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20242024.05.27- 居室にカメラを設置したいという家族の要求を拒否したら、虐待事件の報道で心配する家族
【検討事例】母が心配なので居室カメラを付けたい
ある介護付き有料老人ホームに入所した利用者の息子さんが「母が心配なので居室にスマホ連動の見守りカメラを設置したい」と言ってきました。施設長が「居室に監視カメラを付けるなんてとんでもない」と検討もせずにすぐに拒否したため、トラブルになりました。高齢者施設の職員による虐待事件が大きく報道されるたびに、利用者を心配する家族から居室へのカメラ設置要求が増えて対応に困ります。自宅にカメラを置いてペットの様子をスマホで見て楽しむのは問題ありませんが、カメラで監視されて質の高い介護はできません。では、この息子さんの要求は拒否できるのでしょうか?
■カメラの設置は法的に可能か?
入所時からいきなり「職員は信用できないから見守りカメラで監視する」と不信感を露わにされては施設長もカチンとくるでしょう。施設長の気持ちも分からないではありませんが、何の検討も無しに拒否すればトラブルになります。まず、入居契約上カメラの設置が可能なのか、法的な可否を検証しなければなりません。
結論から言うと、本事例の息子さんの要求は拒否できないと考えられます。その根拠は次の通り。介護付き有料老人ホームはその多くが利用権方式であり、利用者は居室に対して一定の権利を持っています。そして、一般的な入居契約書であれば、入居者は事業者の許可なく「目的施設の増築・改築・移転・改造・模様替え、居室の造作の改造、敷地内に工作物を設置する」行為はできないとされています(モデル契約書20条の2)。
居室の壁にカメラを据え付ければ工作物として施設の許可が必要ですが、置くだけであれば工作物ではありませんから許可は必要ないのです。同様にサ高住の場合は賃貸住宅ですから、カメラを居室に置いても問題ありません。また、老人ホームには契約書の他に管理規程がありますが、管理規程の「居室等の使用細則」にも、カメラを置くことを制限するような条項は見当たりませんので、問題にはならないでしょう。
■カメラ設置のリスクを説明する
以上のように入居契約上見守りカメラの設置は拒否できませんが、カメラを居室に設置することは設置する家族にも様々なリスクが発生します。これらのリスクを家族に説明して思いとどまってもらわなくてはなりません。家族に次のように説明してはどうでしょうか?
まず、見守りカメラを設置すれば利用者以外の介護職員や面会者の姿も映ってしまいます。本人の了解なく他人の容姿を撮影することは、プライバシー(肖像権)の侵害で不法行為とみなされますから、撮影者は賠償請求されるかもしれません。施設が職員に容姿撮影の了解を求めることはできませんから、息子さんから各職員に了解を取ってもらわなくてはなりません。容姿が映る可能性のある他の利用者に対しても同様に了解を求めなくてはなりません。
また、スマホ連動カメラで撮影された動画の画像はデータ容量が大きく、スマホの記憶装置には保存できませんから、通信事業者のサーバーなどに保管されることになります。ストレージサーバーからのデータ流出がたびたび問題になっていますから、撮影された職員の容姿の動画データが流出すれば、個人情報の漏洩でこれも賠償問題になるかもしれません。このように、居室の利用者だけ撮影することはできませんから、居室の撮影には様々なリスクが伴うことを息子さんに説明しなければなりません。
■入居契約書や管理規程の見直しも必要
こうしてカメラ設置に伴う様々なリスクを説明することで、息子さんの要求を思いとどまらせることができるかもしれません。しかし、今後は従来考えられなかったような家族の要求が出てきますから、入居契約書や管理規程で明文化して調整することが必要になると考えられます。現実に施設側の不正や虐待の可能性はあるのですから、一方的に禁止するのではなく、家族の心配も取り除けるようなルールが必要なのです。
ところで、居室に監視カメラが付いたら、職員は利用者に親しく声をかけられなくなりますし、冗談を言って笑わせることもできないでしょう。居室から足も遠退きます。そんな味気ない生活を利用者は本当に望むのでしょうか?
