面を見ていると、反射的にブレーキを踏もうとして思わず足が突っ張ってしまいます。
     このようにして、ヒヤリハット発生地点と発生状況をビジュアルに把握することによって、その危険箇所地点に差し掛かった時に、自然に徐行運転ができるようになります。この社会福祉法人では定期的に全てのデイサービスの送迎車ドライバーを一堂に集めて、ヒヤリハット事例についてグループで討議する検討会も行っています。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    トイレの外で待機中に便座から転落して重症、ドアを閉めているから見守りはできない。

    【検討事例】
     特養の職員Hさんは、左片麻痺で車椅子全介助の利用者をトイレに連れて行き、便座に移乗させました。Hさんは、座位は安定しており本人の強い希望もあって、トイレ誘導で介助をしています。「終わったら呼んで下さい」と言ってドアを閉めて外で少しの間待ちました。1分もしないうちに、ゴンという鈍い音がしたのでドアを開けてみると、利用者が麻痺側の左前方に転落していました。利用者は床に頭部を強打して、意識不明となり救急搬送されました。Hさんは「座位が安定しない利用者はオムツでも仕方がない」と事故報告書に書きました。
    ■トイレ内に入れないので見守りでは転落が防げない
     Hさんは転倒事故も転落事故も、職員の見守りによって防がなくてはいけないという考え方ですから、見守りができないトイレ内で便座から転落する危険があれば、「トイレでの排便は無理」という結論になってしまいます。Hさんは「座位が安定しない利用者はオムツでも仕方がない」と決めつけていますが、大切なことを忘れています。それは「便座から転落しないような対策」と「転落してもケガをさせない対策」を何もしてないで、自力での排泄は無理としていることです。まず、便座から転落する原因と、大きな事故につながる原因を考えてみましょう。
    ■便座から転落する原因
    ① 便座がその人にとって高すぎる
    多くの高齢者は体格が小柄で便座に座った時、両足の踵がしっかり床についていないため、座位が安定しません。80代の女性の下腿長(膝下の長さ)の平均は36センチで、普通の便座は床から42センチの高さですから、6センチも足りないことになります。
    ② 移乗した時座位の安定を確認していない
    便座への移乗を介助した時、介護職は座位の位置を確認しているでしょうか?便座は微妙なカーブを描いていて、正確に中心に座らないと座位が安定しません。移乗しただけで中心に座っているとは限りませんから、位置の確認が必要なのです。
    ③ 便座が大き過ぎる
    体重が30キロ前半のような体格が小柄な女性では、お尻が小さすぎて便座の穴にすっぽりハマってしまう人もいて、便座の穴が大き過ぎてバランスを崩す人もいます。
    ④ 座位上の安定を支えるものがない
    便座上で座位の安定を支えるものとして、壁の横手すりにつかまったり、可動式の手すりに捉まることが考えられます。しかし、手すりに捉まって座位を保持するには握力が必要ですので、握力の弱い人はかなり難しくなります。
    ■大きな事故につながる原因
    ①座位から直接頭部を床にぶつける
    施設のトイレは健側にL字手すりがついていて、麻痺側がかなり広いスペースになっています。施設は車椅子が入るスペースがあるので麻痺側のスペースが広くなっていますから、この方向に転落すると頭部を直接床にぶつけて生命にかかわる大事故につながります。
    ②床が固すぎる
    最近の入所施設ではトイレ内にもクッション性のある床材が使われおり、頭部を打った時の衝撃が吸収されるようになっています。しかし、多くの施設では床がタイルやクッション性がない硬い床材ですから、頭部を直接強打すれば生命にかかわる事故につながります。
    ■座位を安定させて転落を防ぐ対策
    前述の便座から転落する原因と、大きな事故につながる原因を踏まえて対策を講じるとどうなるでしょうか?
