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【情報室】クレーム・トラブル対応 一覧
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20242024.11.20- デイの利用者と家族から職員への深刻なカスタマーハラスメント、所長の対応悪く退社
【検討事例】Dさん(69歳女性・要介護4)は、多発性脳梗塞による重度の半身麻痺の利用者で、週に4回デイサービスを利用しています。家では娘さんが介護をしていますが、専門学校の教師をしていて多忙のようです。Dさんは3回の脳梗塞発作によって身体機能がかなり低下してきていますが、認知症は無く頭脳は明晰で意思表示もしっかりしています。利用を始めた当初から、介護スタッフの身体介護の方法に不満があるようで、介護するたびに「アンタのやり方はダメよ!ヘタ!それでもプロなの?」と、大きな声で文句を言います。
その上、居宅に戻ってから娘さんに「介護がヘタなひどい職員ばかりだ」と不平を言い、そのたびに娘さんがデイサービスにクレームを言ってきます。一度スタッフがトイレ介助で転倒させそうになった時には、娘さんがデイサービスに乗り込んできて「職員のMを呼んで!」と言って職員を呼びだし「アンタは学校で何を習ったの?デイなんか今すぐ止めて勉強し直してきなさい!」と、1時間も執拗に説教をしました。止めようとする所長に対して「あなたが指導できないから私がしてあげてるの、黙ってなさい!」と一蹴してしまいました。その後も3回に亘って娘さんから執拗な攻撃を受けた職員のMは、ついにデイを辞めてしまいました。
■カスタマーハラスメントが再び激化
家族や利用者から職員に対するカスタマーハラスメントは、感染対策の影響で一時的に鎮静化していましたが、5月から対策が緩和したことで再び激化してきました。ところが、現場では相変わらず理不尽な要求を暴力的・威圧的な手段で押し通すハラスメント行為者に対する対抗措置が全くできていません。メンタルを患って失職する職員が出ているのに、なぜ介護事業経営者は手を拱いているのでしょうか?それは、カスタマーハラスメント対策が介護事業経営者に任されてしまっているからです。
ハラスメントによる労働者の被害が社会問題になってから長い時間が経ち、ハラスメントの種類は数えきれないほどに増えて、経営者の意識も大きく変わりました。セクハラ防止法(改正男女雇用機会均等法)やパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の施行によって、事業者はその防止措置を法律で義務付けられましたから、経営者も厚労省のマニュアル通りに対策を進めることができました。
ところが、カスタマーハラスメントは消費者から従業員に対する攻撃行為ですから、企業内で規制することができませんし、防止法を制定することも不可能です。2018年に厚労省はカスハラ対策の方針として、「消費者の啓蒙」を上げましたがナンセンスです。消費者教育によって悪質クレーマーの行為が是正できる訳がありません。
カスタマーハラスメント対策は、事業経営者自らが対抗策を考え、具体的な対抗手段を講じていかなければ、誰も助けてくれません。放置しておくとどうなるでしょうか?私が関わった多くの事例では、相談員や主任がハラスメント家族に対抗しようとしてない管理者に失望した他の法人に移って行きました。介護業界ではカスハラ対策の無策で、人材の流出による経営危機が起きると考えられます。
■カスタマーハラスメント対策の取り組み方
では、カスタマーハラスメント対策はどのように取り組んだら良いのでしょうか?まず、各施設で取り組んでも決して成功しません。必ず法人全体で取り組みの体制を作ることから始めなければなりません。手順を示しますので参考にしてください。
1.カスタマーハラスメント防止への法人の体制構築
➡本部担当者と施設管理者でプロジェクトチームを作り、取り組みの準備として法人でカスタマーハラスメントの定義を決めます。
2.カスタマーハラスメント防止の取り組みを周知(職員と利用者・家族)
➡法人の取り組み方針と定義を、職員と利用者家族に周知するため案内を発送し、ポスターを作り施設内に掲示します。
3.カスタマーハラスメントの実態調査と個別取り組み案件の把握
➡職員全員にアンケート調査を実施し、ハラスメントの実態と個別案件を把握します。個別案件については、ハラスメント行為の内容と被害の状況を職員本人に確認します。
4.ハラスメント行為の評価と個別案件への対抗策検討
➡個別のハラスメント案件の違法性などを評価の上、法的措置などの対抗手段を検討し弁護士などに確認します。
5.法的措置を前提とした個別案件への対抗
➡刑事告発・契約解除など法的対抗措置を明示して通知し、ハラスメント行為の中止を要求します。
■カスタマーハラスメントの定義を決める
前述のような手順で取り組みを進めますが、一番の難問はカスタマーハラスメントの定義を決めることのです。厚労省のサイトには、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」と「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」という2つのマニュアルが掲載されていますが、参考になりません。
次に重要なことはカスタマーハラスメント行為があった時、これらの行為がどのような行為かを評価して可能な法的措置を検討することです。例えば、職員に向かって「ぶっ殺すぞ!」と相手が言えば、これは脅迫罪という刑法に抵触する犯罪行為ですから、警察に告発するなどの厳しい対抗措置も可能になるのです。私たちは、次の表のように4種類に大別して評価をしています。
(A)違法行為:暴力行為やわいせつ行為などの違法行為で刑法に抵触すれば犯罪行為
(B)不法行為:相手の権利を侵害する行為によって損害を与える
(C)債務不履行:契約上の規定に違反する行為または不誠実な行為
(D)法的対抗措置不可:上記に該当しないが職員の健康被害につながる恐れがある行為
■カスタマーハラスメントを止めさせるには
相手の行為に対して法的対抗措置が明確になえれば、職員の被害が大きくなる前に迅速に対抗措置を示して、ハラスメント行為の中止を要求します。しかし、相手の責任能力や判断能力によって、その対応方法や相手が異なります。家族からのハラスメントであれば、ストレートに「ハラスメントを止めなければ契約を解除する」と迫ることができますが、認知症の利用者の行為であればそうはいきません。
しかし、認知症の利用者の行為であっても実際に職員の被害が発生していれば、改善の必要性は同じです。例えば、認知症の利用者だから少しくらいのセクハラは仕方ない」と諦めるベテラン職員が居ますが、若い職員には大きな苦痛になりますから是正しなければなりません。最悪、精神患者として拘束することもあり得ます。
介護業界の従業員はサービス提供の対象がハンディがあるということだけで、職員がある程度犠牲になるのが止むを得ないと考えがちですが、この考えは改めなければなりません。
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20242024.11.20- 介護職員が利用者の写真を顔加工して人格を貶めた、家族が市に虐待通報
【検討事例】ある特養の職員通用口の外の喫煙所で、二人の若手男性職員がスマホを見せ合って大きな声で笑っています。「この顔のいじり方最高におもしろ!ラインで送れ」「みんなにも送ってやれよ、受けるぜ」と。どうやら今流行りの顔加工アプリで遊んでいるようです。そこへ運悪くある利用者の息子さんが、駐車場へ行くための通路を歩いて来ました。息子さんに気付いた職員がすぐにスマホを隠して、もう一人に「おい、しまえ」と言って息子さんに会釈しました。
息子さんは「今何を隠したんだ?」と笑いながら、背を向けていた職員のスマホをのぞき込みました。画像を見た息子さんは血相を変えて「それ、うちの母親だろう!」と職員の腕をつかみました。職員は「違いますよ、〇〇さんじゃありませんよ」と言いましたが、そこには顔が加工され首から下を入れ替えられた、他の女性利用者の写真が写っていました。
息子さんが職員からスマホを取り上げ、施設長に抗議すると、施設長は「悪ふざけでも少し行き過ぎていますから、二人にはよく言って聞かせます」と答えました。息子さんは激怒して「介護職員がこんなことをしていいのか?これは虐待だろ!」と主張し、取り上げた職員のスマホを撮影してそのまま市役所に行って介護保険課に提出しました。
市の介護保険課では、「虐待認定はできないが介護職員として不適切な行為であり、コンプライアンスを徹底するよう指導する」と回答しましたが、息子さんは納得しません。今度は家族会で問題にして、「施設は不適切なケアが蔓延している。職員を懲戒処分すべきだ」と主張します。施設では「法律や就業規則に違反した訳では無いので、懲戒処分にはできない、コンプライアンス管理を徹底する」と回答しましたが、息子さんの追及はなかなか収まりません。
■コンプライアンス違反の行為とは何か?