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20242024.05.27- 1月で3回目の誤薬事故、氏名を声に出してダブルチェックしたが取り違えて服薬
■「氏名を声に出して読み上げる」というマニュアル
特養のショートステイでまた誤薬事故が起きました。職員が認知症の山田さんに山野さんの薬を飲ませしまったのです。1カ月で3回目の誤薬ですから施設長も怒り心頭です。誤薬した職員はマニュアル通りに「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認を行いましたが、誤薬は防げませんでした。施設長は「確認は何度も念を押して行うこと」と厳しく指導しました。しかし、翌月同じ職員がまた誤薬事故を起こしました。職員に厳重に注意してもマニュアル通りに確認しても、一向に減らない誤薬事故に施設長は悩んでしまいました。
■誤薬の原因は「職員の注意力不足」ではない
もちろん、注意して服薬確認を行うことは大事ですが、食事介助というのはかなり忙しい時間帯ですから、服薬だけに集中している訳にもいきません。ですから、誤薬の原因を職員の注意力だけに求めて、「職員の注力不足が原因」としてしまっては効果的な再発防止策は見つかりません。
さて、誤薬の原因分析を行う前に、「間違え方」を確認しなければなりません。「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」とありますが、実は結果だけ見れば同じ間違いのように見えますが、間違え方は2種類あるのです。「人を間違えたのか」「薬を間違えたのか」のどちらなのかが防止策を考える上で重要なのです。
「山田さんを山野さんだと思って山野さんの薬を服薬させた」のであれば、人を間違えたことになります。一方、「山田さんの薬を取ろうと思って薬袋を見間違えて山野さんの薬を取り上げた」のであれば、薬を間違えたことになります。結果だけ見れば「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」ということになりますが、間違え方は全く異なるのです。人を間違えたのであれば、再発防止のためには、利用者のチェック方法を見直さなければなりませんし、薬を間違えたのであれば、薬のチェック方法を見直さなければならないのです。
■間違いの原因による区分、認識の誤りと動作の誤り
さて、さらに細かく間違え方を分析すると、人の間違え方にも2種類あることが分かります。間違いを犯した職員が、どのような原因で間違えたのか、実は2種類あるのです。すなわち、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」です。
例えば、山田さんの薬を取ろうとして、山野さんの薬を手に取ってしまったとします。間違え方の区分で言えば「薬の間違い」となりますが、なぜ薬を取り違えたのかその原因によって2つに区分されるのです。介護職が服薬の相手を山田さんと認識していて、山田さんの薬を取ろうとして見間違えて山野さんの薬を取り上げてしまったような場合、間違え方の原因から「動作の誤りによる間違い(誤動作)」と言います。また、山田さんの薬を取るべきなのに職員が勘違いをして、山野さんの薬を取るべきと思い込んで、山野さんの薬を取ってしまう場合があります。これを認識の誤りによる間違い(誤認)」と言います。同じように人の取り違えでも、山田さんを山野さんと思い込んで山野さんの薬を飲ませた場合は、認識の誤りによる間違いですし、山田さんに飲ませようとして山野さんのテーブルに行ってしまった場合は、動作の誤りによる間違えとなります。
このように、何を間違えるかによって「人の取り違え」と「薬の取り違え」に分類できますし、さらに間違えた原因によって、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」に分類できます。すると、間違え方は次の4種類となるのです。
①認識の誤りによる人の取り違え
②認識の誤りによる薬の取り違え
③動作の誤りによる人の取り違え
④動作の誤りによる薬の取り違え
実際に起こる誤薬の間違え方で多いのは、①の認識の誤りによる人の取り違えと④動作の誤りによる薬の取り違えなのです。このように分析することで、どのような場面でのどのようなチェック方法が重要なのかポイントを絞ることが可能になるのです。
■人の取り違えのチェック
さて、誤薬の原因分析においては、「認識の誤りによる人の取り違え」と「動作の誤りによる薬の取り違え」が多いことが分かりました。ですから、誤薬の再発防止策を検討する時には、「認識の誤りによる人の取り違え(思い込みによる人の間違い)」と「動作の誤りによる薬の取り違え(薬袋の取り間違い)」のどちらが多いのかを確認して、人のチェック(本人確認)方法と薬のチェック方法を見直さなければなりません。
ここで問題となるのは、本事例でも挙げた服薬マニュアルに登場する「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認の方法です。目の前の利用者が本当に山田さんかどうかを確認するのに、「氏名を声に出して読み上げる」ことが最も効果的な方法なのでしょうか?
