投稿者: anzen-kaigo 一覧

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    グループホーム外出行事中の行方不明事故で捜索の遅れに激怒する家族、原因は職員配置?

    【検討事例】
     グループホームの外出行事で、有名な神社に花見に行きました。出発した時は曇りでしたが、到着すると小雨が降って来て、傘をさして参拝することになりました。職員3名と利用者5名(うち1名は車椅子)で参拝し、送迎車に戻ろうとすると、Mさんが見当たりません。まだ、午後2時だったので、神社を職員でくまなく探しましたが、5時になっても見つからず家族連絡の上警察に捜索願を出しました。デイの職員総出で探しましたが、その日は発見に至らず、3日後になって隣の市で警察に保護され、家族と大きなトラブルになりました。
    ■職員配置は事故原因ではない
    この事故で、家族と大きなトラブルになったグループホームでは、重大な問題と受け止め原因と対策を話し合いました。すると、「職員配置に問題があった」という意見が大半を締めました。つまり、5名の利用者(1名は車椅子)に対して職員3名では少ないので、人数を増やすべきだったというのです。本当にそうでしょうか?では職員を何名に増やしたら事故は防げたのでしょうか?
    介護職員は自分たちの見守りによって、全ての事故を防ごうとするので、事故が起きると職員数が足りなかったなどと、的外れな指摘をしてしまいます。この事故では、職員配置の問題より「なぜ小雨の中人が混んでいる神社に行かなければならなかった」という方が問題なのです。外出行事は施設内とは環境が異なり、天候などの外的な条件に著しく左右されますから、本事例の事故原因の第一は、「わざわざ小雨の中人混みに出かけたこと」だったのです。
    職員は外出行事先の選定の問題になると、「この地域だったら○○神社が有名だから」と、名所のような場所を選びますが、利用者はそんなことにこだわるでしょうか?何十年も地域で暮らしていれば、名所など何度も訪れていて今更行こうと思わないでしょう。外出行事はみんなででかける非日常が楽しみなのですから、場所はどこでも良いのです。
    ■なぜ職員だけで捜索するのか?
    次の原因は、職員だけで3時間も探していたことです。人出の多い混雑した神社で、職員2名(1名は他の利用者の対応)で認知症の利用者を探し出せる訳がありません。たとえ、天候などの外的な条件が悪くなくても、職員が利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、もっと有効な対応方法を決めておかなければなりません。具体的には、神社の管理事務所などの係員に応援を求めたり、放送を使って呼び出しをすると決めておけば良いのです。結果的に、すぐに発見できなかったことで、神社の外へ出て隣の市まで歩いて行ってしまい、翌日夜まで発見できず大きな騒ぎになってしまったのです。行方不明の対策は見失わないことも大切ですが、見失った時どのように効果的な捜索ができるかにかかっていると言っても過言ではありません。
    また、見失ってすぐに家族連絡を入れなかったことで、家族トラブルが大きくなりました。こんな時家族は「すぐに発見できたら行方不明は起きなかったことにするつもりだったのだろう」と隠ぺいの意図を疑い、著しく信頼感を損ないます。
    ■あらかじめ予想されるトラブルへの対処方法を決めておく
    グループホーム内だけでは、単調な生活になってしまいますから、散歩に行ったり外出行事を行いのはとても良い事ですが、施設内と違い屋外は天候などの外的条件に左右されますから、場所とタイミングを選ばなければなりません。まず、大雨など極端な悪天候であれば行事を中止にできますが、今回のように微妙なケースは判断に困ります。このようなケースに対応するには、あらかじめ屋内の外出先を決めておき、前日に変更することで対応できます。利用者はみんな楽しみにしていますから、「目的地に着いてみたら小雨が降って来た」というケースでは、ほとんど中止できず決行してしまうからです。
    さて次の問題は、外的条件が悪くなくても利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、見失った時の対応方法をあらかじめ決めておかなければなりませんでした。この事例の最も大きな失敗は、午後2時に利用者を見失った後、職員だけで3時間も探してしまったことです。大きな施設であれば、必ず管理事務所がありますから、捜索の協力をしてもらったり、施設の放送設備で呼び出してもらって来場者に協力を求めることができます。3時間も経ってからではもう施設内を出てしまっていたでしょうから、捜索協力を求めても無意味です。見失った直後に職員の一人が管理事務所に応援を求めに行けば、施設内で発見することができたかもしれません。
    このように、利用者を見失うというミスを想定して、「管理事務所に職員が応援を求めに行く」というルールにしていなければならないのです。当然、管理事務所があって迷子(※)の呼び出しができるような施設をあらかじめ選んでおかなくてはなりません。
    ■外出行事中だけ利用者に目印を付けてはいけないか?
     私たちは、幼児を連れて遊園地に行って子供を見失ってしまったら、管理事務所に行って迷子の呼び出しをしてもらいます。この時、子供が誰から見ても判別できる特徴がある服を着ていると、発見が早くなります。逆に言えば、幼児を連れて人混みに出かけるのであれば、「特徴がある服を着ているといざと言う時見つかりやすい」ということになります。かつて私の家でも子供とディズニーランドに行く時は、特徴のある服をわざわざ着せていましたから、「スターウォーズと書いた赤のTシャツを着た男の子が…」と呼び出してもらうとすぐに見つかったことがあります。
    同様にグループホームの外出行事でも、利用者に特徴のある服を着てもらえば、施設内放送で呼び出しを行った時に見つかりやすくなります。高齢者のパッケージツァーなどでは、コンダクターが旗を振って旅行者がみな同じワッペンを胸に付けています。ツァーの参加者ははぐれたら困りますから、少し恥ずかしくても素直に目印を胸に付けているのです。
    グループホームの外出行事の時に、まさか「○○グループホーム」というワッペンを胸に付ける訳には行きませんから、本人が抵抗なく付けられ、また尊厳を損なわないような工夫をしてあげれば良いと思います。あるグループホームで行事参加者に、「式典の来賓の胸に付ける胸章リボン」を付けたところ、「何の行事ですか」と周囲から尋ねられたという話がありますが、人を探すとき目印になるものであれば何でも良いのです。
    施設の職員は行事先の下見などをして、不都合が起こらないかどうか下調べを熱心に行いますが、不都合が起きた時の対応も想定してルール化して欲しいのです。
    ※大人の場合、正式には「迷子」ではなく「迷い人」と呼びます。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    デイ送迎車の送迎中の追突被害事故が利用者が後に脳梗塞発作の原因?なぜ施設にも責任?