市は「コンプライアンスを徹底するように指導した」と言い、施設は「コンプライアンス管理を徹底する」と言います。最近このような明確に違法性が指摘できないようなケースで、頻繁にコンプライアンスという言葉が使われます。コンプライアンスとはどういう意味で、この施設は何をどう徹底するのでしょうか?
「コンプライアンス」という言葉は通常「法令順守」と訳されますが、法令を守ることだけではありません。もっと広い意味で「法令順守も含め企業が自主的に企業倫理に沿った企業運営をすること」を意味します。
ですから企業は社員が企業倫理に反する行為をしないように体制を作り、社員には企業倫理に沿った行動を守らせなければなりません。ここで企業倫理とは企業に都合の良いものではなく、社会倫理に沿ったものであることは言うまでもありません。ですから、社員は法律に違反しなくても企業倫理や社会倫理から外れる行動をすれば、コンプライアンス違反となるのです。
整理すると次のようになります。
①法律(法令)に違反する行為 (刑法や条例に違反し罰則が科させる)
②他人の権利を侵害する行為(不法行為として賠償責任が発生する)
③お客様との契約に違反する行為(債務不履行として賠償責任が発生する)
④就業規則など業務上の規律に違反する行為(懲戒処分の対象となる)
⑤社会倫理に反する行為(社会のモラルから外れる行為)
⑥介護の職業倫理に反する行為(不適切なケア・介護職員として不適切な行為)
ところで、本事例の職員の利用者の顔加工行為はどのコンプライアンス違反に当たるのでしょうか?施設側では、「介護職員として不適切な行為」として④の行為として捉えているので、懲戒処分を行き過ぎと考えているようですが、これは間違いです。
人の容姿を本人の了解なく撮影する行為は、肖像権の侵害という人権侵害行為であり、不法行為となりますから、②に該当することになります。顔の加工方法が本人に侮辱的なやり方であり、多数の人の目に触れれば刑法の侮辱罪で①該当する恐れもあります。
コンプライアンス違反のクレームは、過度な正義感に基づくクレーマーのように考える傾向がありますが、事業者はもっと慎重に違法性などをチェックしなければなりません。本事例で施設は、顔加工の方法が侮辱的かどうかを判断して、加工された画像がどこまで拡散したかを確認の上、本人と家族に報告して謝罪すべきだったのです。
■コンプライアンス研修
さて、市から指導された「コンプライアンス管理の徹底」とは、具体的に何をしたら良いのでしょうか?「職員にコンプライアンスを守らせろ」と管理者に指導しても、コンプライアンスが何かをきちんと整理できている管理者は少ないですから、前述の4種類のコンプライアンス違反行為を管理者に徹底しなければなりません。管理者研修では事業者や職員個人に対する法的責任などについて教え、管理の徹底手法についてポイントを講義します。
〇コンプライアンス管理の手法
・守るべきルールを事例を交えて具体的に教える
・ルール違反に対する罰則を具体的に教える
・ルール違反に至った原因を分析しルール違反をなくす
管理者研修の次に、職員には具体的な違反事例を示して研修を行う必要があります。私たちは次のような介護事業で重要なコンプライアンス違反の行為について、具体的な事例を挙げて職員研修を行い「やってはいけない行為」を説明しています。
〇職員研修で教えるコンプライアンス違反行為
1.虐待行為
高齢者虐待防止法で定義される虐待行為のほとんどが、刑法の犯罪に該当しますから「虐待行為は犯罪」と認識しなければなりません。
2.身体拘束
不当な身体拘束は介護保険法に違反するだけでなく、悪質な場合刑法の逮捕監禁罪になることもあります。
3.ルール違反などの悪質な事故
介護マニュアルの安全ルールに違反して、故意に危険な介助を行い重大事故を起こせば、業務上過失致死傷罪として裁かれることもあります。
4.契約違反
個人情報の漏洩などお客様との契約に反する行為で損害が生じれば、その損害を施設が賠償しなければなりません。
5.就業規則や服務規律違反
お客様に損害が発生しない行為でも、職員として業務上守らなければならない就業規則や服務規律に違反すれば、懲戒処分の対象となります。
6.不適切なケア、不適切な言動
明確な虐待や身体拘束に至らない行為でも不適切なケアを行ってはいけませんし、介護職員として相応しくない不適切な言動も慎まなければなりません。介護職員には労働契約上の職務専念義務や企業秩序遵守義務があり、懲戒処分になることもあります。
少し前から、保育従事者のコンプライアンスが問題にされ、「不適切な保育」と言う新しい言葉を耳にするようになりました。0歳児の足を持って逆さに吊るす行為は明らかな違法行為ですが、幼児に下着のまま食事をさせることも「不適切な保育」とされて糾弾されました。
当初は企業行動の法令順守が目的とされた“コンプライアンス”はその意味が拡大し、一般市民が要求する多様な規範基準が企業に突き付けられるようになっています。SNSによる私的正義感による企業行動の糾弾も、コンプライアンスの拡大を助長しています。このコンプライアンスの膨張拡大の影響を経営者や管理者はきちんと理解し、市民的倫理規範に合わせていかなければなりません。
先日デイの外出行事で利用者の持っていた障害者手帳で障害者割引を使ったら「制度の趣旨を逸脱している」と家族から抗議がありました。法律にも規則にも違反していませんが、介護福祉従事者という一段高い職業モラルを基準に考えれば、家族の指摘はもっともなのです。
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20242024.11.20- 利用者のセクハラ行為の情報を事業者に伝えたケアマネージャー、個人情報漏洩?