    ① 踏ん張れるように足台を作る
    下腿長が便座に対して6センチも足りないのでは、両足の踵がしっかり床につきませんから、ほとんどの利用者に足台が必要になります。足を広げた状態でないと踏ん張れませんから、広めの足台を作ります。少し高めの足台を作り、少し膝が浮くくらいの物を作るのが良いでしょう。膝が少し浮く程度の方が臀部が少し沈んで、座位が安定するからです。
    ② 移乗した時座位の安定を確認する
    便座に移乗させてすぐにドアを閉めてしまう介護職がいますが、これでは安定した座位になっている確率は低いでしょう。まず、左右のズレがないか正面から確かめて、体幹が便座の中心に来ているかを確認して下さい。できれば、少し腰を浮かして「座りなおしてあげる」ほうが良いでしょう。本人に「座りやすいですか?」と確認することも忘れないで下さい。L字手すりの横手すりに手を置いてあげればより安定します。
    ③ 補助便座を使う
    体重が29キロという特別小柄な女性利用者は、お尻も小さく臀部も痩せていたため、お尻がスッポリ便座の穴にハマってしまいました。ハマらないまでもこの状況に近い人は、座位が安定しません。幼児用に売っている補助便座を取り付けてあげれば、座位は確実に安定します。入所施設でこの補助便座を使っている施設はあまり見たことがありませんが。
    ④ 座位の安定を支える道具
    最近では、L字手すりや可動式の手すりの他に、両側に稼働式の肘掛(肘置き)がついているものが多くなりました。握力のない利用者でも腕を両側に載せることができますから、座位が安定すると同時に、左右にバランスを崩しても便座からの転落も防いでくれます。
    また、数年前に座位の安定を支える画期的な道具として登場したのが、「前手すり」です。便座に移乗した後、壁から利用者の前に降りて来て、両腕を載せることができます。この「前手すり」は最近の入所施設では、「標準装備」と思えるくらいたくさん付いていて大変安心です。両側の肘置きと前手すりに囲まれていると、バランスを崩して転落しそうになっても、まず落ちることはあり得ませんから転落防止の切り札と言えます。
    ■転落しても大ケガをさせない対策
     さて、最後に便座から転落しても大ケガをさせない対策を考えます。本事例のように、左片麻痺の利用者が麻痺側前方に転落すると、床に頭を直接打ち付けるために生命にかかわる事故となります。もちろん、床材をクッション性の高いものに替えたり、前手すりなどを設置できればこのような事故が起こることはありません。しかし、かなりの費用がかかりますから、気軽に設置すると言う訳には行きません。
     本事例の施設では、フロアごとに2つだけトイレを改修して肘置きと前手すりを付けました。便座からの転落の危険のある人だけ、このトイレを使うことに決めたのです。また、ある施設ではL字手すりを使えない重度に利用者に対しては、逆向きのトイレの使い方に変えました。つまり、左麻痺の利用者は左側にL字手すりがあるトイレを使うのです。こうすれば、麻痺側に転落した時、壁に寄りかかるので床に頭を直撃しないで済みます。自力で手すりにつかまれない利用者であれば、手すりの位置はどちらでも同じですから。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    デイサービスの送迎時に玄関で奥様に介助を任せたら転倒、デイに責任は無い?

    【検討事例】Dさんはデイサービス利用している86歳の男性利用者です。通常移動は車椅子介助ですが、送迎時は居宅の門から玄関まで車椅子が使えず介助員が手引き歩行をしています。ある日、介助員がDさんの手を引いて玄関まで歩いたところで、奥様(82歳)が玄関のドアを開けて「ここでいいですよ」とDさんに手を差し伸べたため、介助員は「ではお願いします」と言って手を離しました。その直後にDさんがふらつき奥様が支えようとしましたが転倒、大腿骨を骨折してしまいました。デイサービスは「奥様にお引渡しした後なのでデイの責任はない」と主張しています。
    ■「ここでいい」と言われたら家族に任せて良いか?
