投稿者: anzen-kaigo 一覧

  • 05/27
    2024
    2024.05.27
    リフト浴で溺水死亡事故、職員が刑事責任

    【検討事例】リフトでバランスを崩して溺水、肺水腫で死亡
    Mさん(90歳女性)は要介護度4の特養入所者で、入浴介助は固定式のリフト浴で行っています。ある日、介護職員(介護福祉士)がMさんを入浴させようとすると、いつものように安全ベルトの装着を嫌がります。安全ベルトの材質が硬いため、きちんと装着すると肌が痛いのです。仕方なく安全ベルトを装着せずに、そのままリフトを浴槽に下ろしましたが、お湯に浸かる時に突然バランスを崩して、顔がお湯に浸かってしまいました。介護職員は慌ててリフトを上げましたが、Mさんがひどくむせ込むので、看護師を呼んでバイタルチェックの上、居室で安静にして様子を見ることにしました。
    ところが、その日の晩11時頃、Mさんがひどく咳き込み、唾液に血液が混じっていたため救急搬送しました。病院では、カテーテル挿入時に血尿が見られ、吐血もあったためICUで抗生剤の点滴投与を受けました。医師が「雑菌の多い風呂のお湯が肺に入り肺水腫を起こしている」と駆けつけて来た息子さんに説明したため、激怒して相談員に詰め寄る息子さんに対して、「リフト浴の介助ミスでお湯に顔が浸かってしまった」と相談員が何度も謝罪しました。
    Mさんが翌日死亡したため、警察が業務上過失致死の疑いで介護職員に事情を聴取しましたが、事件性なしとして捜査はありませんでした。しかし、息子さんは職員に事故状況を聞いて回り、安全ベルトの不装着が事故原因であったことを聞き出し、加害者である職員と施設長を警察に刑事告訴しました。施設長は損害賠償金の上乗せを提示しましたが、「施設は事故を隠ぺいしようとした、許せない」と言って交渉には応じてくれません。

    ■事故の隠ぺいと受け取られた
    リフト浴でバランスを崩して溺水し浴槽のお湯を飲んだことは、明らかな事故でありヒヤリハットではありません。事故が発生した時家族連絡を入れること、経過観察する場合に家族の了解を得ることは事故対応の原則です。
    ところが、勝手な判断でルールを曲げる職員がいます。「誤薬したのに家族連絡もせず経過観察をする」「誤えんしたがすぐに回復したので家族連絡せず受診もしない」などの事例が見受けられます。その後も利用者に何らの損害も発生しなければ、事故事実を家族に知らせない施設さえあるのです。
    しかし、意図に反して経過観察中に重篤な容態に陥った時、家族は施設の事故対応を、どのように受け止めるでしょうか?「事故を隠ぺいする意図で受診をしなかったために、適切な処置が遅れ重篤な容態になった」と考え、事故よりも組織ぐるみの隠ぺい工作が重大な不正であると考えます。
    事故発生時に家族連絡しないことについて、「家族を煩わせたくないから」と言い訳をする施設がありますが、もってのほかです。事故後の迅速な家族連絡を励行することは、何も隠すことなく家族に知らせている、という姿勢を表すことにもなるのです。施設内で起こることを全て家族が知ることはできませんから、重大事故になればちょっとした疑いでも重大な疑惑になることを肝に銘じなければなりません。