    【検討事例】 
    真夏のある朝、デイの送迎車が一人目の利用者Yさんを乗せた直後に、他車に追突されました。バンパーに傷もつかない程度の衝突で、Yさんの身体にも影響は無く救急車を断りました。ドライバーはすぐにデイに連絡を入れ、他の利用者のお迎えの手配をして、現場検証の間Yさんと30分くらい車内で過ごしました。ところが、デイに到着するとYさんに意識低下が起こり、病院に救急搬送しましたが、高血圧症の悪化による脳梗塞発作と診断され、介護度が悪化してしまいました。Yさんは血栓予防薬と血圧降下剤(利尿剤)を服用していたので、追突事故での興奮と脱水が原因とされました。デイサービスでは、追突事故の加害者が補償するものと考えていましたが、加害者の自動車保険から支払われずデイの責任だとして家族から賠償請求されました。
    ■なぜ追突事故の加害者から補償されないのか?
    追突事故が起こらなければYさんは脳梗塞にはなりませんでしたから、一見Yさんの脳梗塞発作は追突事故の被害のように思えます。しかし、Yさんは事故発生時に身体に何のショックも受けていません。つまり、この追突事故とYさんの脳梗塞には、「直接的な因果関係が無い」ことになります。事故で骨折し入院した後に肺炎で亡くなっても、事故と肺炎には因果関係が無いため、通常加害者が加入している自動車保険から死亡保険金は支払われないのです。
    また、追突事故の加害者は被害者に対して救急車の要請を申し出ており、警察の届け出も行っていますから、事故発生時に被害者に対して行うべき道路交通法上の義務(事故発生時の救護措置)を全て果たしています。すると、加害者側(損害保険会社)の“事故と脳梗塞には因果関係が無い”という主張は正しいことになり、Yさんの脳梗塞の責任を追突事故の加害者(保険会社)に負わせることはできないのです。では、Yさんの家族が主張するように、Yさんの脳梗塞による損害に対してデイサービスの責任はあるのでしょうか?
    ご存知のように、デイサービスの業務中に発生した事故で利用者に損害が発生し、デイサービス側に過失があれば安全配慮義務違反として、損害賠償責任が発生します。この追突事故発生時のデイサービスのYさんへの対応に過失があるかどうか検証してみましょう。
    ■デイサービスの安全配慮義務は広範である
    デイサービスでは入所施設ほど厳密ではありませんが、既往症や疾患などの健康状態の情報を把握し、レクリエーションや入浴前には、基本的な健康チェックを行っています。このように、デイサービスでは入施設ほどではありませんが、介護事業者としての健康管理に関する基本的な安全配慮義務を負っています。
    ではYさんの場合、デイサービスに求められる健康上の安全配慮義務はどのようなものでしょう?Yさんは脳梗塞の既往症がありますから、脱水や低カルシウム血症などには注意しなければなりません。また、高血圧症ですから血圧上昇につながる高温の環境などには注意が必要ですし、血圧降下剤として利尿剤も飲んでいることから脱水は要注意です。
    ところが、Yさんは事故発生時後送迎車内で30分間待たされてしまいました。Yさんは高血圧症で多発性脳梗塞の既往症がありますから、事故現場の車内に長時間留め置かれて、車内から出たり入ったりすれば血圧上昇と脱水が起こるかもしれません。珍しい体験に興奮すれば血圧に拍車がかかります。
    このようなYさんの健康状態に配慮すれば、Yさんを居宅にいったん戻して涼しい場所で落ち着いてもらったり、デイのスタッフを呼んでデイにお送りすることもできたはずです。もし、事故後に現場に長時間留め置かれたことがYさんの脳梗塞発症の原因だとすれば、デイサービスの過失は否定できないかもしれません。
    ■送迎中のアクシデント全てに適切な対処できるか?
     さて、本事例の場合運転手の対応に問題があるとしても、そもそもこのような状況で運転手に全ての判断を委ねて良いのでしょうか?送迎車の運行中には様々なアクシデントが起こります。高齢者ですから、運行中に利用者が体調急変を起こすかもしれませんし、持病が悪化するかもしれません。
    最近では外注や嘱託の運転手など介護の知識の乏しい運転手が多くなっていますから、利用者の疾患など基本的な利用者の情報を知らない運転手に対して、アクシデント発生時に適切な対処を期待することに無理があるのです。「送迎中に予期せぬアクシデントが発生した時は、デイに連絡を入れスタッフの指示に従う」として、デイのスタッフの指示に任せているところもありますが、デイのスタッフも適切な対応ができる保証はありません。
    運行中に最後列のシートの利用者の姿が見えなくなり、施設に到着した時はシートに横たわっていた、という事例があります。運行中の想定されるアクシデントが明確になっていませんから、運転手はアクシデントの発生に気付かないのです。このように、「送迎時のアクシデントへ対応方法」が場当たり的で、基本的なルールが無いのですから、適切な対応を望むべくもありません。
    ■アクシデント発生時の対応のルール化
    送迎時に発生するアクシデントを具体的に想定して、「どのようなアクシデントにどう対応すべきか?」を決めておかなくはなりません。次のようにアクシデントを想定して、対処方法を決めておくと良いでしょう。
    ①運行中に発生した利用者の異変(急変)②車内での利用者の事故(転倒やシートからの転落)③居宅と送迎車間の移動中の事故④自動車事故による利用者のケガや遅延⑤その他の交通状況などから発生するアクシデント
    この5項目に分けて、具体事例を挙げて運転手が何をすべきか、デイサービス側ではどのようにフォローするのかを具体的に決めます。例えば、「送迎車運行中に利用者が意識混濁を起こした」とアクシデントが発生した場面を想定してみましょう。
    【運転手自身の対応】「その場でハザードランプを付け路上の安全な場所に停車する。」「利用者は動かさず安静状態を保つ」「場所が分かれば携帯で救急車を要請、分からなければ近所で住所を聞いて119番する」「デイのスタッフが到着するまで利用者の経過を報告する」
    【デイのスタッフの対応】「家族連絡を入れ状況を説明して了解を得る」「本人対応のため相談員などスタッフが現場に急行する」「搬送先が判れば家族に連絡する」「他の利用者の迎えに行く車両を手配する」
    このように様々なアクシデントを想定して、運転手とデイのスタッフの対応をルール化しておけば、いざと言う時にも適切な対応ができるのです。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    1日5回口腔ケアをすべきという家族の要求を断ったら、施設サービス計画書で反論された

    【検討事例】ある特別養護老人ホームに入所した91歳の女性利用者の娘さんが、1日5回口腔ケアをして欲しいと言ってきました。「以前肺炎で入院した時に、口腔ケアを徹底するように医師から言われた」というのです。「1日3回で十分口腔内は清潔にできます」と言うと、娘さんは「施設サービス計画書に書いてあるのだからやるべきだ」と言います。計画書を確認すると「誤えん性肺炎防止のために口腔ケアを徹底する」と書いてあります。相談員は「計画書は援助目標を書いてあるので、口腔ケアの回数を言っているのではありません」と理解を求めましたが、娘さんは納得してくれません。口腔ケアは1日何回やるべきでしょうか?
    ■施設サービス計画書は契約書である
     施設サービス計画書は相談員が言うように、ケアプランのように援助目標を記載するものなのでしょうか?実は施設サービス計画書は、契約書と同等の法的拘束力がありますから、計画書に記載してしまったら、契約条項と同じ意味を持ちます。ですから、施設サービス計画書に記載したことを実行しなければ債務不履行、つまり契約違反となります。
    施設と利用者との間で締結される契約内容は、入所契約書のみで決まる訳ではありません。通常入所契約を取り交わす時には、入所契約書と重要事項説明書に印鑑を押しますから、この2つの書類が契約書であると思われていますが、そうではありません。
    入所契約書や重要事故説明書には全ての契約者に共通する一般的条項しか記載されていません。施設の個別の利用者にどのようなケアを具体的に提供するのかは、施設サービス計画書に記載されて初めて明らかになるので、計画書も契約書の一つなのです。ですから本事例のように、 「誤えん性肺炎防止のために口腔ケアを徹底する」と記載した場合、他の利用者と同じ回数では徹底したことにならず、少なくとも1日4回以上の口腔ケアを約束したとみなされます。
    ■「歩行は常時見守り必要」と計画書に記載したが
     本事例のように、口腔ケアの回数であれば家族に説明して理解を求めることもできますが、もっと重要な事項を間違って記載して大きな問題になった事例があります。あるデイサービスで、認知症の利用者が椅子から急に立ち上がって、そのまま転倒して骨折してしまいました。デイサービスでは、「急に立ち上がって転倒した場合、職員は対応しきれない」と理解を求めましたが、家族は「通所介護計画書に“歩行は常時見守りが必要”と書いてある。見守ってくれなかったから転倒した」とデイの責任を追及してきました。
     通常防ぎきれない事故であれば、過失にはなりませんから賠償責任は発生しません。しかし、通所介護計画書に「常時見守り」と書いてしまったら、見守らずに転倒させれば契約違反になり、債務不履行として賠償責任が発生します。利用者を常時見守ることは不可能ですから、できないことは計画書に書いてはいけません。
    ■契約書であるという認識で作成を
     以上のように、施設サービス計画書などの介護計画書は、個別利用者に具体的にどのようなサービスを提供するのかを記載する重要な契約書なのです。しかし、計画書の内容をチェックしてみると、本事例のように「徹底する」「努力する」などの曖昧な表現が多く、いざという時トラブルになりかねません。施設のケアマネジャーは、介護計画書が契約書であるという認識で、できる限り正確な表現で記載する必要があります。
     ある施設のケアマネジャーが、本人が希望しているからと言って「年内に墓参りに連れて行く」と計画書に記載して問題になりました。何の相談も受けていない介護主任は「ほとんど寝たきりで外出には危険が伴うので絶対に無理だ」と主張します。家族が「ご厚意はありがたいのですが、うちのお墓は高い階段の上にあるのでとてもたどり着けませんよ」と言ってくれたので、幸いトラブルにはなりませんでした。
     居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成するケアプランであれば、「援助目標」の欄に“墓参り”と書いて、実現に努力する旨を記載しても良いのですが、施設サービス計画書は、提供するサービスを記載する契約書ですから、慎重に作成しなければなりません。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    転倒事故を防止できなかった職員の責任を追及したら、身体拘束(不適切なケア)につながった