私たちは、役所や銀行で本人確認をされる時、必ず「免許証を拝見します」と言われます。顔写真で本人を確認する方法が、最も簡便で最も効果的なのです。施設もこの方法を採用すれば間違いは半減するのです。具体的には、利用者の顔写真と薬の写真を載せた食札(服薬確認シート)を作ります。この食札をお盆に載せて薬と一緒に本人の前に持って行き、「山田さん、お薬の時間です。山田さんのお薬に間違いありませんか?」と確認しながら、顔写真と利用者の顔を見比べるのです。こうすることで、利用者の取り違えも薬の取り違えもほとんど水際で防げるのです。不思議なことに人の目は映像化されると容易に違いを認識できるのです。「見える化」なんていう言葉が流行りましたが、実はビジュアルで捉えることは効果的なのです。
■薬の取り違えもビジュアルチェック
特養や老健なのどの入所施設では、一昔前に比べ薬の取り違えが少なくなりました。調剤薬局が、利用者の服薬を服薬タイミングごとに一包化してくれるようになったからです。以前は、看護師が利用者ごと服薬タイミングごとに手作業でセットしていましたから、服薬セットミスが起こりましたが今では少なくなり安心していました。
ところが、ある特養で服薬確認カードに貼り付けてある薬の写真と飲もうとした薬が違うことに気付きました。調剤薬局が一包化する時に薬を間違えていたのです。危うく誤薬直前で防止できましたが、気付かずに服薬させていたら誤薬するところでした。誤薬事故の怖いところは、誤薬させたことに気付かなければ、誤薬事故はなかったことになってしまうことです。
毎月のように誤薬事故を起こしていた独立型ショートステイで、この写真付き服薬確認シートを導入したところ、3ヶ月後には誤薬0件を達成しました。このショートステイの職員が嬉しそうに話してくれました。「記憶が不確かで名前を呼べなかったお客様の名前が覚えられたので、自信を持って声かけができます」と。
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20242024.05.27- 「デイの利用者から多額のサプリメントを買わされた」というクレーム
【検討事例】ある日、デイサービスの女性利用者Kさん(軽度認知症あり)の娘さんから次のようなクレームの電話が入りました。「母がデイサービスで仲良くなったMさんから、30万円分のサプリメントを買わされた。“デイの職員にも勧められた”と言っている。デイサービスで責任を取れ」というのです。デイサービスでは、職員がサプリメントの購入を勧めている事実はないし、Kさんは認知症が無いのだからご自分の判断で購入されたのでデイで責任は負えない」と答えました。すると、娘さんは「高齢者の詐欺被害が社会問題になっているのに、デイの配慮が足りない」として主張して市に苦情申立をしました。
■デイサービスに法的責任が無いことは明白だが・・・
デイサービスで知り合った利用者が、デイの外でもお友達付き合いをするようになりトラブルが発生しても、デイサービスには法的な責任もありませんし、トラブルを解決する義務もありません。その点で、本事例の所長が言っていることは、理屈では正しいことになります。しかし、本事例では良く話を聞いて相談に乗ったり、アドバイスをするなどして協力するくらいはできたはずです。そうすれば、少なくとも市への苦情申立は回避できたでしょう。
クレームの申立に対して「対応できない」と即答することは絶対に避けなければなりません。クレーム対応の手順では、「申し立ては一旦お預かりして対応方法を検討する」というのが基本中の基本なのです。申立内容をしっかり聞いて検討すれば、100%満足する対応ができなくても、お客様は対応の姿勢を評価してくれます。救いを求めて来ているお客様に目の前に門を閉ざすことは、強烈な悪感情につながるので要注意です。
■50万円分のサプリメントを売ることは特定商取引に該当する
さて、次に「他の利用者からサプリメントを大量に買わされた」というトラブルには、どのように対処したら良いのでしょうか?前述のようにデイサービス内で売買された訳ではありませんから、売った側のMさんに対して「デイの利用者には売ってはいけない」と禁止する訳にも行きません。
しかし、軽度の認知症の利用者が50万円もの大量のサプリメントを買わされたことは、販売行為として問題があります。この販売行為は特定商取引と言われ、「特定商取引法」という法律で厳しく規制されています。特定商取引とはいわゆる訪問販売のことですが、居宅に訪問して販売行為をする者の他、展示会やイベントに参加させたりして販売行為をする者も該当します。
特定商取引法は、販売者に対して勧誘を受ける意思の確認などを義務付けるほか、契約を締結しても8日以内であれば契約解除ができる(クーリングオフ)、通常の消費量を著しく超える購入契約(過量販売契約)は1年以内に契約を解除できるとして、取引の公正性と消費者被害の防止を図る法律なのです。
ですから、Kさんがサプリメントを購入して8日以内であれば、クーリングオフができるかもしれませんし、“通常消費する量を著しく超える量(加量販売契約)”とみなされれば、契約の解除ができるかもしれません。Mさんの販売行為を禁止することはできなくても、Kさんの娘さんに対して買ってしまったサプリメントの代金を取り戻す方法をアドバイスすることはできたはずなのです。
■特殊詐欺や悪徳商法から高齢者を守ることもデイの社会的責任
本事例のデイサービスの所長は、施設内の管理については意識が高いかもしれませんが、企業活動の社会的責任については認識が低いようです。近頃では、企業活動の社会的責任として、社会貢献活動が強く求められており、一般企業であっても地域の高齢者の安全に配慮する活動を行っています。特殊詐欺(オレオレ詐欺など)による高齢者の被害が社会問題になっていますから、銀行はATMに行員を配置して特殊詐欺の被害者を発見する取組を行っています。