    ■事件性がないのに刑事告訴されるのか?
     同じ過失でも、ちょっとした不注意から起きる事故と、誰の目にも明らかに危険と考えられる行為によって起こる事故があります。前者は過失が軽いと判断され、後者は過失が重いとみなされます。職員の過失が重い事故で、死亡などの重大な事故に至れば、職員個人が業務上過失致死傷罪という刑法の罪に問われることがあります(※)。過失が重い(重過失)と判断されるのは、著しく注意を欠いた場合やルールに違反して故意に危険な行為を行った場合などですが、職員個人の注意義務が関係するケースもあります。
    事故を起こした職員個人が特別高い注意義務を課されている場合などは、刑事責任が問われやすくなるのです。具体的には、看護師や介護福祉士などの国家資格を持つ者や、職場の安全管理責任を負っているような管理者の職位にある者などが該当します。
    実際に、看護師はその国家資格によって高い注意義務を要求されているので、極めて初歩的なミスで重大事故を起こすと、業務上過失致死傷罪に問われるケースが珍しくありません。同様に国家士資格者である介護福祉士も高い注意義務を課されているのです。
    本事例ではおそらく事故の直接の結果として死亡しなかった(溺死ではなかった)ので、警察は事件性なしと判断したのでしょう。しかし、故意に安全ベルトの装着を怠った介護職員の過失責任は重く、また、このように明らかに危険な業務を放置した管理者の責任も同様に重いと判断され、被害者から刑事告訴されてしまったのです。被害者が刑事告訴に踏み切ったのは、職員と管理者の責任の他に「隠ぺいしようとした」という組織の責任を追及したかったのかもしれません。
    実際に施設の業務運営や設備環境などを、詳細にチェックしてみると常識では考えられないような危険が何の対応もなされず放置されていることが良くあります。特に入所施設は家族の目に触れない部分が多く、チェックが入りにくいので、外部の目で安全管理体制の点検をしない限り改善するのは難しいと思われます。
    ※刑法第211条:業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

    ■介護事故で職員が刑事告訴されたら
    職員が故意に安全ベルトを装着しなかったために、利用者が浴槽で溺れたのですから、過失が重いことは間違いありません。職員は介護福祉士という国家資格を持つ注意義務も高い者ですから、その責任が重いことは明白です。その上家族は「事故を隠ぺいする意図で経過観察したことが死亡という重大な結果を招いた」と考えていますから、被害者感情はピークに達して、「損害賠償だけでは許せない」と感じています。当然加害者である職員や施設を罰してやろう、という感情が湧いてきます。
     事故の発生状況から警察が事件性なしと判断すれば、加害者が刑事責任を問われることがありませんが、被害者は加害者に対する刑事罰を求めて、警察に対して刑事告訴を行うことができます。警察が告訴状を受理すれば、事件として捜査され加害者が刑事罰を受ける可能性があります。
     本事例では、警察が業務上過失致死の疑いで介入した段階で、被害者の遺族への対応を手厚く行うべきだったのです。具体的には、理事長などの地位の高い法人の経営者が直接何度も謝罪に足を運ぶこと、安全管理の手落ちを認めて公表し再発防止策を具体的に提示することなどです。そのような対応で実際には被害者は刑事告訴に踏み切ることを思いとどまるケースが多いのです。刑事告訴後であっても被害者への対応によっては告訴を取り下げるケースもありますから、まだ、手遅れではありません。経営者らは被害者遺族に対して誠心誠意の対応をすべきなのです。
     交通事故や労災事故などで過失の重い重大事故が発生すると、警察が事件性なしと判断しても、被害者感情を癒すことを重要視して、経営者自ら何度も弔問に訪れるのは被害者の刑事告訴を怖れるからです。介護事業を運営する法人の多くが経営者に当事者意識が乏しく、法人の致命傷につながりかねない危機への対応体制がありません。
     
    ■装着しにくい安全ベルトは製品欠陥
    最後に「肌が触れると傷ができるほど硬い材質で全ての利用者が装着を嫌がる」という安全ベルトも、大きな問題です。安全ベルトはリフト浴という介護機器が持つリスクを防止するために必要不可欠の安全装置です。入浴用の機器ですから素肌に直接触れることが前提の安全装置なのに、硬い素材で肌が傷ついてしまい装着しにくいのです。このことは、安全装置が機能しないことを意味していますから、製造物責任法の製品欠陥に該当します。ですから、本事例の損害賠償責任も最終的にはメーカーが負担することになるかもしれません。
     しかし、施設はこの事故はリフト浴の安全ベルトが原因として、被害者にメーカーに賠償請求するよう求めることはできません。施設は安全な機器を用いて安全なサービス提供をすべき契約上の債務を負っているのですから、「安全な性能の危機に買い替える」「機器の安全性に問題があればメーカーに改善させる」などの対応をしなければなりません。このような介護機器には安全性に関わる製品欠陥が大変多く見受けられ、施設が漫然と放置しているので、事故もたくさん起きています。介護機器メーカーも、「プロなんだから危険な製品も工夫して使用すべき」と改善しません。
     消費者庁などから、再三にわたって注意喚起をされているにもかかわらず、施設における介護機器の安全性に対する認識は全く向上せず、多くの機器が危険なまま使用されています。本事例の安全ベルトもメーカーに要求して改善させておけば、刑事告訴という職員個人が罰則を受ける事態には至らなかったはずです。