    【検討事例】
    特養の入所者Dさんは認知症が重い利用者で、車椅子からいきなり立ち上がり転倒することがあるため、職員が交代で見守りをしています。ある時、介護職がDさんの近くで記録を書きながら、見守っていました。すると突然Dさんが立ち上がり、そのまま前に転倒しました。介護職はDさんの動きに気づきましたが、気付いた次の瞬間にはもう転倒していたのです。Dさんは救急搬送され、頭部打撲のためしばらく入院することになりました。家族は「近くに居た職員がもっと注意していれば防げたはずだ」と介護職の謝罪を求め、施設長もこれを認めたため謝罪することになりました。しばらくすると、介護職たちはDさんが立ち上がれないように拘束してしまいました。
    ■職員がそばに居れば転倒事故が防げるか?
     本事例のように、職員がそばで見守りをしている時に、利用者が突然転倒し駆け寄ったが間に合わずに転倒させてしまう事故が、施設では頻繁に起こります。管理者は「そばで見守っているのだから注意していれば転倒は防げるはず」と考えているので、「もっと注意して見守りをすべき」と指導します。また、本事例のような賠償金を請求してくる弁護士も同様に、「介護職員がすぐそばに居たのであるから、十分に注意していれば事故は容易に防げたはず」と決めつけます。事故が裁判になった場合の裁判官の判断もほとんど同じです。
     しかし、そばに職員が居たからと言って、常時利用者に顔を向けてじっと見守っていることはありませんから、近くに居たからと言って転倒が防げるはずがありません。また、仮に職員が利用者を注視している時に転倒事故が起こったとしても、すぐに駆け寄って利用者を支えることができるかも疑問です。このように、利用者の近くに職員が居るような場面で転倒が起こっても、現実に防げるケースはわずかなのです。
    ところが、「介護職員がすぐそばに居たのであるから、十分に注意していれば事故は容易に防げたはず」と主張されると、施設も過失を認めてしまいますし保険会社も仕方なく保険金を支払ってしまいます。介護現場の状況をよく考えてみてください。介護職員はプールの監視員とは異なり常時利用者が転倒しないように注視している訳ではありませんから、何の予兆もなくいきなり転倒する利用者を駆け寄って支えるなどということは不可能なのです。 
    ■科学的根拠が無いから無過失を主張できない
     さて、前述のように防げる確率が低い事故なのに、安易に過失と認定されてしまうのは、なぜでしょう?理由は、職員が近くに居るとどれくらい転倒が防げるかの科学的実証データがないことです。弁護士や裁判官のみならず、介護の現場でも「転倒事故は注意して見守っていれば防げる」と管理者や職員自身も考えていますから、過失と認定されても誰も異議を唱えません。
     しかし、「転倒防止のためにもっと注意して見守りなさい」という現場の指導のせいで、介護職員は大変大きな負担を強いられている現状があります。また、「立ち上がるから転倒する、立ち上がらないように座っておいてもらおう」などと考える職員もいますから、身体拘束の問題にもつながるのです。
     では、「職員がそばに居ても転倒は防げない」という科学的実証データがあったら、賠償請求や訴訟のみならず、現場での転倒防止対策の考え方も変わるのではないでしょうか?「この利用者の転倒事故は防止確率が10%とほとんど防げないのだから、転倒した時骨折しないような対策も考えよう」とならないでしょうか?
     さて、弊社(株式会社安全な介護)では、職員がそばに居て利用者が転倒した場合、どれくらいの確率で転倒事故が防げるのか、実証実験を行い転倒防止確率が低いことを科学的実証データとして確認しました。実証実験のデータを一部ご紹介します。
     今後は裁判や現場の事故防止活動においても、これらの科学的実証データを活用して、合理的な過失判断を行うとともに、現場の転倒防止活動の見直しをしていただきたいと思います。
    ■転倒防止の実証実験とは
    1.実験方法
    (1)歩行介助中の転倒防止実験
    ◎利用者は左半身麻痺で右手に杖を持って歩行しています。介護職員はやや左後方の手の届く距離に立ち、いざという時支えられるように付き添って歩きます。介護職員は利用者との接触を避け、歩行の障害にならないように、50センチくらい離れて付き添って歩行します。
    ◎5メートルの距離を歩行して行き一度だけ転倒しそうになり、介護職員は利用者を転倒させないように支えます。
    ◎転倒の仕方(転び方)
    ・転倒の仕方(転び方) 「患側へのふらつき」「膝折れ」「つまづき」の3種類
    ◎転倒を防止する職員
    ・1回目~15回目:介護職員(経験年数14年)
    ・16回目~30回目:介護職員(経験年数4年)
    (2)見守り中の転倒防止実験
    車椅子に座っている利用者が突然椅子から立ち上がり、直後または一歩踏み出した後に前方に転倒します。少し離れた場所にいる職員が駆け寄って利用者を支えます。
    ・職員の位置は1.5mと3.0mの2種類
    ・転倒の仕方は「立ち上がってすぐ」「立ち上がり一歩踏み出して転倒する」の2種類
    ・職員の見守り方法は「じっと見守っている」「利用者を見たり見なかったり」「記録などの作業をしながら見守っている」の3種類
    ■転倒防止実験の結果(抜粋)
     転倒防止実験の結果は次のようになりました。
    (1)歩行介助中の転倒防止実験
    転倒の仕方 転倒防止回数
    患側へのふらつき 9回/10回(90%)
    つまづき   2回/10回(20%)
    膝折れ      0回/10回(0%)
    合計     11回/30回(36.6%)
    (2)見守り中の転倒防止実験
    見守りの方法 転倒防止回数
    じっと見守っている すぐに倒れる 0回/5回(0%)
                 1歩踏み出して倒れる 3回/5回(60%)
    見たり見なかったり すぐに倒れる 0回/5回(0%)
                 1歩踏み出して倒れる 3回/5回(60%)
    作業をしながら      すぐに倒れる 0回/5回(0%)
                 1歩踏み出して倒れる 1回/5回(20%)
    合計 7回/30回(23.3%)
    ■本実験が実証したこと
     本実証実験の結果、歩行介助中の転倒に対しては、転倒の仕方によって防止可能性が異なることが分かりました。ふらつきは防ぐことが可能ですが、躓きと膝折れではほとんど防げないことがわかりました。また、見守り中の転倒については、立ち上がってすぐに転倒するとほとんど防げないことをよくわかりました。
     つまり、本事例の転倒事故はもともと防げなくて当たり前の転倒事故ということになります。防げないような事故を防げと介護職に強要すると、介護職は立ち上がらないように身体拘束をするようになります。昨年度から身体拘束廃止の取り組みが強化されましたが、防げない転倒を無理に防ごうとするところにも、身体拘束をしてしまう原因があるのではないでしょうか?