デイサービスは、高齢者の生活を支えるという事業を営む介護事業者なのですから、特殊詐欺や特定商取引の被害から利用者を守る取組をもっと行うべきなのです。「施設内の事故やトラブルさえ防止すれば良い」と考えているのであれば、介護事業者としての社会的責任を放棄していることになります。
消費者庁が作成した「高齢者の消費者トラブル見守りガイドブック」では、「民生委員、ヘルパー、ケアマネジャーの方々は高齢者にとって心強い味方です」と言っています。在宅介護事業者はお年寄りの生活に密接に関わっているので、地域住民よりもお年寄りを守る責任は重いと言っているのです。施設内の管理だけにとらわれず、利用者の生活全般の安全に対しても配慮をすべきではないでしょうか?地域にしっかり根差した取組を勧めているデイサービスでは、職員が進んで特殊詐欺や特定商取引(法)を勉強して、独居の利用者などに絶えず注意を促しています。
■高齢者の詐欺被害防止にも取り組もう
では、デイサービスとして利用者の特殊詐欺や特定商取引の被害防止に対して、どのように取り組んだら良いのでしょうか?まず、職員が特殊詐欺や特定商取引について知識を持たなければなりません。職員を集めて相談員が勉強会を開くのもの良いですし、警察の生活安全課に防犯協会がありますから、ここにお願いすると講師に来てくれます。特殊詐欺はオレオレ詐欺や還付金詐欺などを、ニュースで報道していますから私たちも良く知っていますが、特定商取引についてはあまり知識が無いのでしょうか?高齢者に関わる代表的なものをご紹介しますので、ぜひ勉強して利用者に絶えず注意を促してください。
《特殊詐欺》
① オレオレ詐欺:電話で親族や会社の上司の名を語り、トラブルや交通事故の示談金名目で、現金を預金口座等に振り込ませるなどして騙し取る詐欺。
② 還付金詐欺:税務署や市役所などかたり、税金や保険料、医療費の還付等に必要な手続きを装って、現金を預金口座等に振り込ませるなどして騙し取る詐欺。
③ 金融商品等取引名目の詐欺:実際には価値がない有価証券や架空の外国通貨などをあっせんし、現金を振り込ませてだまし取る詐欺。
《特定商取引※》
① 訪問販売:自宅を訪問するなど、舗以外の場所で商品やサービスを不当な価格で売る取引。狭い店舗に人を集め巧みな話術で価値の低い商品を高額で売りつける(SF商法という)を含む。
② 訪問購入:自宅を訪問するなどして「不要な貴金属を譲ってほしい」と持ち掛け、不当に安い値段で買い取る取引
③ 電話勧誘販売:電話で勧誘して不当に高額な物を大量に売りつける取引。
※特定取引は法律によって、クーリングオフや過量販売契約の解除権などが認められています。
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20242024.05.27- 家族の要求で経管栄養者に経口摂取したら誤嚥死亡事故、施設の責任は問われるか?
【検討事例】たとえ家族の要望でも施設は責任を問われる
「口から食べて死んでも本望ですから」と無理な経口摂取を要求してくる家族が時々います。では、家族の要求する介助方法で介助して事故が起きたら、施設は責任を問われるのでしょうか?「家族の無理な介助方法の要求を受け入れたのだから、施設の責任はない」と主張できるのでしょうか?前述の事故は施設の過失となり賠償責任は発生すると考えられます。たとえ家族の要求する介助方法が不適切であると施設が家族に指摘していたとしても、その介助方法を受け入れて実行してしまえば、安全配慮義務違反として過失責任を問われるでしょう。
なぜなら、家族は介護については素人であり適切な介助方法についての知識はありませんが、施設は介護のプロです。ですから、家族が適切でない介助方法を要求してきた場合は、介助方法が不適切である理由をしっかり説明し、介護方法の変更を家族に納得させた上で、適切なサービスを提供しなくてはなりません。
法的にも、介護保険法八十七条(特養の場合)に「要介護者の心身の状況等に応じて適切な指定介護福祉施設サービスを提供する」とありますから、不適切な方法と分かっている介護サービスを提供すると、介護保険法に違反していることになってしまいます。家族を説得して介助方法を変更して、適切な介護サービスを提供する法的な義務が施設にはあるのです。
■どのような要求は応えられないのか決まっていない
問題は、全ての家族の要望に応えられないにもかかわらず、「どこまで受け入れるのか、どの介助方法は断らなくてはいけないのか」その基準が明確になっていないことです。また、家族の要求する介助方法を断るのであれば、その根拠もきちんと説明できなくてはなりません。個別ケアが大切だというのですから、理由なく家族の要望する介助方法全てを断わって施設のやり方を押し通す訳には行かないのです。しかし、一方で本事例のように極めて危険と分かっている介助方法を安易に受け入れてしまえば、事故が起きた時トラブルになり責任を問われてしまいます。ですから、施設では入所時または、初回の介護計画書作成時に、正確な利用者の身体機能のアセスメントに基づき、「たとえご家族のご要望であっても、危険な介助方法の要望には応えられない」と、ハッキリ家族に説明する必要があります。
無理な介助方法の要求は、経口摂取の要求だけではありません。「父を常時見守って転倒させないで欲しい」と要求する家族や、我流の介助方法で利用者にとって不適切な方法の要求もあります。ですから、あらかじめこれらの要望には応えられないことを説明する書面を用意しておけば、家族に対しても説明がしやすくなります。では、どのような介助方法の要望に対して、どのような理由で断れば良いのでしょうか?
■どのような要求は拒否するべきか?