  • 05/27
    2024
    2024.05.27
    「職員による虐待」という匿名の告発クレーム

    【検討事例】ある日ホームページの問い合わせメールで
    ある日、ある介護付き有料老人ホーム運営事業者のホームページの「お問い合わせメール」を通じて、匿名のクレームが送られてきました。ある職員を名指しで、利用者に対する5件の暴言が直接話法でリアルにしかもかなりの長文で記述されており、この職員による虐待を改善せよとありました。メールの終わりには「証拠があるので公表する用意がある」と記されていました。発信者は山田花子とありますが、家族に該当者はないので明らかに偽名です。  本社のスタッフはすぐに担当役員に報告し、対応策を検討することになりました。担当役員は、告発者が誰か調査し名指しされた職員にも事情聴取するよう指示しました。告発者はメールアドレスからは分からず、施設長も心当たりはありませんでした。また、名指しされた職員への聞き取り調査も行われましたが、本人は頑強に否定しました。半月ほど調査しましたが、虐待の事実も特定できないため、「匿名の告発では対応のしようがない」として、そのままになりました。その後市役所に同内容の匿名の虐待通報があり録音データも添付されていました。また、有料老人ホームの紹介サイトにも書き込まれ、会社は致命的な痛手を受けました。
    ■告発内容の信憑性を判断する
    管理者は経営者にこの告発メールを迅速に報告します。報告を受けた経営者は、この告発内容の信憑性を慎重に判断します。カッコ書きの5件の暴言が、事実である可能性が高いと判断すれば、何らかの対応をしますが、事実ではないと判断すれば無視してしまうことも選択肢の一つです。
    しかし、どちらの対応にも問題が生じます。もし、この告発メールを事実であると判断した場合でも、このメールを証拠として該当職員を懲戒処分にする訳にはいきませんから、対応の方法が問題となります。逆に事実でないと判断してメールを無視した場合、発信者が押さえている“証拠”(おそらく録音音声)をマスコミなどに公表されたら、経営には大きな痛手となります。家族の名を語った職員の内部告発かもしれません。発信者が匿名故にその対応が難しいのです。
    経営者の意識が高ければ、メールに書かれた職員の暴言の真偽を慎重に判断して、よほど信憑性に欠けない限り事実である可能性が高いと判断するでしょう。では、事実である可能性が高いと判断した場合は、経営者はどのように対応したら良いでしょうか?
    ■発信者に改善の対応を伝える
    告発メールが事実であると判断した場合、調査を行いその結果をもって迅速に改善の対応を行い、これを発信者に伝えます。なぜなら、発信者に施設の改善の対応が伝わらなければ、“証拠”を公表されるかもしれないからです。対応の手順は次の通りです。まず、当該職員に告発メールの事実を伝え、暴言とされる発言の真偽を問います。本人が事実ではないと回答した場合でも、日常の業務態度や管理者の指導状況から職員の回答の信憑性を判断します。本人が否定しても、様々な状況から事実であると判断すれば、改善の対応を行わなければなりません。
     重要なことは、虐待の嫌疑など職員の不正を疑うクレームがあった時、職員への事実確認はそれほど意味を持たないということです。刑事処分の可能性がある不正に対して、事実を述べる職員は少ないからです。大切なのは「その職員が不正を行った可能性が高いか?」を、経営者が公正に判断することです。「本人が否定しているから不正は無いと判断しました」という対応では、クレームの申立者は納得しません。
    ■どのように改善の対応を行うのか?
    本人が否定したにもかかわらず、虐待の可能性が高いと経営者が判断した場合、どのような対応をすれば良いでしょうか?証拠がなければ本人を懲戒処分にすることはできませんから、「業務の都合による配置転換(人事異動)」という対応が良いでしょう。ただし、配置転換の権限は使用者にありますが、合理性を欠く場合は権利の濫用とみなされることがあります。ですから、クレーム内容と職員への調査から、クレームが事実である可能性が高いと役員会で公正に決定します。役員会で公正な意思決定をしても、本人から異議を唱えられたら少し弱いとは思いますが、リスク回避のためには経営判断もリスクを伴うのです。最後に施設の掲示板に、「職員の不適切な発言についてご家族よりクレームがあり、改善の対応を行った」と告知分を貼り出します。もちろん、職員名は伏せておきます。
    このように、匿名のクレームや内部通報は扱いが難しいのですが、経営者は危機に遭遇した時最悪のケースを想定した対応をしなければなりません。老人ホーム紹介業のサイトの口コミなどに、書き込まれて炎上したら会社の存亡にかかわります。