【検討事例】訪問介護サービスを利用している認知症が無い男性利用者Hさん(66歳)は、時々ヘルパーにわいせつな行為をして問題を起こします。事業所の管理者はサービス提供中止の意向をケアマネジャーに申し出ますが、ケアマネジャーがHさん厳しく言うとしばらくの間おとなしくなります。ところが、ある時Hさんがヘルパーの下半身に触る行為があったため、事業所は明らかな違法行為であるとしてサービス提供の中止を決めました。ケアマネジャーは苦労して後任の事業所を見つけ、ていねいに引継ぎを行いました。後任の訪問介護事業所の管理者は、ケアマネジャーに前任の事業所がサービス提供を中止した経緯を尋ね、ケアマネジャーはHさんのわいせつ行為について説明し注意を促しました。
ところが、ケアマネジャーが後任の事業所にHさんのわいせつ行為を伝えたことがHさんの耳に入り、ケアマネジャーにクレームを言ってきました。ケアマネジャーはHさんに「ケアマネジャーは介護サービスが円滑に提供されるよう他の事業所に情報を提供する義務がある」とその正当性を主張します。Hさんは、「ケアマネジャーは個人情報を漏洩し公的なサービスを受ける権利を侵害した」として県の福祉局に苦情申立を行い、弁護士を通じて慰謝料を要求してきました。
■利用者の不利益につながる個人情報は提供してはいけない
ケアマネジャーは、「ケアマネジャーは介護サービスが円滑に提供されるよう他の事業所に情報を提供する義務がある」と言っています。利用者のハラスメントに対しては事業所に情報提供を行って、事業所の従業員を守るのが当然だと考えたのでしょう。利用者はわいせつ行為が違法であることを知りながら行為に及んでいるのですから、ケアマネジャーの言い分にも一理あります。
しかし、一方で利用者の個人情報の利用には法的な制限があります。ケアマネジャーが本人の承諾を得ないでわいせつ行為の情報を他の事業者に提供することは、個人情報保護法違反や契約上の債務不履行になる恐れがありますので検証してみましょう。
個人情報保護法では、事業者が取得した個人情報を他の事業者に提供する場合、本人の承諾が必要となります。しかし、介護サービスの提供では事業者間で利用者の個人情報を共有しなければ、適切なサービス提供ができませんから、サービス提供契約時に契約書などで包括的に利用者の承諾を取り付けています。ですから、利用者の障害の状況やサービス提供内容などの情報を、他の事業者に提供しても個人情報保護法には抵触しません。
しかし、本事例のHさんのわいせつ行為の情報は、契約時に本人の承諾を取り付けた「個人情報の第三者提供」の対象になるのでしょうか?
契約時に本人の承諾を取り付けている個人情報の第三者提供では、本人に対する介護サービスの提供に必要不可欠の最低限の情報でなければなりません。そして最も重要なことは、本人の利益になる情報であることが条件となります。本人の不利益になり本人へのサービス提供の支障になるような、個人情報はたとえ連携する事業者間でも提供してはいけないのです。
このように考えると、Hさんの「ケアマネジャーは個人情報を漏洩し公的なサービスを受ける権利を侵害した」という主張が正しいことになります。では、ハラスメントなどの利用者の違法行為などの情報について、ケアマネジャーはどのように取り扱ったら良いのでしょうか?本事例のケースでは、後任の事業所が直接利用者本人に確認しなければならないことになります。
■介護サービスに必要な情報と本人の不利益にならない情報
介護事業者は本人から個人情報の第三者提供の承諾を取り付けていますが、どんな個人情報でも提供できる訳ではありません。しかし、現状はどのような個人情報は提供してはいけないのか明確になっておらず、本事例のようなトラブルが発生するのです。
では、どのような個人情報は連携する介護事業者に提供してはいけないのでしょうか?本事例から明らかになったことは、次の2点については明確にしておく必要があります。1.本人の介護サービス提供に必要な情報に限られること
これは「個人情報の利用目的の範囲内での取り扱い」という個人情報保護法の規定にもある通り、介護事業者は利用者の個人情報を介護サービスの提供以外の目的で利用してはいけませんし、第三者に提供する場合も同様です。
例えば、家族の情報は全てが直接利用者への介護サービスに必要な情報ではありませんから、限定して取り扱わなければなりません(ただし虐待など本人の安全にかかわる情報は除外)。
2.本人の不利益にならない個人情報であること
契約時に第三者提供について包括的に承諾を得てはいますが、原則は本人の承諾が必要なことは変わりません。本人の不利益につながるような個人情報は本人が承諾するはずがありませんから、包括承諾の対象外になります。
本事例のHさんのわいせつ行為の情報は、事業者や従業員の利益になる情報ですが、Hさんにとっては介護サービスを受けるに際して不利益になる情報です。家族からの理不尽で身勝手な要求などの情報も同様です。
■要配慮個人情報にも注意する
平成27年の個人情報保護法の改正において、要配慮個人情報について取得時に本人の承諾を得ることが義務化されました。要配慮個人情報とは従来センシティブ情報と言われていた、その漏洩が重大な人権侵害につながるようなプライバシー性の高い次のような個人情報を言います。要配慮個人情報については、契約書で包括的に承諾を得ていたとしても、他の事業者に情報提供する場合には個別に承諾が必要と考えなくてはなりません。
(1)人種 (「在日○○人」、「○○地区・○○部落出身」、「日系○世」など)
(2)信条 (信仰する宗教、政治的・倫理的な思想など)
(3)社会的身分 (「非嫡出子」や「被差別部落の出身」であることなど)
(4)病歴 (「肺癌を患っている」や「統合失調症で通院していた」など)
(5)犯罪の経歴 (裁判で刑の言い渡しを受けてこれが確定した事実)
(6)犯罪により害を被った事実 (「詐欺被害に遭った」「インターネットで事実無根の中傷を受けた」など)
(7)身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)など(「医師などから、身体的、精神的な障害があると診断されていること」「障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳などの交付を受けていること、本人の外見から」「明らかに身体上の障害が認められること」など)
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20242024.11.20- 「Mに“はたかれた”」と職員を名指しで虐待を訴える利用者、対応が遅れ市に虐待通報
【検討事例】ある特養で職員の虐待を訴える事件が起きました。軽度認知症の女性利用者Sさんが「Mにはたかれた、見ろ、はたかれた跡や」と顎を示して、職員を名指しで主任に訴えてきたのです。確かに顎に少し赤みがかった跡らしきものがあります。M職員(男性)は日頃から言葉遣いや振舞いに少し問題があったため、主任は「もしかしたら」と考えすぐに施設長に相談しました。
施設長はすぐにM職員を呼んで、「Sさんが“Mにはたかれた”と言っている。顎に跡も付いている。どうなんだ?」と問いただしました。M職員は「虐待なんてする訳がありません。Sさんは認知症がありますから、自分でぶつけたのを勘違しているんじゃないですか?」と否定します。
施設長は主任と相談員を呼んで対応を相談しました。主任は「M職員は荒っぽい性格だから虐待の疑いがある。すぐに通報すべきだ」と言います。相談員は「認知症のある人の訴えを信じる訳にはいかない。家族と話し合って対応すべきだ」と言います。施設長は「証拠も無いのに虐待と決めつける訳にもいかない」と迷い、対応方針が決まりません。
このように施設長室で相談をしていると、面会に来た娘さんがSさんの訴えを聞き施設長室にやってきました。「父が職員に“はたかれた”と言っている。虐待じゃないか!」と大変な剣幕です。施設長が「今職員に事情を聴いていますので」と言うと、娘さんは「父は多少認知症はあるけど大事なことを間違えたりしない。本人がMだと言っているんだから間違いない」と主張します。娘さんは自ら市に虐待通報し「施設は虐待を隠そうとしている」と言いました。
■なぜ虐待通報されてしまったのか?