私たちもこれらの家族向けの説明文書を作ろうとしましたが、なかなか良い説明方法が見つかりません。そんな折、ある特養で入所時に介助方法の受け入れについて、書面で説明していると聞き見せてもらいました。入所時に次のような書面を使って家族に説明しているのです。
《家族の要望する介助方法にお応えできない場合》
当施設では、入所者様の介助方法についてご家族のご要望にできるだけお応えしたいと考えていますが、次のような介助方法については受け入れられませんのでご了承ください。
① 入所者ご本人にとって不適切と考えられる介助方法(例えば本人に苦痛が生じるようなケース)
② 施設業務の運営上対応が不可能な介助方法(「24時間常時見守りをして欲しい」など人員配置上不可能なケース)
③ ご本人の生命の危険につながるような介助方法(「口から食べて死んでも本望だ」など家族がリスクを容認している場合でも同様です)
この介助方法の要望に対する説明は、極めて明快でご家族にとっても理解しやすいので、私たちもこの書面を使わせていただきました。この特養も以前に「口から食べて死んでも本望なので」という家族の要求を受け入れて誤えん事故で亡くなり、大きなトラブルになったことがあるそうです。
■家族が納得しない場合の対応
前出の説明方法で家族が納得してくれれば問題ありませんが、中には自分の主張する介助方法に固執して施設の説明を聞き入れない家族もいます。このような場合には、「より高度な知識を持った専門家に意見を聞きましょう」と第三者の専門家の意見を聞くようにします。例えば、本事例のようにえん下機能に合った食事形態でない食事の方法を主張された場合は、「口腔外科の医師や口腔リハビリの専門家にも意見を聞いてみましょう」と、専門家の第三者に判断を委ねれば良いのです。頑なに固執するような家族で合っても、お医者様の意見は結構受け入れてくれるケースは多いのです。最近では水のみテストが改訂され少ない水の量で、えん下機能のテストができるようになりました。STによる水のみテストによって、納得してくれた家族もいます。
しかし、最近ではご家族の中には専門的な知識を持っていて、「このメーカーのソフト食であれば、無理なく経口摂取ができる」と個別の対応に執着してくる家族もいるそうです。これらの説得が難しい家族に対してある施設長は「ちょっと乱暴な説明だけれど、私は次のように話します」と教えてくれました。「私どもの施設は介護保険という公的な制度で運営されている事業なので、利用者の生命の危険につながるような介助方法は法令で禁止されていてできないのです」と。
また、施設長は更にこう付け加えました。「食事介助中に利用者が苦しみ出して誤えんで亡くなったら、介護職は精神的に強いショックを受けて介護職を続けられなくなる人もいます。利用者の安全も大切ですが、私たちは職員も守らなくてはいけませんから」と。
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20242024.05.27- 安全ベルトを装着せずにリフト浴で溺れそうになり肺水腫で死亡、職員が刑事告訴された!
【検討事例】リフトでバランスを崩して溺水、肺水腫で死亡
Mさん(90歳女性)は要介護度4の特養入所者で、入浴介助は固定式のリフト浴で行っています。ある日、介護職員(介護福祉士)がMさんを入浴させようとすると、いつものように安全ベルトの装着を嫌がります。安全ベルトの材質が硬いため、きちんと装着すると肌が痛いのです。仕方なく安全ベルトを装着せずに、そのままリフトを浴槽に下ろしましたが、お湯に浸かる時に突然バランスを崩して、顔がお湯に浸かってしまいました。介護職員は慌ててリフトを上げましたが、Mさんがひどくむせ込むので、看護師を呼んでバイタルチェックの上、居室で安静にして様子を見ることにしました。
ところが、その日の晩11時頃、Mさんがひどく咳き込み、唾液に血液が混じっていたため救急搬送しました。病院では、カテーテル挿入時に血尿が見られ、吐血もあったためICUで抗生剤の点滴投与を受けました。医師が「雑菌の多い風呂のお湯が肺に入り肺水腫を起こしている」と駆けつけて来た息子さんに説明したため、激怒して相談員に詰め寄る息子さんに対して、「リフト浴の介助ミスでお湯に顔が浸かってしまった」と相談員が何度も謝罪しました。
Mさんが翌日死亡したため、警察が業務上過失致死の疑いで介護職員に事情を聴取しましたが、事件性なしとして捜査はありませんでした。しかし、息子さんは職員に事故状況を聞いて回り、安全ベルトの不装着が事故原因であったことを聞き出し、加害者である職員と施設長を警察に刑事告訴しました。施設長は損害賠償金の上乗せを提示しましたが、「施設は事故を隠ぺいしようとした、許せない」と言って交渉には応じてくれません。■事故の隠ぺいと受け取られた
リフト浴でバランスを崩して溺水し浴槽のお湯を飲んだことは、明らかな事故でありヒヤリハットではありません。事故が発生した時家族連絡を入れること、経過観察する場合に家族の了解を得ることは事故対応の原則です。
ところが、勝手な判断でルールを曲げる職員がいます。「誤薬したのに家族連絡もせず経過観察をする」「誤えんしたがすぐに回復したので家族連絡せず受診もしない」などの事例が見受けられます。その後も利用者に何らの損害も発生しなければ、事故事実を家族に知らせない施設さえあるのです。
しかし、意図に反して経過観察中に重篤な容態に陥った時、家族は施設の事故対応を、どのように受け止めるでしょうか?「事故を隠ぺいする意図で受診をしなかったために、適切な処置が遅れ重篤な容態になった」と考え、事故よりも組織ぐるみの隠ぺい工作が重大な不正であると考えます。
事故発生時に家族連絡しないことについて、「家族を煩わせたくないから」と言い訳をする施設がありますが、もってのほかです。事故後の迅速な家族連絡を励行することは、何も隠すことなく家族に知らせている、という姿勢を表すことにもなるのです。施設内で起こることを全て家族が知ることはできませんから、重大事故になればちょっとした疑いでも重大な疑惑になることを肝に銘じなければなりません。■事件性がないのに刑事告訴されるのか?