  • 05/09
    2024
    2024.05.09
    6月安全な介護オンラインセミナーのご案内

    ■一斉配信動画セミナー「送迎車降ろし忘れ事故の防止対策」(6/1)
    ■安全な介護セミナー「原因不明の傷・アザ・骨折への対応策」(6/5)
    ■安全な介護塾「豪雨災害対策と避難経路検討」(6/19)
    ■オンライン職員研修「感染症対策編」(6/20)
    ■事故事例検討会(6/24)
    ■無料セミナー「15の事例に学ぶ事故防止策検討(訪問介護)」(6/29)
    ≫セミナーパンフレットはこちらから

  • 05/09
    2024
    2024.05.09
    安全な介護にゅーす5月号 

    「センサーがうるさく鳴るので動けないようにしようと思った」
    頻回なセンサーコールに逆上し、利用者を身体拘束・虐待、防止対策は?
    安全な介護にゅーすを無料配信しています。≫読者登録はこちらから

  • 04/15
    2024
    2024.04.15
    リスクマネジメント情報室無料動画配信 2024年度予定表

    ■リスクマネジメント情報室で会員向けに毎月無料配信している、動画セミナーの2024年度の予定表をお届けします。テキストも付いていますから毎月職員研修会ができます。リスクマネジメント情報室の会員になって、研修会をやりませんか?
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  • 03/28
    2024
    2024.03.28
    「意識が低いから事故が減らない」と責める管理者

    【検討事例】3件の転倒事故を問題視する管理者
    デイサービスさくらでは、半年で3件も転倒骨折事故が起きてしまいました。
    1件目は認知症利用者が徘徊中に転倒、2件目はソファでうたた寝していた利用者が急に起き上がり転倒、3件目は浴室のリフトからシャワーキャリーへの移乗時の転倒でした。
    法人のリスクマネジメント委員会で対策を迫られた所長は、デイの職員に「こんな短期間に3件も転倒骨折事故が起きるなんて前代未聞。最近はヒヤリハットの件数が少なく、事故防止の意識が低いことが原因。1ケ月に5件は提出するように」と言いました。次第にデイの職員は、「転ぶと危ないから座って」と露骨に利用者の行動を規制するようになり、笑顔が少ない活気のないデイサービスになっていきました。

    ■意識が高くても全ての事故は防げない
    デイサービスで起きた事故の件数を問題にして、「意識が低い」と職員を責めることはマネジメント上問題があります。介護事故では防げない事故が大変多いのですから、防げない事故を防げと言われても、職員は反発するだけです。
    まず、事故が起きた時その事故が「防ぐべき事故なのか、防げない事故なのか」をきちんと区分をして、防ぐべき事故に対して優先的に防止対策を講じて下さい。介護の現場には防げない事故がたくさんあります。これを認めずに全ての事故に対して、事故防止対策の徹底強化などの指示を出すと、「立ち上がるから転倒するんだ、できるだけお立ちいただかないように静かに座っていただこう」などと、身体拘束まがいの行動抑制が始まります。

    ■防ぐべき事故とはどんな事故か?
    では、防ぐべき事故と防げない事故はどのように区分したら良いのでしょうか?
    次の図のように、防ぐべき事故とは“施設側に過失がある事故”すなわち過誤と言われる事故なのです。
    過失のある事故とは、やるべき事故防止対策をきちんとやれば防げる事故に対して、やるべきことを怠ったために起きる事故だからです。逆に過失の無い事故は、やるべきことをきちんとやっても防げない事故ですから、これらは防げなくても仕方がないのです(当然法的責任も問われません)。