本事例では、本人からの訴えを施設で把握していながら、「家族からの虐待通報」という最悪の事態になってしまいました。では虐待の訴えがあった直後にどのような対応をするべきだったのでしょうか?重要なことは「迅速な事実確認と家族連絡」です。
まずは迅速に事実確認を行わなければなりません。訴えがあった時点で施設長が直接利用者と職員双方から詳しく事情を聴き、口頭で家族に連絡します。本事例のように対応を相談してボヤボヤしていると、本人が面会に来た家族に訴えてしまいます。家族は施設からの報告よりも本人の訴えを先に聞けば「なぜすぐに家族に報告しないのか?隠そうとしているのだろう」と隠ぺい工作を疑います。家族には訴えがあったことを迅速に連絡しなければなりません。
次に、利用者と職員双方から聞き取った記録を家族に示して説明し、施設としての対応方針を説明します。虐待の疑いへの対応で最も重要なポイントは、この施設の対応方針をていねいに説明することです。施設の対応方針を家族が納得すれば、対応方針通りに調査などの対応を進めていきますが、市にも連絡を入れておきます。家族と協議した対応方針を書面で送り、調査結果について報告すると連絡します。家族には施設が隠すことなく公明正大な対応を行うことを理解してもらえば、当面大きな混乱は避けられます。
■虐待の訴えに対する対応手順はあらかじめ決めておく
どの施設でも利用者からの虐待の訴えが起こることは考えられますが、この時の対応を決めている施設はほとんどありません。本事例のように訴えの直後にモタモタして、適切な対応ができなくなってしまいますから、あらかじめ対応手順を決めておく必要があります。次の通り対応手順をまとめましたので参考にしてください。・訴えの直後に利用者、職員双方から事実を聴き取り記録する。
訴えの信ぴょう性を評価する必要はありませんから10分程度で迅速に行います。
・他の職員や利用者などから目撃情報などを聴き取り記録する。
その場に居合わせた職員や他の利用者などにも、心当たりが無いかを確認します。
・利用者と職員への聞き取り後速やかに家族に連絡する
「利用者から職員による虐待の訴えがあったのでこれから調査などの対応を行うので、対応方針を説明したい」と連絡します。
・利用者と職員の聴取記録から被害事実の信ぴょう性について家族と協議する。
たとえ認知症があっても被害の訴えが事実である可能性は高いので、訴えの信ぴょう性の評価は家族の判断に従う。
・被害事実の可能性が高いと判断すれば、事故と虐待の両面から調査を行う。
「“職員の手がぶつかった”という事故を、利用者が虐待と誤解するケースは良くありますから、虐待の有無だけではなく事故事実を綿密に調査します。
・役所や警察への通報について説明する
「施設で調査を行って虐待の事実が判明すれば、施設から市や警察に虐待通報をしますが、現時点では市に連絡を入れ随時報告を入れます」と説明します。
・疑惑のある職員の処遇について説明する
当面は被害を訴えている利用者の不安に配慮し、虐待疑惑のある職員の職場を変更します。
・調査の期間は3日~5日程度として調査を行い施設の判断を家族に伝える。
必要な調査を行い職員による虐待の可能性を家族に報告します。虐待の可能性が極めて高い場合は、証拠が無くても「虐待の事実があった」と判断して報告します。
・虐待と判断した場合は役所に報告し、場合によっては警察にも通報します。
市への報告は施設の義務であり、警察への刑事告発は家族の判断であることを家族にはきちんと説明しておきます。
・虐待の事実が判明した時は、職員の懲戒処分を行い家族に説明する。
法人の懲戒規程に則って適切に行うことを説明する。
■虐待の事実が確認できなかったら
施設では利用者と職員の聴取記録や、他の職員や利用者への聞き取り、また日頃の職員の勤務態度や過去の賞罰などを調査し、最終的な結論を出します。職員が虐待の事実を認めればすぐに決着しますが、ほとんどの場合職員は否定しますから実際はそれほど簡単ではありません。
たとえ、職員が否定しても客観的に判断して虐待の可能性が極めて高いと判断されれば、施設は虐待が発生したと判断して家族に説明し、通報などの対応を行わなければなりません。施設から警察に職員を刑事告発することもあります。
では、虐待の可能性が極めて職員が頑強に否定したらどうすれば良いでしょうか?証拠も無いのに懲戒処分にすれば、懲戒権の濫用として労働者への人権侵害となりますから注意が必要です。多くの場合、懲戒処分を行わずに他の職場に異動ということが考えられます。
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20242024.11.20- 「毎日入浴させろ、当然の権利だ」というクレーマーに根負けした施設長!
【検討事例】
Hさん(84歳女性・要介護3)は、在宅で息子さんが介護していましたが、息子さんの仕事の都合で介護付き有料老人ホームに入所することになりました。入所前の施設の説明に対して「え?週3回しか入浴できないのですか?」と不満を漏らしました。入所後すぐに施設長に面会を求め、「母は肌が弱くきれい好きなので毎日入浴させて欲しい。家では毎日きちんと風呂に入っていた」と要求してきました。「週3回の入浴は施設の決まりですから」と施設長が断ると、「契約書には3回しか入浴できないとは書いてない。『個別のニーズに応えます』というのは嘘か?」と主張します。
その後も「施設長だって毎日風呂に入るだろう」「身体が不潔だとストレスになり病気になるし認知症も悪化する。そうなったらアンタ責任取るのか?」と執拗に要求してきます。施設長は息子さんに理解を求めようとしましたが、相手を納得させるような根拠を明確に示して説得することができません。ついに息子さんは、「毎日入浴するなんて最低限の文化的な生活だろう」ともっともらしい理屈を付けて主張し、施設長は根負けして要求を受け入れてしまいました。Hさんの息子さんは、介護職員に対して「イマドキ毎日入浴するのは当たり前だからね」と勝ち誇ったように言います。しばらくして、息子さんは1日5回の口腔ケアを要求してきました。
■なぜ施設長は息子さんの要求を受け入れてしまったのか?