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    デイサービス送迎車から玄関までの移動介助中の転倒事故、原因はケアマネジャーにも?

    【検討事例】
     デイサービスの利用者のBさんは立位が困難で車椅子全介助の利用者です。しかし、Bさんの居宅は玄関から門扉まで15mも距離がある上、通路に砂利と飛び石が敷いてあり、車椅子での移動介助ができません。単独で立位は困難ですが、職員が両側で支えれば立位が取れるため、毎回この場所だけは職員二人がBさんを両側から支えてゆっくり歩行しています。ある日、Bさんが突然膝折れして転倒して骨折してしまいました。家族は職員の介助ミスだと主張しています。
    ■職員の介助ミスが原因だが介助環境の危険も大きい
    もちろん、本事例の事故の直接的な原因は両側から職員二人で介助していながら、利用者を転倒させてしまったことです。ですから、この事故は職員の介助ミスが原因として過失と判断され、デイサービスが損害賠償責任を負わなくてはなりません。しかし、Bさんの居宅の移動介助の環境は安全な環境だったのでしょうか?立位が取れない身体機能の利用者を、砂利道で立たせて介助して歩行させることは、誰の目から見ても危険なことは明白です。
    ですから、本来はこの砂利道を舗装することで車椅子介助ができるようにすべきだったのです。ただし、デイサービスはこのような危険な環境であっても、一旦送迎業務を引き受けてしまえば安全に介助する義務が生じますから、後になって居宅の移動環境の危険が事故原因だと主張することはできません。
    実は本事例だけでなく、送迎車と居宅の玄関の間の移動環境が著しく悪いために、無理な移動介助を行なっている例がたくさんあります。「エレベーターが無いために団地の3階まで、利用者を背負って階段を上っている」「玄関の手前に大きな段差があり車椅子から降ろして抱え上げている」「居宅前に送迎車が停車できないため、狭い悪路の路地を車椅子移動する」など、送迎員は様々な悪条件の中で苦労を強いられています。そしてこのような居宅の送迎環境の悪条件のために起きている事故が少なくありません。
    ■居宅の移動環境の危険を是正するのは誰の役割か?
    では、もともとその利用者の居宅が危険な環境で、送迎時の移動介助に事故の危険があれば、どのタイミングで誰がこれらを是正すれば良いのでしょうか?そこで問題となるのがサービス提供開始時のリスクアセスメント(リスク評価)が不十分であることです。ケアマネジャーからデイサービス利用のオファーがあった時、相談員はその利用者のサービス利用上のリスクを評価して、デイサービスを安全に利用できる条件が整っているか判断しなければなりません。例えば、利用者の疾患によってデイサービスを安全に利用できないと判断すれば、相談員はデイサービスの利用を断るはずです。では、相談員は居宅の移動介助の環境が安全な状態であるかどうか、なぜチェックをしないのでしょうか?実は、送迎時の移動介助中の事故の本当の原因は、サービス提供開始時に安全な移動介助の環境であるかどうかをチェックしていないことにあるのです。
    ■ケアマネジャーの役割が大きい
    ケアマネジャーからデイサービス利用のオファーがあった時、デイサービス側の安全なサービス利用のチェック項目に、居宅の移動環境が無いことに問題があると指摘しました。では、デイサービスの相談員が居宅の玄関と門扉の間の移動環境の危険に気付いたら、どのようにこれらの危険を改善すれば良いのでしょうか?次の手順で取り組んでみてはいかがでしょうか?
    ①玄関の中や外の段差、敷地内の通路など居宅側の移動環境の危険を評価する
    まず、ケアマネジャーからサービス提供のオファーがあった時点で、居宅での送迎業務の環境を点検し、著しく危険な箇所があれば改善を求めます。介助員一人での移動が難しければ、ケアマネジャーに依頼して、送迎介助のヘルパーの導入を求めることも考えなければなりません。
    ②居宅敷地内の移動環境が悪ければ住宅改修の制度も利用する
    ケアマネジャーは、居宅敷地内の移動環境が著しく悪く、安全なサービス提供の大きな障害になると判断すれば、家族に対して住宅改修の制度などを説明し改善の協力を求めます。よく「独居の利用者なのでそこまで要求はできない」などと、簡単に諦めてしまうケアマネジャーも居ますが、家族が近所に住んでいる場合などは、「ご自宅の通路は極めて危険で介助歩行も車椅子移動も無理な環境です。事故の危険が高いので改善に協力して下さい」と、家族に交渉しなければなりません。
    ③改善が不可能であればサービス提供を断ることもあり得る
    デイサービス事業者は、ケアマネジャーからデイ利用のオファーがあると、サービス提供を行なうことを前提にそのままの環境を容認してしまいます。もし、ケアマネジャーと家族に環境改善を依頼した上で、どうしても改善が不可能で著しく危険であれば「安全なサービス提供はできない」という理由で、サービス提供を断ることもあり得るのです。 
    ■移動環境の改善は知恵を使えば様々な方法がある
    次に、デイサービスの送迎時の移動環境が著しく悪く、知恵を使って改善できた事例をご紹介しましょう。
    あるデイサービスでは、築42年の木造アパートの2階に住んでいる独居の男性利用者Hさんを、背負って階段を上り居室まで送迎しており、不安に感じていました。築42年の木造アパートですから、木製の階段もギシギシと音がして手すりがぐらつくなど、介助員はいつも不安を感じていたのです。ある日、利用者を背負って階段を上っている時、介助員がふらついて手すりに捉まると、手すりが根元で折れてしまいました。幸い転落は免れたものの危ういところでした。介助員が大家さんに謝りに行くと大家さんが言いました。「もう古い家だから手すりも折れるよ。1階の居室が空いているから、移ってもらったら楽になるんじゃないですか?」と。早速ケアマネジャーと相談し、Hさんは1階の部屋に移り無理な送迎はなくなりました。大家さんのご厚意というのもHさんのサービス提供を支える大きな社会資源だったのです。
     また、あるケアマネジャーさんは、市営住宅の5階に住んでいる独居の男性利用者(車椅子使用)のデイサービス利用の話が出た時に、すぐにデイサービス利用をプランニングしませんでした。「エレベーターが無いこの市営住宅では5階までの上り下りが大変なので、高優賃の1階を申し込んで引っ越しができたらデイサービスを利用しましょう」と言って、高優賃の1階を申し込んだのです。半年後に引っ越しができたので、楽にデイサービスを利用することができました。デイサービスの送迎環境の危険は、利用者の生命にかかわる事故にもつながります。もっとケアマネジャーが関わって改善して欲しいと

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    夜勤帯の転倒事故で経過観察中の利用者に、PTがリハビリを施行。激怒する家族、原因は申し送りミス?