同じ過失でも、ちょっとした不注意から起きる事故と、誰の目にも明らかに危険と考えられる行為によって起こる事故があります。前者は過失が軽いと判断され、後者は過失が重いとみなされます。職員の過失が重い事故で、死亡などの重大な事故に至れば、職員個人が業務上過失致死傷罪という刑法の罪に問われることがあります(※)。過失が重い(重過失)と判断されるのは、著しく注意を欠いた場合やルールに違反して故意に危険な行為を行った場合などですが、職員個人の注意義務が関係するケースもあります。
事故を起こした職員個人が特別高い注意義務を課されている場合などは、刑事責任が問われやすくなるのです。具体的には、看護師や介護福祉士などの国家資格を持つ者や、職場の安全管理責任を負っているような管理者の職位にある者などが該当します。
実際に、看護師はその国家資格によって高い注意義務を要求されているので、極めて初歩的なミスで重大事故を起こすと、業務上過失致死傷罪に問われるケースが珍しくありません。同様に国家士資格者である介護福祉士も高い注意義務を課されているのです。
本事例ではおそらく事故の直接の結果として死亡しなかった(溺死ではなかった)ので、警察は事件性なしと判断したのでしょう。しかし、故意に安全ベルトの装着を怠った介護職員の過失責任は重く、また、このように明らかに危険な業務を放置した管理者の責任も同様に重いと判断され、被害者から刑事告訴されてしまったのです。被害者が刑事告訴に踏み切ったのは、職員と管理者の責任の他に「隠ぺいしようとした」という組織の責任を追及したかったのかもしれません。
実際に施設の業務運営や設備環境などを、詳細にチェックしてみると常識では考えられないような危険が何の対応もなされず放置されていることが良くあります。特に入所施設は家族の目に触れない部分が多く、チェックが入りにくいので、外部の目で安全管理体制の点検をしない限り改善するのは難しいと思われます。
※刑法第211条:業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
■介護事故で職員が刑事告訴されたら
職員が故意に安全ベルトを装着しなかったために、利用者が浴槽で溺れたのですから、過失が重いことは間違いありません。職員は介護福祉士という国家資格を持つ注意義務も高い者ですから、その責任が重いことは明白です。その上家族は「事故を隠ぺいする意図で経過観察したことが死亡という重大な結果を招いた」と考えていますから、被害者感情はピークに達して、「損害賠償だけでは許せない」と感じています。当然加害者である職員や施設を罰してやろう、という感情が湧いてきます。
事故の発生状況から警察が事件性なしと判断すれば、加害者が刑事責任を問われることがありませんが、被害者は加害者に対する刑事罰を求めて、警察に対して刑事告訴を行うことができます。警察が告訴状を受理すれば、事件として捜査され加害者が刑事罰を受ける可能性があります。
本事例では、警察が業務上過失致死の疑いで介入した段階で、被害者の遺族への対応を手厚く行うべきだったのです。具体的には、理事長などの地位の高い法人の経営者が直接何度も謝罪に足を運ぶこと、安全管理の手落ちを認めて公表し再発防止策を具体的に提示することなどです。そのような対応で実際には被害者は刑事告訴に踏み切ることを思いとどまるケースが多いのです。刑事告訴後であっても被害者への対応によっては告訴を取り下げるケースもありますから、まだ、手遅れではありません。経営者らは被害者遺族に対して誠心誠意の対応をすべきなのです。
交通事故や労災事故などで過失の重い重大事故が発生すると、警察が事件性なしと判断しても、被害者感情を癒すことを重要視して、経営者自ら何度も弔問に訪れるのは被害者の刑事告訴を怖れるからです。介護事業を運営する法人の多くが経営者に当事者意識が乏しく、法人の致命傷につながりかねない危機への対応体制がありません。
■装着しにくい安全ベルトは製品欠陥
最後に「肌が触れると傷ができるほど硬い材質で全ての利用者が装着を嫌がる」という安全ベルトも、大きな問題です。安全ベルトはリフト浴という介護機器が持つリスクを防止するために必要不可欠の安全装置です。入浴用の機器ですから素肌に直接触れることが前提の安全装置なのに、硬い素材で肌が傷ついてしまい装着しにくいのです。このことは、安全装置が機能しないことを意味していますから、製造物責任法の製品欠陥に該当します。ですから、本事例の損害賠償責任も最終的にはメーカーが負担することになるかもしれません。
しかし、施設はこの事故はリフト浴の安全ベルトが原因として、被害者にメーカーに賠償請求するよう求めることはできません。施設は安全な機器を用いて安全なサービス提供をすべき契約上の債務を負っているのですから、「安全な性能の危機に買い替える」「機器の安全性に問題があればメーカーに改善させる」などの対応をしなければなりません。このような介護機器には安全性に関わる製品欠陥が大変多く見受けられ、施設が漫然と放置しているので、事故もたくさん起きています。介護機器メーカーも、「プロなんだから危険な製品も工夫して使用すべき」と改善しません。
消費者庁などから、再三にわたって注意喚起をされているにもかかわらず、施設における介護機器の安全性に対する認識は全く向上せず、多くの機器が危険なまま使用されています。本事例の安全ベルトもメーカーに要求して改善させておけば、刑事告訴という職員個人が罰則を受ける事態には至らなかったはずです。
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20242024.05.27- 「職員による虐待」という匿名の告発クレーム、「返答のしようがない」と放置し市に通報!