最近では入所施設でも家族によるカスタマーハラスメント(威圧的・暴力的要求)が問題になっていますが、ハラスメントの前提には理不尽で身勝手な要求があります。これらの要求に対抗できずに安易に受け入れてしまうと、増長して次々と無理な要求を繰り返してクレーマーに変貌してカスタマーハラスメントにつながるという構造があります。ですから、これらの身勝手な要求に対しては、毅然と対抗してNoと言わなければなりません。
相手はその要求根拠として一見もっともらしい理屈を付けてきます。この理屈に対して、相手が納得せざるを得ないような根拠を示して要求を断らなければなりません。Hさんの息子さんの要求根拠は、「毎日入浴しなければ病気になる」であり、その正当性の根拠は「イマドキ毎日入浴するのが当然」などでした。人によって考え方は異なりますから、これらの屁理屈のような要求根拠を、“バカらしい”と否定することもできません。では、これらのもっともらしい理屈の付いた要求に対して、どのように納得性のある根拠を示して要求を断れば良いのでしょうか?
■ 「契約上できない」とは言えない
介護付き有料老人ホームの入居契約書で「週3回を超える入浴はできない」との記載はありませんから、「契約上できない」という理由で要求を拒否することはできません。無理な要求をしてくるクレーマーの中には、契約書を隅々まで読んで自分の要求が契約上正当であることを示してくる手ごわい相手が少なくありません。
また、特養や老健などの入所施設では提供するサービスに上限が決められていませんから、もっともらしい理屈を付けてサービスの上乗せ要求をされると断りにくいという面があります。居宅サービスで「息子のご飯もついでに作って欲しい」と要求されても、「規則でできません」と容易に断ることができます。しかし、施設サービスは介護度に応じた定額の包括サービス契約であって、「飲み放題・食べ放題」と同じなのです。では相手に負けないように理論武装をして、納得せざるを得ない根拠を示して対抗するにはどうしたら良いでしょうか?
■誰もが納得できる根拠を示して拒否する
介護保険サービスは、公的な制度に基づいたサービスですから、制度運営上公平性が重視されます。ですから、本事例のように自分の利益のために特別に手厚いサービスを要求してくる場合には、公的制度であることを理由に次のように主張すれば良いでしょう。
・介護保険のサービスは介護保険制度という公的な制度で運営されているサービスなので、特定の利用者に対する過剰なサービスは利用者の公平性の観点から適切ではない。
・職員配置は介護保険制度で決められており、介護報酬も定額であり職員は増やせないので、現状の職員配置では毎日の入浴は業務の支障となる。
また、健康管理上の理由やケアの必要性を根拠に無理を言って来る場合があります。例えば、「褥瘡防止のためには2時間おきの体位変換をすべきだ」とか、「誤嚥性肺炎防止には1日5回の口腔ケアが必要だ」というような要求です。これらの要求については、「医学的根拠が無いのでケアを増やすことができない。医師の指示があれば検討する」と答えれば良いでしょう。
以上のように、クレーマーに変貌してカスタマーハラスメントにつながるような無理な要求に対しては、あらかじめ対抗手段を決めておかなければなりません。一度無理な要求を受け入れてしまうと、必ずエスカレートするのもクレーマーの特徴ですから。
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20242024.09.11- 1日5回口腔ケアをすべきという家族の要求を断ったら、施設サービス計画書で反論された
【検討事例】ある特別養護老人ホームに入所した91歳の女性利用者の娘さんが、1日5回口腔ケアをして欲しいと言ってきました。「以前肺炎で入院した時に、口腔ケアを徹底するように医師から言われた」というのです。「1日3回で十分口腔内は清潔にできます」と言うと、娘さんは「施設サービス計画書に書いてあるのだからやるべきだ」と言います。計画書を確認すると「誤えん性肺炎防止のために口腔ケアを徹底する」と書いてあります。相談員は「計画書は援助目標を書いてあるので、口腔ケアの回数を言っているのではありません」と理解を求めましたが、娘さんは納得してくれません。口腔ケアは1日何回やるべきでしょうか?
■施設サービス計画書は契約書である
施設サービス計画書は相談員が言うように、ケアプランのように援助目標を記載するものなのでしょうか?実は施設サービス計画書は、契約書と同等の法的拘束力がありますから、計画書に記載してしまったら、契約条項と同じ意味を持ちます。ですから、施設サービス計画書に記載したことを実行しなければ債務不履行、つまり契約違反となります。
施設と利用者との間で締結される契約内容は、入所契約書のみで決まる訳ではありません。通常入所契約を取り交わす時には、入所契約書と重要事項説明書に印鑑を押しますから、この2つの書類が契約書であると思われていますが、そうではありません。
入所契約書や重要事故説明書には全ての契約者に共通する一般的条項しか記載されていません。施設の個別の利用者にどのようなケアを具体的に提供するのかは、施設サービス計画書に記載されて初めて明らかになるので、計画書も契約書の一つなのです。ですから本事例のように、 「誤えん性肺炎防止のために口腔ケアを徹底する」と記載した場合、他の利用者と同じ回数では徹底したことにならず、少なくとも1日4回以上の口腔ケアを約束したとみなされます。
■「歩行は常時見守り必要」と計画書に記載したが
本事例のように、口腔ケアの回数であれば家族に説明して理解を求めることもできますが、もっと重要な事項を間違って記載して大きな問題になった事例があります。あるデイサービスで、認知症の利用者が椅子から急に立ち上がって、そのまま転倒して骨折してしまいました。デイサービスでは、「急に立ち上がって転倒した場合、職員は対応しきれない」と理解を求めましたが、家族は「通所介護計画書に“歩行は常時見守りが必要”と書いてある。見守ってくれなかったから転倒した」とデイの責任を追及してきました。
通常防ぎきれない事故であれば、過失にはなりませんから賠償責任は発生しません。しかし、通所介護計画書に「常時見守り」と書いてしまったら、見守らずに転倒させれば契約違反になり、債務不履行として賠償責任が発生します。利用者を常時見守ることは不可能ですから、できないことは計画書に書いてはいけません。
■契約書であるという認識で作成を
以上のように、施設サービス計画書などの介護計画書は、個別利用者に具体的にどのようなサービスを提供するのかを記載する重要な契約書なのです。しかし、計画書の内容をチェックしてみると、本事例のように「徹底する」「努力する」などの曖昧な表現が多く、いざという時トラブルになりかねません。施設のケアマネジャーは、介護計画書が契約書であるという認識で、できる限り正確な表現で記載する必要があります。
ある施設のケアマネジャーが、本人が希望しているからと言って「年内に墓参りに連れて行く」と計画書に記載して問題になりました。何の相談も受けていない介護主任は「ほとんど寝たきりで外出には危険が伴うので絶対に無理だ」と主張します。家族が「ご厚意はありがたいのですが、うちのお墓は高い階段の上にあるのでとてもたどり着けませんよ」と言ってくれたので、幸いトラブルにはなりませんでした。
居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成するケアプランであれば、「援助目標」の欄に“墓参り”と書いて、実現に努力する旨を記載しても良いのですが、施設サービス計画書は、提供するサービスを記載する契約書ですから、慎重に作成しなければなりません。
- 09/11
20242024.09.11- おもしろ半分の悪ノリが家族による虐待行為通報に!不適切ケア、不適切言動の指導とは?