    【検討事例】
     認知症があり自力で歩行できる老健の利用者Kさんが、夜間居室で転倒しました。手当てをした看護師は骨折の可能性があるが、痛みがひどくないので翌朝の受診としました。ところが、翌朝受診同行のために家族が来所し、居室に行ってみるとKさんが居ません。居室担当の介護職員に尋ねると、「PTが来てリハに連れて行った」と言われ、「転倒した母にリハビリをするとはどういうことだ?」と家族が激怒しました。受診するとKさんは大腿骨を骨折しており、老健では「介護職員が申し送りを聞き逃したことが原因」と謝罪しました。
    ■申し送りを聞き逃した職員のミスだろうか?
     老健側はKさんの転倒事故の報告を聞き逃した居室担当の介護職員のミスとして謝罪しましたが、PTも少し注意が足りませんでした。PTは機能訓練を行う前に、利用者の心身の状況を正確に把握し、機能訓練に適した状態であるかを的確に判断しなければなりません。体調がすぐれない、関節などの痛みがある、認知症の利用者で精神状態が安定していないなど、リハビリ(機能訓練)に支障があるような状態であれば、施行を中止しなければならないからです。
     しかし、認知症の利用者本人から生活状態や前日の出来事を詳細に聞き出すことは難しく、毎回機能訓練のたびにチェックを徹底することは困難です。ですから、Mさんを機能訓練に連れ出す前に、Mさんの心身の状況などについて情報が確認できるような仕組みを作っておかなければならないのです。居室担当やPTのミスとして問題を片づけてはいけません。
     前日の晩に転倒して応急処置をして経過観察中というのは、「ひょっとしたら骨折しているかもしれないし、頭部を打撲しているかもしれない」という、容態が不明確で不安な状況にありますから、Mさんに関わる全ての職員が転倒事故の情報を共有して絶えず気に掛けるべきなのです。介護職員でも転倒の情報を知らなければ、いつもと同じ方法で排泄の介助をしてしまうかもしれません。
    Kさんのベッドの床頭台の近くの壁に「○月○日夜転倒あり、経過観察中です」と転倒の情報を貼っておくだけでも、PTはKさんを機能訓練に連れ出すことは避けられたはずですし、他の職員が関わる時にもその安全に配慮ができます。
    ■事故直後に全職員が情報を共有する仕組がない
     前述のように、「転倒したが経過観察中」という状態は、正確な容態は不明で受診方針も未決定な宙ぶらりんの状態で、対応が難しい状況にありますから、骨折などの最悪のケースを想定して、職員は慎重に対応しなければなりません。
     そのためには、本事例のように口頭での報告・連絡を徹底して、全ての職員が情報共有を図ることも大切ですが、以前と異なり職員の勤務シフトが複雑になり、職員が集合して申し送りということが難しくなってきました。日勤、夜勤の他に早出・遅出など出勤時間が異なる職員が増えているのです。すると、口頭では徹底することが難しくなりますから、事故報告書やヒヤリハットシートなどの帳票を使って全ての職員に知らせる必要が出てきます。
     しかし、事故報告書もヒヤリハット報告書も事故直後に起票される訳ではありませんから、翌朝経過観察中の時点では提出されていない施設がほとんどでしょう。ですから、Kさんが前夜転倒して経過観察中という情報を全ての職員が共有するということは、どの施設でも難しくなっているのです。では、事故直後に全ての職員がKさんの前夜の転倒の事実と経過観察中であるという状況を、情報共有するためにはどのような仕組を作ったら良いのでしょうか?
    ■経過観察中の利用者の情報共有の方法は?
     本事例の施設では、Kさんの家族からのクレームを重く見て、経過観察中であっても転倒などの事故の事実を職員全員が情報共有する仕組を作ることになりました。まず、転倒などの事故が発生して経過観察する場合には、経過観察と判断した直後に「事故速報」という簡単な帳票を作って、ナースステーションの掲示板と、居室の壁に貼り出すことにしました。
     この「事故速報」を初めは手書きで書いてコピーし貼り出していましたが、後日事故報告を定型フォーマットに入力することになり、パソコンで入力して速報用の出力用紙を打ち出すようになりました。同じ入力フォームから「事故速報」「市報告用」「法人報告用」「再発防止策記入用」など、様々な出力フォームを作って同じことを何度も書かなくて済むようにしたのです。
    このように考えると、従来からの事故報告書は事故が発生すると翌日くらいには起票し、同時に事故原因や再発防止策が記入するのが習慣になっていました。しかし、迅速に事故事実を共有するための速報は発生直後に必要になる一方で、原因分析や再発防止策を記入する用紙は、現場でカンファレンスを行いじっくり時間をかけて検討しなくはなりません。つまり、事故報告書は速報機能や、現場でカンファレンスをして報告する機能など、多様な機能が必要なことになります。1枚の用紙で「事故が起きたらすぐに出しなさい!」では、原因分析も再発防止策も十分に検討できないのです。
    ■ショートの事故がデイに伝わっていない
     本事例の施設では、事故速報を出すようになってからは、現場の職員が事故情報を迅速に共有できるようになりました。ところが、次のようなトラブルが起きて再び見直しの必要に迫られました。
    Mさんは施設のショートステイを利用中に転倒して、手首をねん挫してしまいました。そして、以前から利用していた同じ施設の併設デイサービスを、ショート退所後に再び利用しました。ところが、デイの職員が「Mさんがレクリエーションに参加してくれないと盛り上がらないから」と執拗に誘って、レクリエーションに参加させてしまったのです。家族は「転倒してケガをしているのに、デイでレクリエーションをさせるとはどういうことか?」とクレームになりました。
     ショートステイと併設のデイサービスを利用している利用者から見れば、「同じ施設なのだから転倒したことはデイにも連絡されているはず」と考えるのです。ところが、ショートで起こった事故などの情報は、併設デイサービスには伝わっていませんから「同じ施設なのに配慮が足りない」というクレームになるのです。今度は併設の施設との事故情報の共有の方法を考えなければなりません。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    おもしろ半分の悪ノリが家族による虐待行為通報に!不適切ケア、不適切言動の指導とは?