    原因分析に入る前に「奥様にお引渡しをしたのでデイの責任はない」という主張の是非について検討してみましょう。まず、デイサービスの送迎業務はどこで終了するのでしょうか?どこまでお送りすれば良いのでしょうか?「居宅の玄関まで送れば良い」と場所で理解している人も多いのですが、そうではありません。デイサービスの送迎業務の範囲は「居宅の玄関まで」などの場所ではなく、「居宅に帰着し安全な状態と認められるまで」です。なぜなら、送迎業務は単に利用者を輸送する業務ではなく、車両乗降や屋外歩行を介助して移動させるという施設の介護業務の一環とみなされるからです。  このような前提で考えると、介助員が奥様に利用者の歩行の介助を任せた時点では、送迎業務は終了していないことになります。そうすると、介助員が送迎業務中に家族から「こちらで介助しますのでいいですよ」と、介助を辞退されたことになります。では次の問題として、介助業務中に「家族自身で介助する」と介助を辞退されたら、家族に利用者の介助を任せても良いのでしょうか?答えはNoです。
    ■家族に任せる時は安全であることが条件
     もちろん、たとえデイサービスや施設の業務であっても、家族がこれを代わりに介助することは、悪いことではありませんから、全てがいけないという訳ではありません。特別養護老人ホームなどでも、面会に来た家族が食事の介助をしています。しかし、本来施設職員が行うべき介助業務を家族に任せるのであれば、「家族で安全に介助できる場合」という条件が付くのです。  このように考えると、デイサービスの送迎の介助員は、本来車椅子介助の利用者を立位で手引き歩行している訳ですから、たとえ奥様が介助を申し出ても「ここでは危険ですからおうちの中で交替して下さい」と申し出を断って介助を続けなければならなかったのです。
    ■家族に介助を任せる時の注意事項を徹底する
    本事例のように、家族が介助を申し出てこれをお願いする場面は送迎時だけではありません。デイサービスでも家族が来所されて、介助の手伝いをすることはありますし、入所施設の面会時にも同様の場面が考えられます。ですから、色々な場面における「家族に介護業務をお手伝いいただく要件」をある程度決めておいた方が良いと思われます。 デイサービスでは、家族が毎日居宅で利用者を介助していますから、家族が介助を申し出た場合、居宅での介助方法について家族と擦り合わせをする良い機会です。「デイサービスではこのように介助をしていますが、ご自宅で奥様はどのように介助をしていますか?」とお聞きして、介助方法についてプロとしてアドバイスができれば素晴らしいと思います。一方で、入所施設などでは、「家族が入所後の身体機能低下を理解していないため、昔の介助方法でやろうとしたらできなかった」というケースもありますから注意を要します。以上のように、本来施設がすべき介助を家族が申し出た場合については、介助をお願いする時の注意事項をまとめておいた方が良いでしょう。では、本人自身が介助を辞退して、「自分でやるから介助は必要ない」と申し出た場合はどうしたら良いでしょう?
    ■本人が介助を辞退したら自立動作に任せて良いか?
    この場合も、家族が介助を申し出た時と考え方は同じです。つまり、本人自身が独りで安全にできると判断できる場合には、利用者の自身の自立した動作に任せて良い事になります。介護保険制度や福祉サービスの理念の大きな柱に「自立支援」という考え方があります。「本人自身でできることは本人にやっていただく」ということは介護職員の常識です。何でも気を回して本人ができることを介護職が手伝えば、過介護になって本人の自立を妨げますし、「人の手を借りずに自身でやりたい」という自尊心も奪ってしまうことになるからです。 ところが、このような介護の常識が裁判所には理解してもらえないらしく、介護職にとっては厳しい裁判の判決が出ていますので知っておいて下さい。次のような内容です。
    デイサービスの利用者(要介護度2で杖歩行)が、デイサービス終了時にトイレに行きました。この時職員は介助を申し出ましたが、本人が「一人で大丈夫だから」と言って、トイレのドアを閉めてしまったので、トイレ内までは付き添いませんでした。ところが、被害者はトイレ内で転倒し大腿骨を骨折してしまったのです。被害者の家族は、たとえ本人が「一人で大丈夫だから」と言っても、歩行が不安定で転倒の可能性が高く介助すべきであり、デイサービスに過失があると訴訟を提起。裁判所は原告の訴えを認め賠償金の支払いを命じました。 (H17年3月20日横浜地裁判例)
    事故の賠償訴訟の裁判では「危険があれば事故を回避する措置を講ずる義務がある」という考え方のみで過失を判断します。その考え方には、自立支援という介護業界では当たり前の観念が全く存在しません。「多少でも危険があると判断したら危険を回避するために介助しなさい」と決めつけるのです。自立支援も本人の自尊心への配慮も関係ないのです。 立場が違うと考え方も異なるので仕方ないのですが、裁判官にも少しは介護される人の気持ちも理解してもらいたいと思います。「危ないから」と言って自立した動作をさせてもらえず、全て制限されたり介助されたら、人は身体的機能が低下するだけでなく、生活意欲や精神の自立も失ってしまいます。前述の裁判官は将来自分が要介護になった時、「自分でできることは自分でやるから余計なことはするな」とは言わないのでしょうか?