【検討事例】
ある特養で職員の不祥事が起きました。20歳の女子職員が夜勤中に認知症の利用者の髪の毛にリボンを8つ結び、これを写メしてブログに画像をアップしたのです。写真には「認知症のおばあちゃんは可愛い」とありました。このブログの写真を発見した息子さんが激怒して、「介護職の行為は個人情報の漏洩だ、訴訟を起こす」と強く抗議してきました。施設長は、「認知症のお母様の髪の毛にイタズラをする行為は虐待行為です」と息子さんに説明し、市役所に虐待事件として通報し、個人情報の漏洩事故としても事故報告をしました。施設では、介護職員Aを懲戒解雇処分とした上で、謝罪し賠償金の支払いを申し出ましたが、息子さんはこれを辞退しました。
■なぜ施設長は虐待行為と判断したのか?
判断能力の無い認知症の利用者の髪に、たくさんのリボンを付けて写真に撮る行為は虐待行為です。施設長が適切な対応を行ったため、息子さんも理解を示して訴訟を思いとどまりました。本人が肉体的・精神的な苦痛を感じなくても、認知症の利用者の人格を貶める行為は虐待行為と認定されます。
12年前、特養で認知症の利用者に性的な暴言を吐き家族に録音されるという前代未聞の事件が起こりましたが、市はこの行為を性的虐待と認定しました。認知症の利用者本人が暴言を理解できなくても、人格を貶める行為は、人の尊厳を損なう人権侵害であり虐待行為なのです。
また、ブログに認知症の利用者の写真を掲載するという行為は、個人情報の漏洩に該当しますが、その被害の大きさは健常者の個人情報の漏洩と比べ重大です。なぜなら、知的なハンディのある人の個人情報は、プライバシー性の高いセンシティブ情報でその漏洩は人権侵害とみなされるからです。
■「そんなつもりはなかった」と言った新人職員
本事件が発覚した時、施設長以下中堅職員は「そんなバカなことをする介護職がいるのか?」と驚きましたが、本人には悪いことをしたという認識はありませんでした。この問題が発覚した時には、「そんなつもりはなかった」と涙ながらに訴えたので周囲は呆れましたが、きっと嘘ではないのでしょう。採用試験の面接でも「認知症のおばあちゃんは可愛いから大好きです」と発言したと言いますから、本当にそう思っていたのでしょう。採用の段階で介護職として重要な倫理観が備わっていないことを見抜いていたら、この不祥事は避けられたかもしれません。
呆れるようなコンプライアンス違反で大問題になった時にも、その行為を行った本人にその重大性の認識が無いことが良くあります。つまり、管理する側は「こんなことは当たり前だろう」と考えていることが、違反する本人たちから見れば当たり前ではないのです。この新人職員のように、重要なことを知らなかったために、過ちを犯して罰を受けるのですから本人も可哀そうなのですが、重要なルールはこれを知らなかったことがルールに違反した時の言い訳にはならないのです。
では、管理者側から当たり前という重要な認識が備わっていない若い職員に対して、どのようにして認識してもらったら良いのでしょうか?倫理観という漠然とした能力が備わっているかどうかを見抜くことは容易ではありませんから、やはり研修によって一つ一つ教育しなければなりません。
■やってはいけないことを教える
法人の理事長からこの不祥事の再発防止策を求められた施設長は、「それは採用時に見抜かなければどうしようもない。職場での教育は無理」と答えました。なぜなら、倫理観はその人間の成長過程において少しずつ身に付くものであって、職場の研修で身に付かないからです。しかし、この不祥事の再発防止のために、何かをしないと施設長も安心できません。そこで、施設長は介護現場で起きている「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」を調べて、これを材料に研修をしようということになりました。
施設長は知り合いの施設長にメールで相談し、いくつかの施設から不祥事の事例を提供してもらいました。予想した通り「その時のノリで軽い気持ちでやっちゃった」というものがいくつもありました。中にはデイの管理者が障害者手帳を利用者から借りて、外出行事の時の博物館の入場料を行事参加者全員無料にして“経費を節約”して問題になったという悪質な確信犯の事例もありました。
■実際に研修をやってみたら
さて、施設長は知り合いの施設長から教えてもらった事例から、12件の介護職のコンプライアンス違反事例を使って研修を行いました。事例をグループで討議して、何が不適切な行為なのか、何がコンプライアンスに違反するのかを職員に考えさせるのです。事例を選んでいる時に、施設長は「さすがにこんな基本的なルールが分からない職員はいないだろう」という事例もありました。しかし、実際に研修をやってみるとビックリ。どのような規則に違反するかと言う問いに答えられない職員がたくさんいましたが、「これってなぜルール違反なんですか?」と疑問を口にする職員がたくさんいたのです。コンプライアンスに対する認識は個人によって大きな違いがありますし、年代によっても大きな差がありますから、「こんなことは当たり前」と考えてはいけないのです。
施設長がコンプライアンス研修に使った「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」の中には、次のような事例もありました。虐待などの職員の不祥事が起きると、「倫理要綱を毎日唱和する」などの形式的な対策を考える管理者がいますが、事例を見ると職員の倫理観を向上させることがいかに難しいか良く分かります。
〇忘年会で盛り上がり利用者にもカツラをかぶってもらった
クリスマスの行事のアトラクションで、職員が禿げ頭のカツラを買ってきてかぶり利用者にウケて盛り上がった。盛り上がったついでに、認知症の男性利用者の頭にカツラをのせたら、利用者にもウケて、職員が自分のポケットからスマホを出して写メしていた。
〇休憩時間中に同僚と認知症の利用者の悪口を言ってみた
認知症フロアに異動になりストレスが溜まっている。ある時、休憩室で仲の良い同期と二人になり、「あのバアチャンは本当に頭に来る」と言ったら、同僚が「違いない、ホントに頭来る」と賛同してくれた。それからしばらく、認知症の利用者の悪口を言い合ったら気分がスッキリした。
〇認知症の利用者が喜ぶので名前で「〇〇ちゃん」と呼んでいる。
認知症の重い利用者がいる。ある時、居室に誰も居なかったので、名字ではなく名前で「〇〇ちゃん」と小声で呼んでみたら、嬉しそうな顔をした。他の職員にも「〇〇ちゃんって呼ぶとスゴイ喜ぶよ」と教えてあげたら、みんながそう呼ぶようになった。
- 09/11
20242024.09.11- 悪質クレーマーとの会話を無断で録音したら「盗聴は犯罪だ!」と脅された、録音してはいけない?
【検討事例】
介護付きホームの入居者Hさんの息子さんは、入所時に「母を転ばせないで」と強く要求しました。相談員は「最善を尽くします」と答えましたが、転倒事故が起こると「転ばせないと約束したのになぜ転ばせた」と大きな声を出します。その後も身勝手な要求を繰り返し、こちらが言ってないことを「言った」と威圧的な態度でゴリ押しします。ある時息子さんが「〇〇と言ったはずだ」と言ってきたので、詳細な会話の記録を見せると、記録など当てにならないと言います。相談員は「録音して記録したのだから間違いない」と言ってしまいました。息子さんは「勝手に会話を録音するのは違法だ」と言います。交渉相手との会話を録音したら違法なのでしょうか?