    ■実際に事故を区分して見ると
    デイサービスさくらで起きた3件の事故をこの観点で区分してみましょう。
    1件目の転倒事故は、ソファから立ち上がっていきなり転倒した事故ですから、防ぐことは不可能です。
    2件目の認知症の利用者の徘徊中の転倒事故も防げません。
    ですから、この2件の事故は過失にはならないでしょう。
    しかし、リフトからシャワーキャリーへの移乗中の転倒事故は、やるべきことを怠ったために起きた事故ですから明らかに過失になります。ですから、この事故は原因を分析して徹底した再発防止策を講じなければなりません。

    ■事故を一律に扱ってはいけない
    このような事故の区分を明確にするために、ソファからの転倒や認知症利用者の徘徊時の転倒など、利用者の自発的な生活動作によって起きる事故を「生活事故」と呼んで、移乗介助中の転倒などの「介護事故」と区別をしている施設もあります。
    防ぐことが難しい生活事故も全て徹底して防ごうとすると、必ず利用者の生活行為の制限や抑制につながってしまいますから、デイサービスさくらの所長は3件の事故を一律に扱ってはいけなかったのです。「優先して対策を講じるのは明らかな過失となる移乗介助中の事故だ。介助動作や福祉用具・介助環境、利用者の入浴時の身体状況などを綿密にチェックし、再発防止策を講じなさい」と指示をするべきでした。それでは利用者の自発動作による事故などの、防げない事故に対しては何の対応もせずに放置してよいのでしょうか?

    ■防げない事故への対策は?
    防げない事故に対して講じる対策の一つとして「損害軽減策」という対策があります。この対策は「未然に事故を防ぐのではなく、事故が発生してもケガをさせない(もしくは軽減する)」という方法で、生活事故に対してはかなり有効な対策となります。
    前述の防げない2件の事故を例にとってご説明しましょう。
    ソファから立ち上がりいきなり転倒するケースでは、ソファの前方の床に衝撃吸収材を敷いて(床に貼り付ける)転倒しても骨折をさせないようにする対策があります。ソファから手の届くところに少し重いイスを置いておくと、立ち上がる時ほとんどの利用者がイスの肘掛などに掴まりますから、転倒を防ぐことに役立ちますし転倒しても大きなケガをしません。
    また、認知症利用者の徘徊中の転倒防止策では、「安全に歩くための条件作り」と「転倒してもケガをさせないための損害軽減策」の2つの対策を基本とします。安全に歩くための条件作りとは、「履きなれた安全な履物」「歩きやすい服装」「杖などの歩行補助用具」などです。次に転倒してもケガをさせないための損害軽減策については、大腿骨を保護するサポーターベルトを付けてもらったり、レッグウォーマーを膝まで上げて膝を保護するなど骨折防止対策が有効です。
    このように転倒した時の骨折防止対策を講じても防げない骨折事故はありますから、家族に「防げない事故がある」ということを理解してもらう取組も重要です。

  • 03/28
    2024
    2024.03.28
    転倒骨折、入院先で死亡。キーパーソンは納得、次男が訴訟提起

    【検討事例】利用者が亡くなると兄弟が黙っていない
    特養に入所していたKさんは、ある日職員のミスで転倒し骨折してしまいました。キーパーソンの長男は「施設にお世話になっている」と、何も要求しませんでした。ところが、1週間後に入院先の病院でKさんが亡くなると、様相が一変しました。葬儀のため帰省した東京在住の次男が「施設の過失による事故で死亡した」と主張して、施設に賠償を求めて来たのです。「施設には大変お世話になったのだから」と長男が諌めても、納得しない次男は長男に相談なく賠償訴訟を起こしました。今回は、事故発生時のキーパーソン対応について考えます。