    【検討事例】 
    ある特養で職員の不祥事が起きました。20歳の女子職員が夜勤中に認知症の利用者の髪の毛にリボンを8つ結び、これを写メしてブログに画像をアップしたのです。写真には「認知症のおばあちゃんは可愛い」とありました。このブログの写真を発見した息子さんが激怒して、「介護職の行為は個人情報の漏洩だ、訴訟を起こす」と強く抗議してきました。施設長は、「認知症のお母様の髪の毛にイタズラをする行為は虐待行為です」と息子さんに説明し、市役所に虐待事件として通報し、個人情報の漏洩事故としても事故報告をしました。施設では、介護職員Aを懲戒解雇処分とした上で、謝罪し賠償金の支払いを申し出ましたが、息子さんはこれを辞退しました。
    ■なぜ施設長は虐待行為と判断したのか?
     判断能力の無い認知症の利用者の髪に、たくさんのリボンを付けて写真に撮る行為は虐待行為です。施設長が適切な対応を行ったため、息子さんも理解を示して訴訟を思いとどまりました。本人が肉体的・精神的な苦痛を感じなくても、認知症の利用者の人格を貶める行為は虐待行為と認定されます。
    12年前、特養で認知症の利用者に性的な暴言を吐き家族に録音されるという前代未聞の事件が起こりましたが、市はこの行為を性的虐待と認定しました。認知症の利用者本人が暴言を理解できなくても、人格を貶める行為は、人の尊厳を損なう人権侵害であり虐待行為なのです。
     また、ブログに認知症の利用者の写真を掲載するという行為は、個人情報の漏洩に該当しますが、その被害の大きさは健常者の個人情報の漏洩と比べ重大です。なぜなら、知的なハンディのある人の個人情報は、プライバシー性の高いセンシティブ情報でその漏洩は人権侵害とみなされるからです。
    ■「そんなつもりはなかった」と言った新人職員
    本事件が発覚した時、施設長以下中堅職員は「そんなバカなことをする介護職がいるのか?」と驚きましたが、本人には悪いことをしたという認識はありませんでした。この問題が発覚した時には、「そんなつもりはなかった」と涙ながらに訴えたので周囲は呆れましたが、きっと嘘ではないのでしょう。採用試験の面接でも「認知症のおばあちゃんは可愛いから大好きです」と発言したと言いますから、本当にそう思っていたのでしょう。採用の段階で介護職として重要な倫理観が備わっていないことを見抜いていたら、この不祥事は避けられたかもしれません。
    呆れるようなコンプライアンス違反で大問題になった時にも、その行為を行った本人にその重大性の認識が無いことが良くあります。つまり、管理する側は「こんなことは当たり前だろう」と考えていることが、違反する本人たちから見れば当たり前ではないのです。この新人職員のように、重要なことを知らなかったために、過ちを犯して罰を受けるのですから本人も可哀そうなのですが、重要なルールはこれを知らなかったことがルールに違反した時の言い訳にはならないのです。
    では、管理者側から当たり前という重要な認識が備わっていない若い職員に対して、どのようにして認識してもらったら良いのでしょうか?倫理観という漠然とした能力が備わっているかどうかを見抜くことは容易ではありませんから、やはり研修によって一つ一つ教育しなければなりません。
    ■やってはいけないことを教える
     法人の理事長からこの不祥事の再発防止策を求められた施設長は、「それは採用時に見抜かなければどうしようもない。職場での教育は無理」と答えました。なぜなら、倫理観はその人間の成長過程において少しずつ身に付くものであって、職場の研修で身に付かないからです。しかし、この不祥事の再発防止のために、何かをしないと施設長も安心できません。そこで、施設長は介護現場で起きている「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」を調べて、これを材料に研修をしようということになりました。
     施設長は知り合いの施設長にメールで相談し、いくつかの施設から不祥事の事例を提供してもらいました。予想した通り「その時のノリで軽い気持ちでやっちゃった」というものがいくつもありました。中にはデイの管理者が障害者手帳を利用者から借りて、外出行事の時の博物館の入場料を行事参加者全員無料にして“経費を節約”して問題になったという悪質な確信犯の事例もありました。
    ■実際に研修をやってみたら
     さて、施設長は知り合いの施設長から教えてもらった事例から、12件の介護職のコンプライアンス違反事例を使って研修を行いました。事例をグループで討議して、何が不適切な行為なのか、何がコンプライアンスに違反するのかを職員に考えさせるのです。事例を選んでいる時に、施設長は「さすがにこんな基本的なルールが分からない職員はいないだろう」という事例もありました。しかし、実際に研修をやってみるとビックリ。どのような規則に違反するかと言う問いに答えられない職員がたくさんいましたが、「これってなぜルール違反なんですか?」と疑問を口にする職員がたくさんいたのです。コンプライアンスに対する認識は個人によって大きな違いがありますし、年代によっても大きな差がありますから、「こんなことは当たり前」と考えてはいけないのです。
     施設長がコンプライアンス研修に使った「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」の中には、次のような事例もありました。虐待などの職員の不祥事が起きると、「倫理要綱を毎日唱和する」などの形式的な対策を考える管理者がいますが、事例を見ると職員の倫理観を向上させることがいかに難しいか良く分かります。
    〇忘年会で盛り上がり利用者にもカツラをかぶってもらった
    クリスマスの行事のアトラクションで、職員が禿げ頭のカツラを買ってきてかぶり利用者にウケて盛り上がった。盛り上がったついでに、認知症の男性利用者の頭にカツラをのせたら、利用者にもウケて、職員が自分のポケットからスマホを出して写メしていた。
    〇休憩時間中に同僚と認知症の利用者の悪口を言ってみた
    認知症フロアに異動になりストレスが溜まっている。ある時、休憩室で仲の良い同期と二人になり、「あのバアチャンは本当に頭に来る」と言ったら、同僚が「違いない、ホントに頭来る」と賛同してくれた。それからしばらく、認知症の利用者の悪口を言い合ったら気分がスッキリした。
    〇認知症の利用者が喜ぶので名前で「〇〇ちゃん」と呼んでいる。
    認知症の重い利用者がいる。ある時、居室に誰も居なかったので、名字ではなく名前で「〇〇ちゃん」と小声で呼んでみたら、嬉しそうな顔をした。他の職員にも「〇〇ちゃんって呼ぶとスゴイ喜ぶよ」と教えてあげたら、みんながそう呼ぶようになった。

     

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    新入職員のミスで利用者が転倒事故で重症、新人教育で身体介護を行う場合は?