■無断録音は盗聴ではない
Hさんの息子さんのように、こちらが言っていないことを「言った」と強引に主張して、暴力的・威圧的な態度で理不尽な要求をしてくる相手に対しては、防衛手段として会話を録音する必要があります。相手の同意を得て録音すれば何の問題もありませんが、Hさんの息子さんが会話の録音に同意するとは思えません。では、相手の同意なしに会話を録音したら違法なのでしょうか?
私たちは、無断で会話を録音する行為は、後ろめたく違法性があるように感じます。隠しマイクで人の会話を録音することを「盗聴」と言いますから、盗撮のように犯罪と思えるのです。他人の容姿を無断で撮影すればプライバシーの侵害ですから、無断録音も同様に権利の侵害とも受け取れます。
しかし、相手の同意なく会話を録音することは、違法ではありませんし犯罪でもありませんから、正確な記録のために録音することは構いません。他人同士の会話を隠れて録音する行為、すなわち「盗聴」はそれだけでは犯罪にはなりません。盗聴器を仕掛けるために住居に不法に侵入したり、電話回線に盗聴器を仕掛けて会話を受信するような行為が犯罪になるのです。
また、他人同士の会話を無断で録音すればプライバシーの侵害になりますが、相対して話をしている相手と自分の会話を無断で録音する行為(無断録音)は、権利侵害の程度が低く問題にならないと考えられます。
■威圧的な相手との会話は録音すべき
Hさんの息子さんは威圧的な態度で無理な要求をしてくる人です。その上、こちらの言っていないことを「〇〇と言った」と、自分の都合の良い主張に変える人です。このような相手と交渉する場合には、後日のトラブルに備えて準備が必要です。
まず、相手のとの交渉には必ず2名で臨み、1名が相手との交渉を担当し、もう1名が記録を取ります。単独で交渉に臨むと、後日「言った言わない」という争いになった時、こちらの主張の正当性が弱くなってしまうからです。そしてこちらの主張を裏付ける記録を正確に取るために、相手の同意が無くても会話を録音します。交渉の場で相手がこちらを脅かすような暴言を吐けば、脅迫罪になるかもしれませんから、後日この録音を証拠に相手を刑事告訴できるかもしれません。また、暴力的で威圧的な相手に対しては、録音を条件に交渉に臨むと相手に伝えることで、暴力的な行為をけん制することもできます。
このように、会話の録音自体は違法ではありませんし犯罪でもありませんが、録音したことが相手に分かれば相手との信頼関係を損ねます。また、こちらが相手に敵対意識を持っていると受け取られますから、信頼関係を重視している相手に対しては録音したことが分からないようにしなければなりません。
■録音データの取扱いには注意が必要
さて、無断録音は違法性がありませんから会話の録音は構いませんが、録音したデータの取扱いには注意が必要です。録音されたプライバシー性の高い内容が職員から口外されれば、プライバシーの侵害で賠償請求される可能性もありますから、厳重に管理して他の職員がアクセスできないようにしなくてはなりません。
消費者保護の観点での配慮も必要です。2人の職員が1人の相手と交渉し無断で録音までしているのですから、消費者保護の観点から好ましい光景とは思えません。相手が威圧的でやむを得ない場合のみ録音するとした方が無難でしょう。介護福祉事業は公共性が高く利用者保護への配慮が必要とされていますから。
- 09/11
20242024.09.11- 「医療体制万全」と宣伝する住宅型有料老人ホーム、認知症と身体機能悪化で「施設に騙された!」
【検討事例】
パーキンソン病のMさんは、居宅で転倒して骨折し入院しましたが、入院中に認知症を発症し、息子さんは在宅介護が困難と考え入所先を病院に相談しました。すると、病院では開設したばかりの医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム勧めてきました。施設を見学し「看護師24時間常駐で医療体制万全、認知症でも安心」と説明され、安心した息子さんは入所を決めました。ところが、Mさんは「部屋の隅に人が居る」と怯えて自室に戻らず、他の居室を徘徊して迷惑だとリスペリドンを処方されました。息子さんが会いに行くと、Mさんは歩行ができなくなっており、息子さんは「施設に騙された」と苦情申立をしました。
■Mさんはパーキンソン病か?
本事例のMさんを巡るトラブルの原因は大きく2つに分けることができます。1つはMさんが住宅型有料老人ホームで認知症が悪化したこと、2つ目は「医療体制万全」というアピールを息子さんが過大評価したことです。まず、Mさんの認知症の症状の悪化の原因から分析してみましょう。
Mさんはパーキンソン病と診断されており、病院で認知症を発症したとあります。骨折などで入院した高齢者が、生活環境の変化から病院で認知症を発症することは少なくありません。しかし、パーキンソン病の患者が認知症を発症した場合、レビー小体型認知症の可能性を調べるのは今や認知症患者への対応では常識です。
レビー小体型認知症は、その初期症状がパーキンソン病の身体機能障害に酷似しているため、パーキンソン病と診断されていることが多いからです。事実その後Mさんに現れた認知症の症状は、「部屋の隅に人が居る」という訴えであり、レビー小体型認知症特有の典型的な「幻視症状」と考えられます。
ところが、「医療体制万全」が謳い文句であったはずの、医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム(診療所や訪問看護を併設し24時間体制で医療ケアを提供)でありながら、Mさんのレビー小体型認知症の可能性に気付きませんでした。また、レビー小体型認知症の患者は薬剤感受性が強く、リスペリドンは錐体外路症状による運動機能低下を招くなど、副作用の発現率が高いとされています。ですから、Mさんの歩行機能が低下したのは、レビー小体型認知症の患者に対する間違った薬物療法の弊害とみられます。Mさんは、病院で認知症を発症した時点で、レビー小体型認知症の可能性を調べ、再診断を行い適切な薬を処方をすべきだったのです。
■「医療体制万全」というアピールは適切か?