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    口を開かないので鼻をつまんで無理に食べさせたら誤えん事故、これ虐待でしょ?

    【検討事例】虐待とも考えられるような介助方法で誤えん事故が起きました。ある介護職員Aが食事介時に、認知症の利用者がなかなか口を開かないため、鼻をつまんで口を開かせ食べ物を口に入れたのです。気管に食べ物が侵入し誤えん事故となりましたが、幸い命は取り留めました。もちろん、食事介助の方法として、無理矢理口を開かせて食べさせて良い訳がありませんし、これは明らかに虐待行為です。しかし、この事故を起こしたAは「危険な介助方法だとは思わなかった」「主任が“鼻をつまめば口を開くよ”言ったから」と申し開きをしました。話を分かり易くするために“もしこの事故が死亡時になったらどうなるのか”という仮定で、問題点を考えてみましょう。
    ■故意と過失では罰則が異なる
    この誤えん事故で利用者が死亡すると、刑法の犯罪として刑事告訴される可能性があります。通常ルール違反や危険が明白であるような行為を行って事故を起こし、相手が死傷するような重大事故につながると業務上過失致死(傷)罪に問われることがあります。ただし、この介助行為がルール違反もしくは非常に危険だということを認識していたかどうかで事情は変わってきます。つまり、ルール違反であることや非常に危険であるということの認識がありながら、故意にその行為を行うと更に罪は重くなり、重過失致死(傷)罪になるかもしれません。 さて、介護職員Aは「危険の認識は無かった」と主張しています。しかも、上司の指示に従ったのだから、自分は利用者を危険に晒すつもりは無かったのだと言っているのです。この主張は認められるでしょうか?この場合介護職員Aのこの行為が、誰の目にも明らかに危険であると考えられれば、彼の主張は認められません。 鼻を塞がれた状態で口に食べ物を入れるとどうなるでしょう?鼻で呼吸ができず口で呼吸をしますから、口に入った食べ物が気管に侵入する危険は極めて高く、誤えん事故に至る必然性があります。ですから、介護職員としてはこの危険を認識して当然であり、「認識していなかった」という抗弁は通用しないかもしれません。もちろん、Aの食事介助の行為が介護マニュアルで「危険なのだからやってはいけない」と具体的に明記されていればルールですから、Aの主張は議論の余地はありません。
    ■「上司の指示に従った」という抗弁
     次に、「上司が“鼻を摘まめば口を開くよ”言った」と主張はどうでしょうか?彼の罪を軽くする抗弁になるのでしょうか?この主張は認められるかもしれません。もちろん、介護職員Aがベテランであれば、自分で危険を判断して行動しなければなりませんが、経験の浅い介護職員であれば上司の指示に従ってしまうかもしれません。  もし、Aの介護職員としても経験が浅く、上司の発言によってこの行為を行っても危険は無いと判断したのであれば、Aの罪は軽くなる可能性があります。しかし、同時に上司である介護主任が同じ業務上過失致死(傷)罪に問われるかもしれません。業務上の事故では介護事故の起こした職員本人の刑事責任と同時に、管理監督責任がある上司や管理者が同様に罪に問われることは珍しくないのです。
    ■管理者が罪に問われる可能性も
    以上のように、利用者にとって危険が明白な介助方法によって事故が発生して重大事故になれば、本人の認識如何を問わず刑事事件につながる可能性が高くなります。Aの食事介助の行為は、介護に従事する職員から見れば「誰から見ても危険」という行為で議論の余地はないでしょう。しかし、介護職場では安全な介助のルールが文書になっている訳ではなく、その判断は現場に任されているのが現状です。 誰から見ても危険という介助方法が職場で常態化しているにもかかわらず、管理者がこれを是正する措置をとらずに今回のような事故が起きれば、管理者が刑事責任を問われ可能性があります。管理者は職場の安全管理に対して、包括的な重い義務を負っているからです。管理者が「危険な介助方法の実態」を全て把握できる訳ではありませんから、施設内で職場リーダーを中心に「不安全行動(※)」を点検してみてはどうでしょうか? ※不安全行動:労災事故では事故につながる危険のある従業員の行動をこう呼んでいる

  • 09/03
    2024
    2024.09.03
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