    【検討事例】
    3月に専門学校を卒業して入社したKさんは、デイサービスに配属になりました。所長は先輩職員に「みなさん温かく指導して下さい」と紹介し、利用者へも「こちらに配属になった新人さんなのでお手柔らかに」と言ってくれました。2週間経ったある日、先輩職員が「Mさんがトイレに行きたいと言ってる、おまえ介助してみろ」と言われ、パーキンソン病のMさんのトイレ介助をしました。ところが、Mさんの移乗介助中に突然腕がビクッと動きKさんの顔に当たり、はずみでMさんを転倒させてしまいました。Mさんは頭部を強打し硬膜下血腫となり、予後が悪く寝たきりになってしまいました。所長は「Kさんが責任を感じることはないのよ」とフォローしましたが、Kさんは1か月後に退職してしまいました。
    ■新人に身体介護をさせるには
    この事故の原因はKさんの介助ミスではありませんし、事故の責任はKさんにはありません。無責任な先輩職員がいきなり新人のKさんに対して、いきなり「Mさんトイレを介助してみろ」と“むちゃぶり”したことが最も大きな原因です。また、新人OJTの体制や手順を整備しないで、現場任せにした管理者の責任です。
    技術も知識も備わっていない新人職員にいきなり利用者の身体介助をさせたら危険なことくらい誰でもわかります。ベテランでも新しい職場に来て知らない利用者を介助するには、事前に利用者の身体機能などの知識が備わっていなければ安全に介助はできません。Mさんはパーキンソン病で不随意運動がある利用者のようですから、介助中で予期せぬアクシデントが起こる介助難しい利用者ですからなおさらです。
    身体介護はミスが直接利用者の生命の危険に直結する危険な業務ですから、他の介護業務とは異なる高い安全配慮義務が課されています。例えば、本事例のように不可抗力的なアクシデントが原因で事故が起きて裁判になったら裁判官は不可抗力性を斟酌してくれるでしょうか?おそらく裁判官は「身体介護においては利用者は動作の全てを介護職に委ねている状態であるのだから、どんな不測の事態が起きても利用者の身体に危害を及ばないよう高度な安全配慮義務がある」と言って、過失と評価するでしょう。つまり、身体介護における事故では不可抗力性という言い訳はほとんど通用しないのです。
    ■新人にはリスクの低い利用者を介助させる
    前述のように身体介護は高度な安全配慮義務が課されている業務ですが、いつまでも危険だからと新人に任せない訳にはいきません。まず、リスクの低い利用者から慣れてもらわなければなりません。では、身体介護のリスクの高い利用者と低い利用者をどのように評価して区分したら良いのでしょうか?
    私たちは新人に任せる時だけではなく、日常から身体介護における安全配慮義務の程度を次のように3つに分けて、その義務に高さに見合った対策を講じています。
    1. 全介助利用者への身体介護
     利用者は動作能力が全くありませんから、介助中は利用者の動作を全て介護職が支配している状態になりますから、どんな不測の事態が起きても対処できるように万全の対策が求められます。身体介護で安全配慮義務が最も大きい介助行為です。
    2. 半介助利用者への身体介護
     利用者の自立動作を介護職が援助して動作を完結させる共同作業になりますから、利用者の自立を妨げない範囲で事故防止の対応が必要になります。身体介護では2番目に安全配慮義務が大きい介助行為です。
    3. 見守りなどの間接的な身体介護
     利用者の動作は自立しているが動作に危険があるような場合、近くで見守り不測の事態がおきた時に対処して介助するケースです。対処しきれない場合もあり全ての事故を防げる訳ではないので、安全配慮義務は比較的低いと考えられます。
    介護現場ではこのようなリスクに対する安全配慮義務の程度について、区分して認識されていないことが大きな問題なのです。
    ■OJTの体制を整備する
    さて、本事例は新人のOJTの方法が法人で統一されておらず、現場任せになっていることが根底にある最大の原因と言えます。では、介護現場で安全な新人OJTを行うためには、どのような点に注意したら良いのでしょうか?
    まず、安全にOJTを行うためには、お客様に迷惑がかからないようにきめ細かい指導と配慮を行う、指導役が身近にいなければなりません。特定の先輩社員が新入職員の指導役となって、OJTで新入職員を指導する仕組み必要なのです。医師も顧客に危害が及ぶ危険な仕事ですから、指導医というマンツーマンで指導を行う先輩がいます。この仕組みは「ブラザー・シスター制度」などと呼ばれ、多くの会社で導入されています。
     具体的には、先輩職員が新人職員にお客様個別の対応方法を教えて、実際に目の前で業務をさせて至らないところを指導します。また、何度も繰り返して実践させて指導し、PDCAを繰り返すことで、自ら学ぶ力や課題解決能力も身に付けさせます。新人職員は座学や実技の研修では学べない、活きた現場でのお客様対応の配慮や工夫を学ぶ貴重な機会となります。ですから、新人の指導に当たる先輩職員も、お客様への対応能力に優れた新人の教育にも適した能力の高い人材が必要になります。
    ■安全に新人OJTを行うためには
    最後に現場の新人OJTにおける事故防止対策のポイントを挙げてみますので参考にして下さい。
    【新人OJTにおける事故防止のポイント】
    〇新人が身体介護を担当する(介助しても良い)利用者を決める
    職場の利用者の中で、比較的介助にリスクが少ない利用者を新人の担当とします。ただし、次の利用者は原則除きます。認知症の重い利用者、パーキンソン病で不随意運動がある利用者、極端に体重の重い利用者、下肢筋力低下や拘縮などがあり身体介護が難しい利用者。
    〇担当する利用者の身体機能や介助方法などを教える
    担当する利用者の既往症、障害の状況などの情報を一覧にして覚えてもらいます。また、介助方法を先輩職員が実演して見せて注意点を説明します。
    〇利用者個別の介助方法を実地指導し身に付けさせる。
    先輩職員が利用者役を演じて、実際に新人職員に介助させてみて、介助方法の至らないところをアドバイスします。また、「〇〇さん、姿勢を直しますから少しお手伝いさせて下さい」など、個別利用者への声かけの方法も指導します。
    〇介助する時は必ず先輩に見守りをお願いして独りでやらない。
    実際に利用者に介助行為を行う時には独りでせずに、必ず先輩職員を呼んで見てもらいながら介助することを徹底します。
    〇介助方法と介助上の注意点をメモに記入させ、介助前には必ず確認する
    先輩から教わった介助方法と介助上の注意点をメモしてこれを絶えず持ち歩き、介助行為を行う前に必ず確認するように指導します。
    〇不測の事態が起きた時の対応教える
    トランスの途中でバランスを崩した場合など、事故が起こりそうになった時に危機を回避する手段を教えて、実際に訓練をします。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    送迎車から降りてきていきなり転倒事故、低下した歩行機能の原因は居宅のアクシデント!

    【検討事例】
     Hさん(女性72歳;要介護2)は、軽い左片麻痺がある杖歩行のデイサービスの利用者です。認知症も無く行動は慎重なので、ゆっくり杖を使って歩き転倒したことはありません。ある日、デイに到着したHさんは、いつものように杖歩行でデイルームに向かおうとしましたが、突然健側の右足が膝折れして転倒してしまいました。大腿骨の骨折と診断され、家族から「職員が付いていながら手も差し伸べていないのは、おかしいのではないか?」と言われました。しかし、その後に前日に自宅のトイレで、右ひざをぶつけてかなり痛みがあったことがわかりました。
    ■デイサービスでは居宅のアクシデントは把握できない
    デイサービスの利用者は居宅で生活していますから、居宅生活で起こる全てのリスク要因を、デイで把握することは困難です。ですから、本事例のように「居宅でのアクシデントが原因でいつもは安全にできる動作ができなかった」というような事故が起こります。
    毎日のように頻繁にデイサービスを利用している方であれば、居宅での生活も比較的把握しやすいのですが、週1回利用というような利用頻度の少ない利用者は、なおさら日常の居宅での生活を把握しきれません。
    どのデイサービスでも利用者が来所した時に「いつもとお変わりありませんか?」と、その日の健康状態や生活意欲などに変化がないか、確認しています。しかし、この時間帯は職員が最も忙しい時間ですから、全ての利用者にていねいに訪ねている時間がありません。また、看護師のバイタルチェックはデイルームで落ち着いた後ですから、本事例のように到着直後の事故は防げないのです。
    すると、本事例のように到着直後に起こった転倒の要因は、デイサービスで事前に把握することは困難ですから、居宅でのリスク要因を把握する仕組を作る必要があります。
    ■デイサービスの事故につながる居宅での出来事
     居宅で起こるリスク要因の把握方法を考える前に、デイサービスでの事故につながる居宅でのリスク要因はどんなものがあるのでしょうか?本事例のように、自宅で起きた小さなケガによって痛みがあり、いつもできる動作に支障が出ることもあるでしょう。デイ利用日の前日に熱があり風邪薬を飲んで1日中寝ていたとしたらどうでしょうか?当然、いつもより動作能力が低かったり、歩行時にふらつくかもしれませんし、服薬の影響でふらつくかもしれません。
     このように考えると、利用者の体調変化やアクシデントのみならず、様々な要因がデイサービスでの事故につながります。あるデイサービスで洗い出した「居宅で発生するリスク要因」は次のようなものです。
    ① 利用者の身体機能に関すること
    ・居宅でのアクシデントで小さなケガをして痛みがある
    ・居宅で風邪を引くなどして薬を飲み安静にしていた
    ・持病の調子が悪化して膝の痛みなど出てきた
    ・いつも飲んでいる薬を医師が変更した
    ② 福祉用具や私生活用具などの変化
    ・いつも使っている杖を変えたら使い勝手が違う
    ・車椅子の手入れ不足でブレーキが緩んでいる
    ・補聴器を紛失して耳が聞こえにくい
    ③ その他家族関係に関連すること
    ・家族とケンカをして悩み生活意欲が低下していた
    ・兄弟や大切な友人が亡くなって塞ぎ込んでいた
     数え上げたら切りがありません。そのくらい私たちに日常は変化に溢れています。これらの、事故の要因となる居宅生活での変化をできるだけ把握して、デイサービスの事故防止に活かすには、どうしたら良いでしょう?
    ■デイサービスの事故防止には家族の協力が不可欠
    さて、デイサービスでは、来所時に本人に「お変わりないですか?」と声をかけますし、看護師のバイタルチェックで体調変化も把握します。しかし、職員がどんなに努力しても、デイの事故につながる居宅での生活変化を全て把握することは出来ません。ですから、事故の原因となるような居宅での出来事について、誰かに情報を提供してもらわなければなりません。もちろん、利用者の生活を一番知っている家族からの情報提供も大切ですが、ケアマネジャーも利用者の生活変化の情報をある程度把握しています。また、訪問看護などの本人に関わる介護事業者も、同様にデイサービスが知らない情報を持っているかもしれません。
    このように、家族を中心に絶えず利用者の生活の変化の情報を収集することによって、「昨日居宅で転倒して歩行に支障があるのですから、今日1日は大事を取って車椅子でお過ごしいただきましょう」という配慮をすることができるようになります。では、家族やケアマネジャーなどから、どのように利用者の生活変化の情報を収集したら良いでしょうか?
    ■事故につながる居宅での出来事をどうやって把握したら良いか?
    本事例のデイサービスでは、Hさんの事故の後に「デイサービスでの事故防止のための情報提供のお願い」というチラシを、全ての家族にお送りしました。居宅での生活の変化やアクシデントなどで、デイサービスでの活動に影響があったり事故の原因になることが起きたら、デイサービスに電話で連絡をくれるように依頼したのです。
    すると、ご家族から「こんなに色々な配慮をしてくれるのは嬉しい」という感想が寄せられました。また、「昨日から急に歩行がしんどくなってきた」とご連絡をいただくなど、デイサービスと一緒に事故を防ぐ取り組みをしてくれようになりました。
     デイサービスの利用者は居宅の生活とデイサービスでお過ごしいただく時間があり、デイと家族が両輪で生活を支えています。ですから、デイで起こる全ての事故を職員だけで防ごうとするのではなく、家族にも事故防止に対する協力を依頼すれば、家族も喜んで協力してくれます。家族に事故防止に対する意識をもってもらうことは大変重要な取組で、家族が“事故防止に取り組む仲間になる”ことで、事故が起きた時のトラブル防止にも大きな効果が期待できます。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    セキュリティ完璧のショートステイで認知症利用者が行方不明事故、翌朝近所で遺体発見!