    ■キーパーソンへの依存は禁物
    この事故で施設側は、キーパーソンの長男が次男を説得してくれるだろうと安心していました。ところが、利用者が事故をきっかけに亡くなると、葬儀に集まった子から異論が出ました。次男は長男に「お兄さんは施設に世話になっているという負い目があるから」と、施設に対する弱腰な姿勢を責めます。他の子も次男と同じ意見です。次男は「私がお兄さんの代わりに施設と交渉する」と言って、施設に乗り込みます。
    ここでも、長男は「施設には大変お世話になっているから」と次男を諌めようとしました。「長男に任せておいても、施設に賠償請求はできない」と考えた次男は、東京に戻ってから弁護士を雇い訴訟を起こしたのです。相続権がある子であれば誰でも損害賠償訴訟を起こせますから、「長男が施設の味方をしてくれていたのに」と悔やんでも後の祭りです。
    この事件のように、利用者の存命中は利用者に関する全ての決定権がキーパーソンの長男に一任されていて、他の子は異議を唱えません。しかし、いざ利用者が亡くなると相続財産も絡んで様々な諍いが起こり、施設での事故にまで責任追及が及びます。キーパーソンという家族は利用者の在宅介護を経験している家族が多く、比較的施設運営に関して理解があり、施設ともコンセンサスの取りやすい存在です。しかし、他の子の中では「権利の主張もできないお人好し」という評価になってしまうのです。

    ■配偶者のキーパーソンは子に弱い
    次は、配偶者がキーパーソンという事例を挙げましょう。重い認知症の妻を献身的に介護してきた、キーパーソンの夫の事例の事例です。利用者がトイレ介助中に暴れて転倒し骨折してしまいましたが、日頃から手のかかる妻の介護に恐縮している夫は治療費の請求をしませんでした。ところが、事故の知らせを聞いて実家に帰って来た次女が、父の態度に異議を唱えたのです。「施設の過失で転倒骨折したのだから、施設が治療費を支払うのは当たり前」と、父に代わって施設に賠償請求をしてきたのです。
    利用者の妻は83歳でキーパーソンの夫は81歳です。これくらいの高齢になると家族の中の主導権は子が握っていて、父と言えどもいざと言う時には子の意見には従わざるを得ません。次女は執拗に慰謝料の金額にこだわり、二言目には「訴訟」を口にする権利主張の強い人でしたから、解決までには施設も大変苦労しました。この施設ではこのトラブル以降、利用者のキーパーソンが配偶者の場合は、必ずセカンドキーパーソンとして、子を指定してもらい人間関係を作るよう努めています。「お父様がご病気などの時に、施設から必要なご連絡をさせていただくお父様の代わりのご家族を決めて下さい」とお願いしているのです。キーパーソンが利用者の配偶者では、ご高齢ですから何があっても不思議ではありません。

    ■キーパーソンの代替わり
    18年前に特養に入所された利用者Hさん(女性)は当時78歳でキーパーソンの息子さんは56歳でした。18年経った今、ご本人は96歳でキーパーソンの息子さんも74歳になってしまいました。息子さんは会社を退職して毎日のように施設にやってきますから、施設としては息子さんと信頼関係も十分にできていて、大きな問題は起こりませんでした。
    ところが、ある時Hさんが居室で転倒して大たい骨を骨折してしまいました。相談員は、息子さんに対して「夜中にベッドから降りようとして転倒したので、防ぎようがなかった」と不可抗力であることを説明しました。しかし、突然お孫さんが来所され「介護記録と事故報告書を見せて欲しい」と言って来ました。相談員が驚いてキーパーソンの息子さんに電話をすると「今回の事故の件は息子(孫)が対応する」と言われてしまいました。
    お孫さんは53歳と働き盛りで世帯の生計維持者ですから、施設入所の祖母が入院すれば費用を負担しなければなりません。施設が気付かない間に世代交代が起こり、利用者の息子さんは既に家族の中心的存在ではなかったのです。利用者が高齢化しキーパーソンの家族も同様に高齢化してきていますから、事故が起きた時はキーパーソンだけでなく家族の決定権者が誰かを見極めて対応しなければなりません。