【検討事例】ある日ホームページの問い合わせメールで
ある日、ある介護付き有料老人ホーム運営事業者のホームページの「お問い合わせメール」を通じて、匿名のクレームが送られてきました。ある職員を名指しで、利用者に対する5件の暴言が直接話法でリアルにしかもかなりの長文で記述されており、この職員による虐待を改善せよとありました。メールの終わりには「証拠があるので公表する用意がある」と記されていました。発信者は山田花子とありますが、家族に該当者はないので明らかに偽名です。 本社のスタッフはすぐに担当役員に報告し、対応策を検討することになりました。担当役員は、告発者が誰か調査し名指しされた職員にも事情聴取するよう指示しました。告発者はメールアドレスからは分からず、施設長も心当たりはありませんでした。また、名指しされた職員への聞き取り調査も行われましたが、本人は頑強に否定しました。半月ほど調査しましたが、虐待の事実も特定できないため、「匿名の告発では対応のしようがない」として、そのままになりました。その後市役所に同内容の匿名の虐待通報があり録音データも添付されていました。また、有料老人ホームの紹介サイトにも書き込まれ、会社は致命的な痛手を受けました。
■告発内容の信憑性を判断する
管理者は経営者にこの告発メールを迅速に報告します。報告を受けた経営者は、この告発内容の信憑性を慎重に判断します。カッコ書きの5件の暴言が、事実である可能性が高いと判断すれば、何らかの対応をしますが、事実ではないと判断すれば無視してしまうことも選択肢の一つです。
しかし、どちらの対応にも問題が生じます。もし、この告発メールを事実であると判断した場合でも、このメールを証拠として該当職員を懲戒処分にする訳にはいきませんから、対応の方法が問題となります。逆に事実でないと判断してメールを無視した場合、発信者が押さえている“証拠”(おそらく録音音声)をマスコミなどに公表されたら、経営には大きな痛手となります。家族の名を語った職員の内部告発かもしれません。発信者が匿名故にその対応が難しいのです。
経営者の意識が高ければ、メールに書かれた職員の暴言の真偽を慎重に判断して、よほど信憑性に欠けない限り事実である可能性が高いと判断するでしょう。では、事実である可能性が高いと判断した場合は、経営者はどのように対応したら良いでしょうか?
■発信者に改善の対応を伝える
告発メールが事実であると判断した場合、調査を行いその結果をもって迅速に改善の対応を行い、これを発信者に伝えます。なぜなら、発信者に施設の改善の対応が伝わらなければ、“証拠”を公表されるかもしれないからです。対応の手順は次の通りです。まず、当該職員に告発メールの事実を伝え、暴言とされる発言の真偽を問います。本人が事実ではないと回答した場合でも、日常の業務態度や管理者の指導状況から職員の回答の信憑性を判断します。本人が否定しても、様々な状況から事実であると判断すれば、改善の対応を行わなければなりません。
重要なことは、虐待の嫌疑など職員の不正を疑うクレームがあった時、職員への事実確認はそれほど意味を持たないということです。刑事処分の可能性がある不正に対して、事実を述べる職員は少ないからです。大切なのは「その職員が不正を行った可能性が高いか?」を、経営者が公正に判断することです。「本人が否定しているから不正は無いと判断しました」という対応では、クレームの申立者は納得しません。
■どのように改善の対応を行うのか?