次に、息子さんが病院の勧めでMさんを入所させた、医療ケア重視の有料老人ホームの問題点を検証してみましょう。かつて、有料老人ホームのサービス・料金や居住権の広告表示を巡って入居者とのトラブルが多発し、平成11年の公正取引委員会による警告と実名公表という事態となりました。これを受けて、平成16年には「有料老人ホームの不当な表示(公正取引委員会告示)」より不当表示の基準が示され、有料老人ホーム協会によるガイドラインが作成されその遵守が求められました。
最近では介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など高齢者住宅が多様化し、再び競争の時代を迎えており、顧客誘引のための誇大表示によるトラブルも懸念されています。パンフレットや説明書に虚偽の記載をする施設は少ないと思われますが、注意を要するのはホームページのサービス内容の誇張表現です。「24時間365日サービス員常駐で安心安全な施設」「看護師常駐で万全の医療体制」等はいずれも不当表示に該当するおそれがあります。
Mさんの息子さんが病院から勧められた、有料老人ホームも「医療体制万全」というのは誇張であり、「看護体制が充実」くらいが適切な広告表現と言えるでしょう。ところが、息子さんはこの有料老人ホームの「医療体制万全」というアピールを鵜呑みにしてしまい、結果的にMさんのレビー小体型認知症を悪化させてしまいました。
■レビー小体型認知症の診断基準
レビー小体型認知症は1976年に日本人医師によって発見された認知症で、今や認知症全体の20%を占めています。その診断基準における中核的特徴では次の3つの症状が挙げられています。
① 注意や覚醒レベルの顕著な変動を伴う動揺性の認知機能
② 典型的には具体的で詳細な内容の,繰り返し出現する幻視
③ 自然発生の(誘因のない)パーキンソニズム
ですから、「子供が2人部屋の隅に居る」などの具体的な幻視と、パーキンソン症状が現れればレビー小体型認知症を疑い、再検査を受けなくてはなりません。なぜなら、レビー小体型認知症はその薬剤感受性が強いことも大きな特徴であり、薬物療法を間違えると症状を悪化させることでも有名な病気だからです。
一般的に、リスペリドン・オランザピンなどの抗精神病薬は運動機能を悪化させるため、レビー小体型認知症の患者には慎重投与とされています。また、レビー小体型認知症の処方薬として承認されているドネペジル塩酸塩も、個人差が大きく劇的に改善する患者と悪化する患者に分かれるようです。このようにレビー小体型認知症は薬剤感受性が故に、劇的に改善することもあればその逆もあり薬物療法が難しいことも広く知られているのですから、早期の診断による適切な薬物療法が大切と言われているのです。
■目に余るホームページの誇大広告
さて、2つの目の問題点である有料老人ホームの誇大広告について検証しておきましょう。前述のように、有料老人ホームの業界では過去に公正取引委員会の警告という不名誉な事態があり、業界全体に適正化が図られました。しかし、最近の高齢者住宅の競争激化の中で、またしても同じような誇大広告による、消費者トラブルが増加しています。
また、この現象は有料老人ホームだけでなく、特別養護老人ホームや老人保健施設にまで波及していることも大きな問題です。特別養護老人ホームや老人保健施設は、その運営基準や社会福祉事業法などで厳しい規制を受けているからです。
ちなみに、平成16年に公表された、「有料老人ホームの広告等に関する表示ガイドライン」によれば、消費者に誤解を与える不適当な表現を次のように例示しています。
「最高」「最高級」「極」「一級」「日本一」「日本初」「業界一」「超」「当社だけ」「他に類を見ない」「完全」「完璧」「絶対」「万全」「多数の」「多くの」「十分な」「特選」「厳選」「格安」「破格」「最優先」「優先的に」等
このような表現は特別養護老人ホームや老人保健施設などのホームページにも多用されており、指導監査などでも問題視されています。あなたの施設は問題ありませんか
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20242024.09.11- 口を開かないので鼻をつまんで無理に食べさせたら誤えん事故、これ虐待でしょ?
【検討事例】虐待とも考えられるような介助方法で誤えん事故が起きました。ある介護職員Aが食事介時に、認知症の利用者がなかなか口を開かないため、鼻をつまんで口を開かせ食べ物を口に入れたのです。気管に食べ物が侵入し誤えん事故となりましたが、幸い命は取り留めました。もちろん、食事介助の方法として、無理矢理口を開かせて食べさせて良い訳がありませんし、これは明らかに虐待行為です。しかし、この事故を起こしたAは「危険な介助方法だとは思わなかった」「主任が“鼻をつまめば口を開くよ”言ったから」と申し開きをしました。話を分かり易くするために“もしこの事故が死亡時になったらどうなるのか”という仮定で、問題点を考えてみましょう。
■故意と過失では罰則が異なる
この誤えん事故で利用者が死亡すると、刑法の犯罪として刑事告訴される可能性があります。通常ルール違反や危険が明白であるような行為を行って事故を起こし、相手が死傷するような重大事故につながると業務上過失致死(傷)罪に問われることがあります。ただし、この介助行為がルール違反もしくは非常に危険だということを認識していたかどうかで事情は変わってきます。つまり、ルール違反であることや非常に危険であるということの認識がありながら、故意にその行為を行うと更に罪は重くなり、重過失致死(傷)罪になるかもしれません。 さて、介護職員Aは「危険の認識は無かった」と主張しています。しかも、上司の指示に従ったのだから、自分は利用者を危険に晒すつもりは無かったのだと言っているのです。この主張は認められるでしょうか?この場合介護職員Aのこの行為が、誰の目にも明らかに危険であると考えられれば、彼の主張は認められません。 鼻を塞がれた状態で口に食べ物を入れるとどうなるでしょう?鼻で呼吸ができず口で呼吸をしますから、口に入った食べ物が気管に侵入する危険は極めて高く、誤えん事故に至る必然性があります。ですから、介護職員としてはこの危険を認識して当然であり、「認識していなかった」という抗弁は通用しないかもしれません。もちろん、Aの食事介助の行為が介護マニュアルで「危険なのだからやってはいけない」と具体的に明記されていればルールですから、Aの主張は議論の余地はありません。
■「上司の指示に従った」という抗弁
次に、「上司が“鼻を摘まめば口を開くよ”言った」と主張はどうでしょうか?彼の罪を軽くする抗弁になるのでしょうか?この主張は認められるかもしれません。もちろん、介護職員Aがベテランであれば、自分で危険を判断して行動しなければなりませんが、経験の浅い介護職員であれば上司の指示に従ってしまうかもしれません。 もし、Aの介護職員としても経験が浅く、上司の発言によってこの行為を行っても危険は無いと判断したのであれば、Aの罪は軽くなる可能性があります。しかし、同時に上司である介護主任が同じ業務上過失致死(傷)罪に問われるかもしれません。業務上の事故では介護事故の起こした職員本人の刑事責任と同時に、管理監督責任がある上司や管理者が同様に罪に問われることは珍しくないのです。
■管理者が罪に問われる可能性も
以上のように、利用者にとって危険が明白な介助方法によって事故が発生して重大事故になれば、本人の認識如何を問わず刑事事件につながる可能性が高くなります。Aの食事介助の行為は、介護に従事する職員から見れば「誰から見ても危険」という行為で議論の余地はないでしょう。しかし、介護職場では安全な介助のルールが文書になっている訳ではなく、その判断は現場に任されているのが現状です。 誰から見ても危険という介助方法が職場で常態化しているにもかかわらず、管理者がこれを是正する措置をとらずに今回のような事故が起きれば、管理者が刑事責任を問われ可能性があります。管理者は職場の安全管理に対して、包括的な重い義務を負っているからです。管理者が「危険な介助方法の実態」を全て把握できる訳ではありませんから、施設内で職場リーダーを中心に「不安全行動(※)」を点検してみてはどうでしょうか? ※不安全行動:労災事故では事故につながる危険のある従業員の行動をこう呼んでいる