  • 03/28
    2024
    2024.03.28
    薬袋の氏名を読み間違えて同じ利用者を2回誤薬

    【検討事例】ある障害者施設の誤薬事故
    R障害者支援施設は、入所定員60名の知的障害者施設です。4か月前からお薬カードを使って服薬時には利用者の顔写真で本人確認を行うようになりました。ところが、同じ利用者の薬を2回誤薬するという事故が起こりました。誤薬事故の原因は、利用者の薬袋をお薬ボックスから取り出す時に、利用者の氏名を読み間違えたことでした。マニュアル通りに「職員2名で日付と利用者名を声に出して確認」していながら、2人とも間違いに気づかなかったのです。法人のリスクマネジメント委員会で再発防止策を議論しましたが、「確認ツールをここまで揃えているのに間違えるのではお手上げ。職員の個人的な責任だ。こんなボーっとしていては困る」と、否定的な意見ばかりです。
    ■薬の確認に集中できない現場の環境
    ヒューマンエラーの防止対策は注意力や集中力などの個人の能力に委ねてはいけません。R施設では、利用者の取り違えによる誤薬事故が多かったことから、利用者の顔写真を使って本人確認を行う手順に変えたため利用者の取り違えは無くなりました。ところが、薬の取り違えが立て続けに起きて問題になったのです。では、薬の取り違えの原因は何なのでしょうか?
    誤薬防災マニュアルでは、お薬ボックスから薬をピックアップした後に、他の職員に声をかけて二人で利用者名を読み上げてダブルチェックすることになっていますが、このチェック方法は機能しているのでしょうか?実際の食事介助の場面を見せてもらいました。
    食事介助の場面を見て少し驚いたのですが、ひどく騒々しくドタバタしているのです。食事が終わった順に与薬を始めるのですが、食事が終わった利用者は誰一人としてジッとしていません。食堂を歩き回る利用者や部屋に戻っていこうとする利用者を呼び止めて、席に座らせて慌ただしく服薬介助をします。部屋まで追いかけて行って服薬させている職員までいます。高齢者施設では考えられない、凄まじい光景です。
    こんなドタバタした環境で、手に取った薬袋の氏名を読み上げても、注意深く確認することはできそうにもありません。服薬確認のために呼び止められた職員は、迷惑そうで明らかに嫌々対応しているのが分かります。
    実はダブルチェックというチェック方法は厳密に言うと、2種類あるのです。一つ目は本事例のように、チェックの回数は1回で二人の人がチェックするという「二人チェック」という方法で、もう一つは場面を変えて2回チェックするという「二場面チェック」という方法です。前者はお互いが相手にチェックを依存してしまうという欠点がありますから、後者の二場面チェックの方が有効と言われています。

    ■ボーっとしていても間違いに気付く方法
    さて、このような集中力が全く働かなくなるような最悪の環境ですから、職員の集中力に頼るのは無謀ということになります。そこで、少し視点を変えて「集中しなくても間違いに気付くようにできないか?」という工夫をすることにしました。
    まず、お薬ボックスが置いてある場所が暗いことに気付きました。お薬ボックスを明るい場所に移しただけで、薬袋の氏名の印字ははるかに読みやすくなりました。次にお薬ボックスに付いているタグの文字が手書きでしかも悪筆で読みにくいので、テプラで印字してきれいに貼りなおしました。さて、その後調剤薬局が一包化してくれた薬袋を見ると、なぜか氏名の印字だけが大変小さいことに気付きました。
    氏名の印字が小さいのに、昼食後などの服薬のタイミングの表示だけやたら大きな字なのです。こんな小さい字を薄暗い場所で読んだら、誰だって読み間違いが起こります。もっと大きな字にはできないのでしょうか?ダメ元で調剤薬局に問い合わせてみました。
    すると、調剤薬局の薬剤師さんが「そう言えば氏名の字が小さいですね。大きくしてみますが、何ポイントくらいがいいですか?」と気軽に文字サイズの変更に応じてくれたのです。色々聞いてみると、氏名の印字が小さい理由も教えてくれました。もともと、一包化のサービスは居宅で自分の薬の管理ができなくなってしまう高齢者のために考案されたもので、一包化された印字を確認しながらお薬カレンダーにセットしていくというものなのです。居宅であれば本人しかいませんから、氏名の印字を大きく表示する必要がなかったのです。
    欲が出てきた私たちは調子に乗って、薬剤師さんに「朝、昼、晩、眠前と色を変えてもらえませんか?」とお願いしたら、気持ちよく応じてくれました。

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