    【検討事例】
     老健のショートに入所した認知症の重い利用者Mさんは、1日中「家に帰る」と訴えていました。夜8時に就寝確認しその後12時に訪室すると姿が見えません。施設のセキュリティは「完璧!」と言われていたので、夜勤職員は朝6時まで施設内を捜索しましたが、結局見つかりません。朝になり、他の施設からも応援を呼び捜索すると、施設から200m離れた林の中で遺体で発見されました。警察の鑑識によれば、死亡推定時刻は夜中の2時半、死因は凍死でした。遺族は、施設を相手取って訴訟を起こしました。

    ■施設の過失になるのか?
     初めに、身体に障害の無い歩行ができる認知症の利用者が、施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すると施設は過失として責任を問われるのでしょうか?答えはおそらくYESでしょう。これは過去に同様の事故で賠償を認めた判例があるからです。平成13年に静岡地方裁判所浜松支部で次のような判決が出されました。
     デイサービスで行方不明になり、海で溺れて亡くなった認知症の利用者の事故で遺族が訴訟を起こし、裁判所は「施設の職員が見守りを怠ったことが事故の原因である」として、全面的に施設の過失責任を認めてしまったのです。利用者は職員が気付かない間に窓から抜け出したのですが、高さ84㎝の高さの窓から抜け出すとは、職員も予測できなかったようです。このような厳しい判例があるので、入所施設でも同様に認知症の利用者が施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すれば過失として責任を問われるでしょう。
    ■セキュリティ頼みが最も危険
    次に本事例の問題点を考えてみましょう。最近の施設では、エレベーターに暗証番号がついていて、番号を入力しないと開かないなど、認知症利用者の離設対策のセキュリティが高度になっています。しかし、本事例のようにセキュリティが高度であるほど、行方不明が発生した時初動対応が遅れ、重大な結果を招きます。ですから、セキュリティ頼みの施設ほど危険度が高くなってしまうのです。
    本事例では、夜中0時に行方不明に気付き朝まで施設内を探していましたが、すぐ近所で夜中の2時半に凍死していたわけですから、行方不明に気付いてすぐに周辺を探していたら命は助かったのです。遺体が発見された時に息子さんは「12時に居なくなったことに気付いて朝6時まで施設を探していたなんて、あなたたちはバカですか?」と怒鳴りました。訴訟を起こす家族の想いは、この初動対応の甘さに対する怒りだったのです。
    セキュリティが高度な施設であっても、「認知症利用者の行方不明は発生することがある」という前提で、初動対応をルール化しておかなくてはなりません。後で分かったことですが、この施設では、セキュリティが厳しすぎて「職員の通用口の開閉が面倒くさい」と理由で、通用口のセキュリティを切っていたのです。おそらく通用口から出て行ったのでしょう。
    ■弁護士が「こんな大きな過失では勝てない」と言った
    さて、訴訟が起きて裁判所から訴状が届き、これを見た弁護士は、「こんなに大きな過失があっては勝てない」と言いました。弁護士が指摘した過失とは、初動対応の捜索の遅れではありません。介護記録には次のように書いてあったのです。「20時に居室で就寝確認」「0時に訪室すると○○さんの姿が見えませんでした」と。弁護士が指摘した過失は「ショートの初日で朝から『家に帰る』と訴えていた認知症の利用者を、4時間も見守りを欠かしたこと」だったのです。
    つまり、行方不明事故が発生した時、「どれくらいの頻度で見守りをしていたのか?」ということが、過失に影響するということです。一般的に特養や老健などの入所施設の夜勤帯の巡回頻度は、せいぜい3時間に1回程度です。しかし、本入所の利用者であればある程度行動も予測が付きますが、ショートステイの利用者はそうは行きません。本事例のように、帰宅願望が強く「帰る」と何度も訴えるような人であれば、個別に巡回頻度を高めるということが必要になってくるのです。
    ■「行方不明は防げない」を前提に迅速に捜索する体制を
    本事例を参考に対策を考えれば、まず「セキュリティだけで行方不明は防げない」という前提で、初動対応をマニュアル化しておかなければなりません。利用者の姿が見えない、という時に、施設内の捜索時間がルール化されていないので、いつまでも施設内を探してムダな時間を使ってしまうのです。
    私たちが作ったマニュアルでは、施設内を捜索は15分です。利用者の所在が分からない時は、15分間施設内を捜索し見つからなければ、すぐに家族連絡を入れ、家族に謝罪して了解を取って捜索願を警察に出します。次に万全の捜索を行って利用者を無事に保護すれば問題ない訳です。たった15分でも足の速い認知症の利用者は1kmくらい歩いてしまう人はいますから、初動対応での迅速な捜索に全てがかかっていると考えなければなりません。
    ■万全の捜索をして迅速に発見するには
     さて、万全の捜索を迅速に行って事故に遭遇する前に利用者を保護するためには、どのような体制で捜索したら良いのでしょうか?施設の周辺3km程度の公共機関や商業施設に協力を依頼する方法があります。依頼先は、保育園・幼稚園・小中学校・金融機関・介護事業者・量販店・コンビニ・ドラッグストア・新聞販売店・ヤクルト販売店と多彩です。具体的には職員がコツコツと訪問して、認知症利用者が行方不明になった時の捜索協力を依頼すると共に、FAX番号を教えてもらいます。FAX番号は、施設のFAX機の一斉同報に登録していざと言う時、ボタン一つで捜索のお願いのチラシを送付できるようにするのです。
     このように、地域の協力を得て探せばかなり高い確率で、迅速に保護することが可能になりますが、最近では同じような捜索の仕組を行政が地域で作るようになってきました。「徘徊SOSネットワーク」という仕組みで、自治体の介護保険課の主導で地域の捜索網が機能するようになっています。
    この仕組が完璧にできていて成果を上げているのは、福岡県大牟田市と横浜市緑区です。特に横浜市緑区では、商店会連合会が全面的に協力したため、行方不明の捜索依頼情報が地元の商店主さんの携帯にまで送信される仕組みになっているのです。最近は認知症利用者の行方不明対策を地域全体で支えようという機運が高まっています。

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