本人が否定したにもかかわらず、虐待の可能性が高いと経営者が判断した場合、どのような対応をすれば良いでしょうか?証拠がなければ本人を懲戒処分にすることはできませんから、「業務の都合による配置転換(人事異動)」という対応が良いでしょう。ただし、配置転換の権限は使用者にありますが、合理性を欠く場合は権利の濫用とみなされることがあります。ですから、クレーム内容と職員への調査から、クレームが事実である可能性が高いと役員会で公正に決定します。役員会で公正な意思決定をしても、本人から異議を唱えられたら少し弱いとは思いますが、リスク回避のためには経営判断もリスクを伴うのです。最後に施設の掲示板に、「職員の不適切な発言についてご家族よりクレームがあり、改善の対応を行った」と告知分を貼り出します。もちろん、職員名は伏せておきます。
このように、匿名のクレームや内部通報は扱いが難しいのですが、経営者は危機に遭遇した時最悪のケースを想定した対応をしなければなりません。老人ホーム紹介業のサイトの口コミなどに、書き込まれて炎上したら会社の存亡にかかわります。
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20242024.03.28- 半年で3件骨折事故が発生、「意識が低いから事故が減らない」と責める管理者
【検討事例】3件の転倒事故を問題視する管理者
デイサービスさくらでは、半年で3件も転倒骨折事故が起きてしまいました。
1件目は認知症利用者が徘徊中に転倒、2件目はソファでうたた寝していた利用者が急に起き上がり転倒、3件目は浴室のリフトからシャワーキャリーへの移乗時の転倒でした。
法人のリスクマネジメント委員会で対策を迫られた所長は、デイの職員に「こんな短期間に3件も転倒骨折事故が起きるなんて前代未聞。最近はヒヤリハットの件数が少なく、事故防止の意識が低いことが原因。1ケ月に5件は提出するように」と言いました。次第にデイの職員は、「転ぶと危ないから座って」と露骨に利用者の行動を規制するようになり、笑顔が少ない活気のないデイサービスになっていきました。■意識が高くても全ての事故は防げない
デイサービスで起きた事故の件数を問題にして、「意識が低い」と職員を責めることはマネジメント上問題があります。介護事故では防げない事故が大変多いのですから、防げない事故を防げと言われても、職員は反発するだけです。
まず、事故が起きた時その事故が「防ぐべき事故なのか、防げない事故なのか」をきちんと区分をして、防ぐべき事故に対して優先的に防止対策を講じて下さい。介護の現場には防げない事故がたくさんあります。これを認めずに全ての事故に対して、事故防止対策の徹底強化などの指示を出すと、「立ち上がるから転倒するんだ、できるだけお立ちいただかないように静かに座っていただこう」などと、身体拘束まがいの行動抑制が始まります。■防ぐべき事故とはどんな事故か?
では、防ぐべき事故と防げない事故はどのように区分したら良いのでしょうか?
次の図のように、防ぐべき事故とは“施設側に過失がある事故”すなわち過誤と言われる事故なのです。
過失のある事故とは、やるべき事故防止対策をきちんとやれば防げる事故に対して、やるべきことを怠ったために起きる事故だからです。逆に過失の無い事故は、やるべきことをきちんとやっても防げない事故ですから、これらは防げなくても仕方がないのです(当然法的責任も問われません)。■実際に事故を区分して見ると
デイサービスさくらで起きた3件の事故をこの観点で区分してみましょう。
1件目の転倒事故は、ソファから立ち上がっていきなり転倒した事故ですから、防ぐことは不可能です。
2件目の認知症の利用者の徘徊中の転倒事故も防げません。
ですから、この2件の事故は過失にはならないでしょう。
しかし、リフトからシャワーキャリーへの移乗中の転倒事故は、やるべきことを怠ったために起きた事故ですから明らかに過失になります。ですから、この事故は原因を分析して徹底した再発防止策を講じなければなりません。■事故を一律に扱ってはいけない
このような事故の区分を明確にするために、ソファからの転倒や認知症利用者の徘徊時の転倒など、利用者の自発的な生活動作によって起きる事故を「生活事故」と呼んで、移乗介助中の転倒などの「介護事故」と区別をしている施設もあります。
防ぐことが難しい生活事故も全て徹底して防ごうとすると、必ず利用者の生活行為の制限や抑制につながってしまいますから、デイサービスさくらの所長は3件の事故を一律に扱ってはいけなかったのです。「優先して対策を講じるのは明らかな過失となる移乗介助中の事故だ。介助動作や福祉用具・介助環境、利用者の入浴時の身体状況などを綿密にチェックし、再発防止策を講じなさい」と指示をするべきでした。それでは利用者の自発動作による事故などの、防げない事故に対しては何の対応もせずに放置してよいのでしょうか?■防げない事故への対策は?
防げない事故に対して講じる対策の一つとして「損害軽減策」という対策があります。この対策は「未然に事故を防ぐのではなく、事故が発生してもケガをさせない(もしくは軽減する)」という方法で、生活事故に対してはかなり有効な対策となります。
前述の防げない2件の事故を例にとってご説明しましょう。
ソファから立ち上がりいきなり転倒するケースでは、ソファの前方の床に衝撃吸収材を敷いて(床に貼り付ける)転倒しても骨折をさせないようにする対策があります。ソファから手の届くところに少し重いイスを置いておくと、立ち上がる時ほとんどの利用者がイスの肘掛などに掴まりますから、転倒を防ぐことに役立ちますし転倒しても大きなケガをしません。
また、認知症利用者の徘徊中の転倒防止策では、「安全に歩くための条件作り」と「転倒してもケガをさせないための損害軽減策」の2つの対策を基本とします。安全に歩くための条件作りとは、「履きなれた安全な履物」「歩きやすい服装」「杖などの歩行補助用具」などです。次に転倒してもケガをさせないための損害軽減策については、大腿骨を保護するサポーターベルトを付けてもらったり、レッグウォーマーを膝まで上げて膝を保護するなど骨折防止対策が有効です。
このように転倒した時の骨折防止対策を講じても防げない骨折事故はありますから、家族に「防げない事故がある」ということを理解してもらう取組も重要です。